お城へ行こう(1)
「では皆さん、こちらへどうぞ」
案内に従って子供たちがぞろぞろと動いていく。14歳までのヴィーザル王国首都イリジアに住む子供たちだ。先頭に立っているのはひょろりとした背に目の大きな若者。近衛であるゼイル・ファルギスだった。彼は、かなり緊張していた。
見学に来ている子供たちは、貴族ではないこと。教会の推薦があること。それらが条件だ。1回あたりに見学できる人数は決まっていて、1日1回。案内役が数人ついて城の中を案内する。
案内役は城内で働く、比較的年若い者が説明に立つことになっている。近衛だったり、普通の兵士だったり、小間使いだったり、下働きのものだったり。説明役に選ばれた者は多岐に渡った。
城で働くことに誇りを持ってもらうと同時に、将来の働き手である子供たちに憧れを持ってもらう。それが今回の狙いだそうだ。人手不足を解消しようとしたサイラスの案である。
それだけならゼイルも緊張はしない。事前にどこを案内するかは決められていたし、何を説明すればいいかも、事前に教えられている。お互いに案内役と案内される役になって練習もしたのだ。それぞれがそれなりに役をこなすことはできている。ゼイルにいたっては本来の気質も加わって、人前であがるような繊細さは持ち合わせていない。
ではなぜ緊張しているのか。
ゼイルはちらりと子供たちの一番後ろに目をやった。
近衛の制服であるゼイルとは対象的に、まるで文官のような格好をした近衛隊長エフライムがゼイルの視線を受けて、柔らかな笑みを浮かべた。本日の案内役の一人である女性(彼女は台所仕事が主だった)は、エフライムが誰だか気づいていないようだった。
普段見慣れているゼイルですら、一瞬誰だかわからないぐらい雰囲気が違う。今のエフライムは剣でつついたらポキッと折れそうだった。
(あれは詐欺だ)
そう心で思いつつ視線を移す。上司がいるのは確かに緊張する。だがそれだけではない。問題はそのエフライムのすぐ前にいる庶民の格好をした育ち盛りの少年だ。みんなと一緒になって、ゼイルの説明を熱心に聞いている。
(だから…なぜそこにいるんですか。陛下っ!)
なぜ自分は、この城の持ち主に向かって城の説明をしないといけないのだろう。思わずゼイルは現実逃避をしたくなった。
ゼイルの気持ちとは裏腹に、見学コースは予定通りに続いていく。城の城壁に上り見下ろす街並みを見て歓声をあげ、降りてきて綺麗な庭で庭師の仕事ぶりを見る。それから城の中に入って、書庫や台所といったところを見てから、謁見の間に入る予定だ。
厳かな雰囲気の書庫は、天井まで届く木製の本棚に、びっしりと本が置かれている。その本の多さに子供たちは驚いた。それから台所の広さに目を見開いた子供たちは、謁見の間のすばらしさに、また歓声をあげる。
床や天井の細工、シャンデリアの美しさ。玉座の神々しさ。そんなものを見たあとは、城で働いているものは通れない中央階段に向かう。ここは王族や賓客しか通さない場所だが、今回は特別に通ることを許しているのだ。
「この像は、主神ゼーザレスはかの有名な彫刻家のヘモテスの作です。約100年前の作品です。本来は対となるユージュスがあったのですが、数年前の内戦で壊されてしまいました」
みんなの視線が階段の脇にある像へと向かう。顔面に髭がある厳しい顔と力強い筋肉を持った男性像だ。ゆったりとしたローブをまとった姿は、まるで今にも歩き出しそうな雰囲気をかもし出している。
「それから天井を見てください。天井にあるのは、神話の一部を絵にしたもので、こちらは絵画の大家、グラステロの作です。彼はこの天井を描くために3年の月日をかけたといわれています」
広い天井いっぱいの絵にため息が子供たちから漏れる。本当に凄いと思っているのか、3年という月日を想像したのか、何に感銘を受けたのかは分からないが、緊張しつつ、圧倒されているのは確かだろう。ゼイルですら初めてみたときには目を奪われたものだ。
ちらりと最後尾を見れば、アレスまで一緒になって無邪気に天井を見ている。さすがにエフライムはアレスに目を配りつつ、子供たちの様子を観察していた。
ぞろぞろと歩いて最後の場所だ。この城に勤めるものたちの休憩所。台所の隣の大きな部屋にテーブルと椅子が置いてある。今回はここにお茶とお菓子が用意してあった。
子供たちが全員席についたところで、ゼイルたち案内役が城で働くことの喜びや意義を話すことになっている。子供たちの視線は自分よりも菓子に釘付けだ。甘いものなどそうそう食べられるものではないのだから当然だろう。
「まずはお菓子とお茶をどうぞ」
そう勧めたとたんに歓声があがる。一人ひとりにとりわけられた焼き菓子を口に入れ、その甘さに笑みが広がる。それを見ながら、ゼイルは子供たちに声をかけた。
「では皆さんから質問はありますか? お城の仕事について聞きたいことをどうぞ」
子供たちがお互いに顔を見合う。皆が遠慮している雰囲気の中で、エフライムの前にいた茶髪の少年、アレスが手をあげた。
「はいっ」
ゼイルは内心では激しくツッコミを入れながら、顔には出さないようにして「どうぞ」と返事をする。
「なんで武官になったんですか」
興味津々の瞳。他の子供たちも一緒になってゼイルへと目を向ける。やりにくいことこの上ない。
「えっと…この国を守りたいと思ったからです」
用意してあった答えを口にするが、それだけでは許されない雰囲気で続きが話されるのを待っている子供たち。
「あー。そのー。うちの親がウクラテナで宿をやってまして。周りの友達の親はその周りで農家をやっていたりして。そういう風景を守りたいと思って」
子供たちが頷いて聞いている。




