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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
精霊の剣
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第1章  サロン(3)

「わかったわ。ラオが言っていたように…いえ。それよりも…単刀直入に言って、心当たりは?」


「あまりにもありすぎると言えばいいのか、無いといえばいいのか…。難しいところなんですよ」


 エフライムが窓際から答える。それにバルドルが頷いた。


「そうじゃなぁ。ネレウスの頃は、刺客が多かったぞ。それをフォルセティとわしでなぎ倒したもんじゃ」


 アレスの祖父の側近でもあったバルドルが、遠い眼をして言う。フォルセティというラオの父親の名前まで出てきて、ちらりとラオがバルドルに視線を送った。


「その頃から、ヴィーザル王国の王は刺客で倒せないっていう神話が成り立ちつつあったからな。そりゃそうじゃ。腕の立つ側近と勘のいい遠見に囲まれてみろ。まず殆どの暗殺計画は頓挫するわ」


「それでもレグラス様の反乱は防げなかったわけですよね…」


 サイラスが思わず呟いて、周りの冷たい視線に気づいた。つい不要なつけたしをしたことに気づいて恐縮する。サイラスも含め、アレスの側近はレグラスの乱において生き延びたものだった。


「すみません。すみません」


 慌てて謝って、椅子の上で小さくなる。エフライムが苦笑した。


「まあ、王族が王族を殺しに行くとは、考えていなかったところが正直なところなんじゃないですか?」


「フェリシアの力は遠見だけだった。乱の予見は不可能だ」


 ラオが口を挟む。ライサは眼を白黒させながら会話を聞いていた。会話の内容が一切わからない。出てくる名前も、状況も読めないままだった。その表情にアレスが気づいた。


「ごめんね。ライサ。訳分からないよね」


「え、ええ」


 ライサの曖昧にした返事に、アレスが肩をすくめる。


「僕が何故、この年で国王なのか、不思議に思ったことはない?」


 それはずっと最初から思っていた疑問だった。なぜこの少年が国王なのか。


「ヴィーザル王家の血筋は、今、僕しか残っていないんだ」


 すっとアレスが眼を細めた。一生懸命に感情を表さないように、無表情を装って言葉が選ばれていく。


「約四年前、僕の従兄弟であるレグラスが謀反を起こした。王であった僕の父を殺し、母を殺し、そしてレグラス自身の両親を殺して、王を名乗った。僕自身も殺されそうになったところを、ここにいるエフライムやラオや、その他の仲間に助けられて、バルドルのところに逃げたんだ。それから国が荒れた。レグラスが荒らしていく国を見たくなくて、すぐさまこの仲間と共に、レグラスを討ったんだ。そして僕が王になった」


 ライサは思わず息を呑んでアレスの顔を見ていた。淡々と語られる話の裏にどれほどの辛い経験が隠されていることだろうか。


「ちなみにそのときに助けてくれたうちの一人が、お父様の遠見だったフェリシアっていう人でね。ラオの妹なんだ。今はハウトっていう、僕を助けてくれたうちの一人と結婚して、どこかにいる。二人で旅に出たからね」


 ライサはラオの顔を見た。以前、ちらりと話してくれた妹というのが、この遠見のことなのだろう。バルドルがため息をついた。


「アレスの父王、グリトニル陛下とその側近は殆ど殺されとる。奇跡的に残っているのはイリジア大神殿の総司教のイエフ・シャインぐらいなもんじゃ。運よく、そのころに出かけておったからな。わしも隠居していなければ、やられておったじゃろう」


 遠い眼をして顎髭を撫でているバルドルを見ながら、エフライムとラオもそれぞれの思いに沈んだような顔をしている。亡くなった人たちのことを思い出しているのだろう。


「レグラス様の反乱で側近が死んで、その後の内乱でまた死んで。沢山の血が流れたせいで、今、この国の政治を支える人間が本当に少なくなってしまっています。その中で、一生懸命に内側を整えている最中なんですよ。今、陛下が倒れたら、また内乱のスタートでしょうね」


 サイラスがぽつりと言った。ライサが視線を向けると、サイラスが寂しそうに笑う。


「私は剣の腕もないし、才覚もない。平凡なおかげで生き残れた人間なんですよ。そんな私が財務大臣としてこんなところにいるのも、皮肉なものです。目の前で前財務大臣のベイセル・セイデリア様が殺されていくのを見ました。だけど助けようと思っても足が動かなかった。頭の中に妻や子供たちの顔を浮かんで、何もできなくて、恐ろしくて震えているしかなかった。あんなにも何もできない自分が、無力に感じられたことはありませんでした。あんな思いはもう二度とごめんです」


「おまえさんに才覚がないなんてとんでもない。わしらにとっては拾いものじゃよ。サイラス。わしらが知恵を絞って与えた試練を潜り抜けたんじゃから間違いない」


「そうだよ。サイラスは頭で大臣をやってるんだから、剣の腕はいいの」


 バルドルの言葉にアレスが褒め言葉と思えない言葉で同意する。悪気のないアレスに、サイラスは苦笑で返すしかない。物思いにふけっていたエフライムがくっと顔をあげた。


「レグラスの乱の残党で主だったものは、すべて処罰したはずです。それに内乱に関しても、すべて決着がついています。あと考えられるのは他国の可能性ですが…」


 そこで言葉を切って、ちらりとライサを見たあとで視線をマリアに戻す。


「近接国は、トラケルタ国もバーラス王国も同盟国ですが、表面上と言ってもいいでしょう。正直なところはお互い腹の探り合いです」


「乱の残党は、処罰したはずでも残っている可能性はありませんか?」


 マリアの問いにエフライムは目を細めた。


「可能性としては低いけれどありますね」


「そこは検討しておいたほうが良いじゃろうな。それで、他の疑問はなんじゃ?」 


 バルドルが口を挟んだ。きゅっとマリア視線がきつくなり、アレスを見る。


「なぜ私なんです?」


 アレスはマリアの睨みつけるような目つきに、まるで気づいていないが如く、にっこりと笑った。


「ここで言う必要があるの?」


 何気ない一言のはずなのに、マリアが息を呑む。それに呼応するようにアレスが頷いた。


「よろしく」


「かしこまりました」


 返事と共に、マリアがざっと腰を落として深々と頭を下げた。何かが通じたらしい。ライサとクリスティーナは訳がわからず顔を見合わせる。


「これでよいかな? 他に質問は?」


 バルドルがクリスティーナとライサの顔を見る。ライサはおずおずと手を上げた。


「あの…」


「なんじゃ?」


 バルドルの灰色の瞳がライサを射抜く。慌てて震え始めた手を下ろして、反対の手で包み込むと、ぎゅっと前を向いた。


「あの…やっぱり不思議で…。どうして、私たち三人なんですか? 陛下には他にもお付きの方が一杯いらっしゃるし、その中にも信用できる方々がいらっしゃると思うんですけど…」


 勇気を奮い起こして言い始めた台詞も、語尾が振るえ始めて、最後は消え入るようになってしまった。それでもしっかりとアレスを見る。アレスは微笑んだままの表情を変えずにエフライムの方を振り返った。エフライムが軽く頷くと、ライサを見る。


「アレス付きの小間使いの方々というのは、地方の有力貴族のご息女なんですよ。信用はできますが、その方々に陛下を守ってくださいというのは、難しい。何かあったときに、取り乱される可能性が大きいんです。あなた方三人は、それなりに肝が据わった方々だと思って、お願いしています。ね? ラオ」


「ああ」


 ラオは無愛想に返事をした。ライサはふっとアレス付きの小間使い仲間を思い出した。ライサたちとの交流を避けていると思っていたら、そういうことだったのか…と納得する。ちょっと取り澄ましたような者が多いのだ。


一方でラオ付きの小間使いは、一癖も蓋癖もありそうな者か、イザベラのような豪商の娘などが多い。


 そしてもう一つ、エフライム付きの女性たちも思い出す。華やかな、誰かの世話をするよりは、自分が綺麗に着飾ることを一番にするような人が多い。


城に勤めに来ているというよりは、エフライムの気をひきに来ていると言ったほうが正しいような者が多かった。


その選択肢の中でいくと、エフライム付きの小間使いの中で、クリスティーナはかなりまともな部類に入るだろう。


「で、でも…私たち何をすれば…」


 クリスティーナがおずおずと口を開いた。


「陛下の周りに気を配ってくださればいいんです。変わった物が置いてないか、周りに見慣れない人間がいないか。外部からの物理的な攻撃に対しては、近衛が対応しますから」


 エフライムが優しく言う。クリスティーナはこくんと頷いた。


 次の瞬間に、いきなり外から大きな音が響く。窓の外に黒煙が上がるのが見えた。何が起こったのか、エフライムがバルコニーへの窓を開いて半身を出した。続いてアレスが覗きこもうとする。その腕をいつの間にかアレスの後ろにいたラオが引っ張った。


 ひゅっという風切り音がして、アレスの身体があったところを矢が通過していく。エフライムが慌てて窓を閉め、自分の背でアレスを隠すように立ちはだかる。その横をもう一本、矢がエフライムの腕をかすめて通っていった。


「誰かおるかっ!」


 バルドルが叫ぶと、廊下側の扉が開いて数人の近衛が飛び込んできた。エフライムがアレスごと壁に隠れるように移動すると、そのままの姿勢で叫ぶ。


「城壁の上から、何者かが矢を射掛けてきました。すぐ追ってください!」


 返事もせずに近衛兵が飛び出していく。その後ろ姿にエフライムが再び声をかける。


「オージアスに伝えて。爆発音をさせた者を即座に捕らえるようにと」


「はっ」


 足を止めた近衛兵が短く返事をする。これで近衛の副隊長オージアスへの伝言は、伝わるだろう。エフライムは膝をついて、アレスの身体を確認した。


「何も、どこも傷ついていませんね?」


「大丈夫」


 その返事に安堵したようにエフライムは笑みを浮かべた。


「よかった…」


 そう呟くと、エフライムはその姿勢のまま力が抜けていくように、パタリと床に沈みこんだ。


「エフライム?」


 アレスが慌ててエフライムの側にしゃがみ込む。揺すろうとしてラオに両肩を止められた。マリアが横からきて、アレスの身体をエフライムから引き離す。


ラオが膝をついて、エフライムの袖を引きちぎると、そのまま傷口に口をつけた。微かに血が滲んでいた傷口から、血を絞り出すように吸うと、そのまま床に吐き捨てる。


エフライムが微かにうめいた。毒だ…。誰もが頭の中で思った。矢に毒が塗ってあったのだと。


 状況を理解したクリスティーナがエフライムの側に駆け寄った。名前を呼びながら、身体を揺すろうとするのを、ラオが睨みつけた。


「やめろ! 毒が回る。触るな」


 ある程度吸い出したところで、ラオは自分のマントの裾を破くと、エフライムの腕の根元を縛り上げた。水差しの水で口をゆすいでから、皆の方へ向き直る。


「解毒剤が必要だ。とりあえず薬を作るまで、動かすな。それから、その矢も触るな。ライサ」


 最後に呼ばれたのが自分の名前だと気づくと、ライサはのろのろとラオを見た。目の前にいるエフライムの状況を理解するのに、頭が追いついていかない。


「一緒に来い。手伝え」


「はい」


 なんとか返事をすると、扉から出て行くラオに従った。 







 部屋の棚からいくつかの壜を取り出すと、ラオは舌打ちをした。


「足りん」


 そう言うと、くるりと振り返ってライサを見る。


「エキナケアだ」


「エキナケア…」


「そうだ。ピンクの花で…かなりでかいが、今の時期、花はない。もしかしたら葉もないかもしれないが、必要なのは根だ。探してきてくれ」


 ライサが眼を見開いた。


「俺はここで他の材料を調合する」


 それだけ言うと、ライサの返事も聞かずに、ラオはまた棚の方へ背を向けて、壜の蓋をあけたり、奥から何かが漬けてある液体を取り出したりし始めた。


仕方なくライサは外へ出る。ぎゅっと胸元の木彫りのペンダントを服の上から握り締めた。自分に探せるかどうか分からないが、やるしかない。






 馬番はラオの使いだというと、すぐに馬を貸してくれた。一番近い城の側の森に向かって馬を走らせて、ライサは今、森の中にいた。ぎゅっとペンダントを握り締めて、自分の感覚を解放する。このやり方はラオが教えてくれた。


自分の感覚を解放したり遮断したりするのは、まるで扉を開けたり閉めたりするのに似ている。開かれた感覚の中で、樹木の声が聞こえはじめる。


「お願い。私に教えて。お願い」


 微かに呟くライサの声に、樹木たちが関心を持ち始めるのを感じる。草木との交感。それはライサが持つ能力であり、ラオはライサの師匠としてライサを導いている。いくらこの国ではマギが認められているとは言え、公にするには抵抗があるラオとライサの関係だった。


 森の一方方向に向かって思念が流れていくのを感じる。その導きに従って、ライサはゆっくりと森の奥へ足を踏み入れた。かなり奥まで来たところで、森の一部が開けて光が当たっている。


冬に近いこの時期、日暮れは早い。まだ残っている太陽が、その一角だけは大地を照らしている。周りの樹木の声から推測した、その一角の大地に膝をついた。ライサは木々の声を扉の向こうへ追いやって、持ってきた小さなシャベルを手に、地面を掘り始める。


 草木の声を聞いたままで、植物を掘り上げればライサ自身、どうなるのか分からなかった。だからもう聞かなくて良いものからは、耳を塞いでしまいたかったのだ。


「あった…」


 しばらく掘った先に、大きな瘤のようなものが埋まっていた。これが探し求めていたものだろう。腰に下げた袋からナイフを取り出す。全部持っていったほうが良いとも思ったが、でもすべてを掘り出してしまうのは躊躇われた。


株としては生き残ってくれることを祈りつつ、半分だけナイフで切り出す。手の中に重みが出てきたところで、掘り出した土を元に戻した。大きく息を吐く。


 あとは持って帰るだけだ。腰から下げた袋にシャベルとナイフとそして掘り出した根の塊を入れたとき、ライサは背後でがさがさという木々が擦れる音を聞いた。身の危険を感じて振り返ると、数人の男たちが立っている。お世辞にも品があるとは言える者達ではなかった。


 男たちの顔に下卑た笑みが浮かぶ。


「あなたたち…誰?」


 ライサは無意識に胸元のペンダントを握り締めた。じりじりと後ずさりするライサと同じスピードで、からかうようにじりじりと男たちが足を進めてくる。盗人か、無法者か、どちらにせよ、まともな者たちでないのは明らかだ。男の手がじわりと伸ばされて、ライサの肩に触れそうになった。慌てて身をよじる。


「何をする気なのっ! やめて!」


 ライサは男を睨みつけた。しかし頓着しない風情で、男の手が伸びてくる。


「や…」


 反対側から肩をがっしりと掴まれて、慌てて振り返った。まだ仲間が居たのだ。背後に現われた別な男に掴まれたまま、ライサは力の限り手を振り切ろうと、暴れた。


「やめてよ。放してよっ!」


 叫んだ瞬間だった、ひゅっと刃音がして、眼の前にいた男の肩口から血吹雪が上がる。


「ぐっ!」


 声にならぬ声をあげて、男が肩を抑えて振り返った。ライサと男の目に映ったのは、二十代半ばの明るいブルーの瞳の男だった。もじゃもじゃとしたハニーブロンドの癖毛が、頭と顔を覆っている。体つきはまるで熊のような体格だ。そしてその剣にはヴィーザル王国の近衛兵が持つ紋章が誂えてあった。獅子と一角獣。獅子はヴィーザル王国を表し、一角獣はアレス王を表す。


「ユーリー…」


 安堵の声がライサの唇から洩れた。ユーリー・エールソン。王を守る近衛だった。


「ライサ、一人でこういうところに来るのは、あんまり感心できないな」


 ユーリーがのほほんとした口調で言う。その合間にも彼の剣は右に左にと振り回されて、男たちの殆どは地面でどこかを抑えてうめいていた。残るはライサの後ろにいる男だけだ。


「オージアスが見かけて、俺についていくように頼んでいなかったら、結構ピンチだぜ? この状態って」


  右手で剣を構えたまま、何気なく左手を動かす。その瞬間にユーリーの鞘がライサの後ろにいる男の眉間にあたり、男はうめいて座り込んだ。その隙にユーリーの左手が再度動いて、ライサを引き寄せる。ぽすんと音がして、ライサはユーリーの胸の中に引き込まれていた。


「お嬢ちゃんの救出、成功」


 びっくりして見上げると、にやにやとユーリーが笑っている。助けられたことにほっとするのもつかの間、ライサはエフライムのことを思い出した。


「ユーリー、大変なの。ラフドラス伯が…」


「ラフドラス伯? エフライムか?」


「毒矢を受けて。それで私、ラオに頼まれて薬の元を取りに」


 さすがのユーリーも表情が引き締まる。


「もう森の中の用事は終わったのか?」


 ライサはこくんと頷いた。


「じゃあ、ここは俺達に任せて行け」


「俺達?」


 そうライサが呟いたとたんに、ユーリーの背後から複数の人間の声が聞こえる。


「隊長~。エールソン隊長~」


 その声にライサがユーリーを見つめ返した。


「隊長?」


 ユーリーが頷く。


「小隊長。近衛エールソン隊の隊長。俺だけ動くつもりが、小隊の連中がくっついてきちまって。ま、この場合、好都合だけど」


 ユーリーが振り返った。


「こっちだぜ」


 呑気な声に導かれて、森の中から四人の男が出てくる。


「酷いですよ。置いていくなんて」


 最初に辿り着いたひょろりとした青い瞳の若い男が、肩で息をしながら文句を言う。


「おい、ゼイル。たどりついたところ悪いんだが、このお嬢ちゃんを城まで送ってくれ」


 ユーリーの言葉に、ゼイルと呼ばれた若い男が、もともと大きな目をさらに見開く。思わず文句の一つも言いたいところだが、隊長命令ではそうもいかないのだろう。何か飲み込んだような顔をすると「了解」と言って、ライサの側に来た。


「ユーリー、ありがとう」


「おう」


 ユーリーはそう言ってライサに片手を挙げると、男にぶつけた鞘を拾いあげた。ぶつけられた男の方は、当たり所が悪かったのか気を失ったようで、動かない。ユーリーの隊の隊員たちが地面に転がっている男たちに縄を掛けていく中で、ライサはくるりとユーリーに背を向けると、森の出口に向かって走りだした。


 とたんに後ろから襟元をつかまれる。ユーリーだ。


「どっちへ行くつもりだ?」


「え? 森の出口へ…。お城へ帰らなくちゃ」


「逆だよ。逆。あっちだ」


 見れば自分が行こうとしていた場所とは反対側に、ゼイルが待っていた。ああ。またやってしまった…とライサは自分を恥じる。極度の方向音痴なのだ。


 ゼイルの荒い呼吸音を聞いて、その背中を見ながら森を駆け抜ける。馬は森の入り口に置いてきたときのまま、繋がれていた。一頭しかいないところを見ると、近衛隊は徒歩で来たのだろうか。


「あの…馬は?」


 ライサが問うのに、ゼイルは膝に両手を当てて肩で息をしながら答えた。


「は、走って…きて…」


 この状態でゼイルに城までまた走らせるのは酷というものだろう。ライサは手綱をゼイルに渡した。ゼイルの大きな目が問うように、さらに大きくなる。


「一緒に乗りましょう」


「は、はい」


 ライサの言葉に、ゼイルはひらりと馬の上にのると、ライサに手を差し出した。ライサはゼイルに持ち上げてもらって、ゼイルの前に乗る。鞍が一人分なので安定しないが、それでも両脇にゼイルの腕があるのでなんとかなる。


「急いで!」


 ライサがそう言うと、ゼイルは慌てて手綱を絞って馬を走らせはじめた。


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