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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
精霊の剣
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第1章  サロン(1)

 湖のほとりの絶壁に聳え立つ城。それがヴィーザル城だ。湖の反対側には首都イリジアの街が広がっている。イリジアを訪れようとする旅人は、はるか彼方からでも高台に立つ城を見ることができた。そして城壁のうちに入ると、イリジアの広さおよび活気に驚き、そして立派な城に驚くことになる。


 古くからヴィーザルを治めてきた王達が、敵に備えての増築をし、代々整えてきたことの証でもあった。


 きちんとした石畳で覆われたイリジアの街の中心には、大きな神殿と広場があった。神殿の柱には、ヴィーザルで崇拝されている神々の彫刻が織り込まれている。ヴィーザルの神殿は、宗教的な意味合いと共に、紛争の仲裁や生きていくための法を司っていた。


 各地にある神殿が、各々の街に住む人々のトラブルを解決していく。そしてどうしようも無いものだけが、国一番の知恵を持つと言われる、イリジア神殿の大司教の元へ持ち込まれていくのだ。





 初めてイリジアに着たときのことを、ライサは決して忘れないだろう。広がる城壁。その向こうに見える城。そして城壁を抜けたとたんに広がる多くの建築物。その中でも見事だったのは、城を別にすれば、大神殿だった。


 しかし、馬車の窓から身を乗り出さんばかりにして眼を見開いていたライサも、さすがに一ヶ月も居れば、見慣れた風景となった。


「ライサぁ。手が止まってるぅ」


 イザベラの可愛らしいソプラノの声が、耳に入ってくる。


 ライサはシーツを握ったまま、ベッドの側でぼーっとしていたようだ。イザベラが大きな瞳をくるりと回して、ため息をついた。ライサのそばかすだらけの顔をじっと見つめる。


 ライサは慌ててシーツをばさりとベッドの上に広げた。くしゃりとなったシーツに、イザベラの小さな手が伸びる。


 痩せてすらりとしたライサとは対象的に、イザベラは少しぽっちゃりした少女だった。真っ黒で剛毛な髪の毛を三つ編みにしている。イザベラはシーツをてきぱきと引っ張って、皺を伸ばしていった。ライサもそれに習っていく。


 もたもたしているライサを尻目に、イザベラは手早くライサの隣の位置までシーツを伸ばしながら、移動してきた。ふと手を止めてライサの赤い髪を軽く引っ張って、耳を貸せという仕草をする。別に抗うつもりもなく、ライサはイザベラの方へ頭を傾けた。その耳に忍んだ声が飛び込んでくる。


「ねえ、何でクレテリス侯に仕えようって思ったのよぉ?」


 ヴィーザルの北西にあるクレテリス郡の侯爵。クレテリス郡を治めてはいるが、基本の生活は城内で、王の側近中の側近と呼ばれている人物だ。ライサの脳裏にぱっと顔が思い浮かべぶ。


 長い銀髪を無造作に肩のところで縛り、色素がないかと思えるぐらいの薄い水色の瞳を持つ。あまり表情が動かない整った顔が、神殿の石像を思い出させる。その名をラオ・メイクレウスという二十代後半の男性。


 ふぅっとライサはため息をついた。


 ライサとイザベラは共に十七歳。この年齢の女の子が好きな話題は、噂話。いや、女性というものは年齢に関係なく噂話が好きなのかもしれない。だが、この話題に関しては、ライサは答えに窮した。


 ヴィーザル王国には、「遠見」と呼ばれる役職があった。「遠見」とはその名の通り、遠くを見ることができる力を持つ者のことだ。肉眼で見るのではない。心の眼とも呼ぶべきもので、本来では見えるはずのない物を見ることができる。


 誰もが持っている力ではない。昔は、いやヴィーザル王国以外では、今でも怖れられ、虐げられている者たち。マギが待つ力の一部だった。


 マギとは不可思議な術を行う者達のことを呼ぶ。人には出来ないことを行い、そして人々に害を与えると信じられてきた。


 ヴィーザル王国だけは、賢王と名高いネレウス王の時代にマギの迫害を止め、保護してきた。


 またマギの力の中でも、遠くを見ることができる能力を、その能力だけを持つものを「遠見」として、国防の一旦として重用してきた。遠くを見ることができれば、敵の布陣も、隠すべきとされる本陣の位置を知ることも容易である。だから王の側に「遠見」が居る。


 そして現在のヴィーザルを治めるのはネレウス王の孫。弱冠十四歳のアレス王。その遠見がクレテリス侯ことラオであった。


「その…あまり知らなくて…」


 ラオの顔を思い浮かべて、心の中で謝りつつ、ぽそりと呟く。ある理由から、ライサにとってラオは恐ろしい存在でも、避けたい存在でもない。むしろラオはライサの恩人の一人でもある。


 遠見であるラオが、実はマギとしての力も持っているということは、公の秘密として城内に存在していた。実際のマギに会うことが無い人々にとって、イメージの世界だけで語られる恐ろしい存在。そのイメージにラオの無表情と無口は、拍車を掛けていた。


(あれで少しでも愛想があったら、みんなの接し方が違うのに…)


 思わずため息と共に、ライサは胸の内で思った。そのため息をどう受け取ったのか、イザベラが慌てて取り繕ったように言葉を紡ぐ。


「ごめん。そう言えばライサって、どこだったか難しい名前の村から来たんだよね。ザモラ様の遠縁だとかで…」


 ライサはイザベラの慌てように苦笑する。


 オージアス・ザモラ近衛副隊長。トラケルタから命からがら逃げてきたライサの保護者および保証人となってくれた人物だった。ダークブロンドの髪に、ダークブルーの瞳。直毛でさらさらとした髪。鼻梁の高い鷲鼻で、つり目気味なので、黙っているとその優しい内面と裏腹にきつく見える。


 トラケルタとの国交はあまり良いものではない。無用の混乱を避けるためにも、ライサはオージアスの遠縁と偽って、城で働いている。


 元々トラケルタ国の貴族の娘だったライサは、知らずにトラケルタ王国の秘宝を手にしてしまったことで、国王から追われる身となり、偶然旅先で出会ったオージアス、ラオ、ユーリーという三人の青年に助けられた。


 三人の身元を知らぬまま、ヴィーザルに来てみれば、それぞれの役職があったという具合だ。ヴィーザルに身寄りのないライサとしては必死に城に戻る人々に連れて行ってくれるように懇願した。必死で働くつもりだった。


 しかし、やっぱりライサはお嬢様だったのだ。自分でも思っていたよりも…。着いた当初は酷いものだった。何もかも初めてである上に、何もできない自分に愕然とした。それでも何とか仕事をさせてもらえたのは、ラオのおかげだった。


 ラオは自分の身の回りのことは、自分で出来てしまう。現在は貴族になっているが、元はと言えばマギとして野にいたのだ。森の中や村の片隅の家に住みながら、病人が出れば薬を調合し、癒してきた。殆どが自給自足だったから、畑も作れば、料理も作る。


 自分でなんでもやってしまうのが、クレテリス侯という型破りな貴族だった。


 その上、あまり人の行動に頓着しない。よって彼に仕えると言っても、せいぜい許された部分の掃除をしたり、ベッドメイクをしたりするぐらいだった。服を着替える手助けも、髪を整える手助けも必要ない。


 ラオの部屋には、訳のわからない液体が入った壜や、逆さにつるされた植物といったものが山のように置いてある。何が入っているかわからない小箱も山積みされていた。


 ライサたちクレテリス侯付きの小間使いたちは、それらのものに絶対に触れてはいけないと言われている。そして許されたところのみ掃除していたので、仕事の内容としては簡単極まりないものだった。しかしそれでも、ラオがマギであるという事実が、クレテリス侯付きの小間使いを少なくしていた。


 もともとヴィーザル城内における貴族付きの小間使いというのは、それなりの家から来ている。下級貴族や豪商、神殿の司教、それらの娘や息子が行儀見習として入ってくる。そこには上手くいけば城内で生活する上級貴族に気に入られるかもしれないという、親の損得勘定があった。


 その点クレテリス侯の場合は、微妙だ。


 王の側近中の側近であるのは間違いない。片時も離れずに王の側にいて、しかもその影響力は抜群だった。


 だがマギという事実が重くのしかかる。人に仇なすという特殊な力を持つ人物に自分の子供を近づけたがる親はいなかった。側に居れば災厄が降りかかるという、真しやかな噂も流れる。


「イザベラはどうして…その…クレテリス侯に仕えているの?」


 ライサの問いかけに、イザベラが肩をすくめて見せた。


「別にぃ。あたし、あんまり信じないの。マギとか」


 ライサの眼が丸く見開く。まじまじとイザベラの顔を見つめた。


「そりゃ、おじいちゃんとか、おばあちゃんは気にしてるよ。でも、マギなんて見たことないもん。話ばっかりで。昔はあちこちでマギ狩りっていうのがあったらしいけど、勘違いも多かったらしいし。あたしの友達も、マギなんて信じないっていう人多いよ? それに」


 そこで言葉を切って、イザベラはにっと笑った。


「一番楽じゃん。クレテリス侯爵様って」


「確かに」


 ライサも調子を合わせるように、にっと笑って見せる。


 不思議なことだった。トラケルタではマギ狩りは今でも行われており、マギは人々に恐れられている。


 ヴィーザルではライサが生まれる前よりマギは保護されていた。だからイザベラのように、マギを信じないという若者も増えているのだろう。


 ラオを拒絶しないという意味では、なんとなく同じ意識を共感できた気がして、嬉しくなったとたんにカタリと音がしてドアが開いた。


「いつまでベッドメイクしてるの! 早いところ掃除に取り掛かりなさい」


 女性の厳しい声が聞こえた。クレテリス侯筆頭小間使いのマリア・ショヴン。ライサよりも九つ年上の女性だった。ぴしりと伸ばした背筋に、ウェーブの効いた黒髪を長く伸ばしている。エキゾチックな風貌で、美人だと思うのに浮いた噂を一つも聞かない。


 その彼女の強い黒い瞳がライサたちを見つめていた。恋人に冷たくしすぎて逃げられただの、あまりにも厳しすぎて相手にしてくれる男がいないだの、そんなことを陰では言われているが、本人は全く気にするそぶりも無かった。


 イザベラやライサよりも長く勤めているイリジア公付きの小間使い仲間から聞いたところ、ラオがクレテリス侯として爵位を受けた前後から筆頭小間使いとして城に来たらしい。それ以前の経歴や、なぜこの城に入ったかという話は小間使い仲間の誰も知らなかった。


 ライサの横で、イザベラがぴしりと背筋を伸ばして、マリアを見る。


「掃除も終わりましたので、私たち下がらせていただきます」


 そしてさっと頭を下げてから、マリアの横をすり抜けてドアに向かう。慌ててライサもイザベラを倣って腰を落としてお辞儀してから部屋を出ようとして、足を止めた。なぜならマリアが部屋中に散乱している本や小壜を片付け始めたからだ。ラオから絶対触るな、動かすな、と言われていたものだ。


「あの…」


 ライサはおずおずと声を掛けた。イザベラもびっくりして足を止めている。


「どうぞ、お下がりなさい。これは私の仕事ですから」


 厳しい口調でマリアが背を向けたまま言った。


「し、失礼します!」


 慌ててライサとイザベラは、部屋の外に出た。


「びっくりしたぁ」


 イザベラが眼を丸くして、胸に両手を当てて、いかに自分が驚いたかをアピールするような仕草でライサを見た。ライサも慌てて頷きかえす。


「叱られなきゃいいけど…」


「何言ってるのよぉ。筆頭小間使い様だよ? 大丈夫に決まってるじゃん。あの人が自分が叱られるようなことするわけないって」


「そうだよね」


「そうだよ」


 そう言って二人が顔を上げた先に、全身黒尽くめの人物が廊下の先からこちらに歩いてくるのが見える。まさに聞いていたようなタイミングで現われたクレテリス侯爵その人だった。


「わお。絶妙のタイミング」


 イザベラがちょっぴり芝居がかって声をあげる。決して急いだ動作ではないのに、あっという間に黒い人影は、ライサたちの目の前にまで迫った。慌てて二人して無言でお辞儀をする。


「ライサ、俺と一緒に来い」


 低い声にびっくりして顔を上げると、そのまま視線をライサの後ろに送った。その目線の動きに釣られて振り返ると、いつの間にかマリアがドアの前、ライサの後ろに立っていた。


「マリアも」


 マリアがそのまま頭を下げて返事をする。慌ててライサも了承の返事を返した。ちらりとイザベラがどうしたら良いのか、迷ったような表情を見せた。それを読んだようにラオがイザベラに言う。


「おまえは、もう部屋に戻れ」


 その一言でイザベラはさっとお辞儀をすると、すたすたと部屋に戻っていった。去り際に残した視線は、後で何があったか報告しなさいよ、という意味に違いない。


 ラオはくるりと踵を返すと、そのまま歩き始める。マリアとライサが後を追うようにしてラオの後ろについた。






 ラオがつれてきたのは、王の居室だった。許されたもの以外入れない場所。もちろんライサもマリアも足を踏み入れるのは初めてだった。申し訳程度のノックだけして、返事も待たずにラオはごく自然に扉を開けて入る。思わずライサとマリアが躊躇して視線を交わしたところで、ラオがついて来るように促した。


 おずおずと部屋に入ると、くるりと振り返った人影があった。小間使い仲間の一人で、ラフドラス伯付きのクリスティーナ・ペンノだった。金髪に透き通るような緑色の瞳をしていて、城内でも物静かな美女として有名だ。勝気な美女として名高いマリアとは対象的と言ってよい。


 部屋の真ん中には品の良いテーブルと椅子が置いてあった。真正面には、バルコニーに繋がる大きな窓。部屋の左手奥には扉があり部屋があるのが見てとれた。


 そしてテーブルの後ろに少年から青年に変わろうとしている男の子が一人座っている。栗色の柔らかそうな髪に、茶色をした真っ直ぐな瞳。現在のヴィーザル王国を治めている王、アレス・ラツィエル・ヴィーザルだ。


 その横には、顎に白ひげを蓄えた老人が一人座っている。見事に頭髪も眉毛も真っ白だった。年をとったといってもかつての武人としての威厳を今も保っているこの人物に、ライサは城に来た当初に一回だけ会ったことがあった。


 バルドル・ブレイザグリク。首都イリジアを含めた、イリジア州を治めるイリジア公爵であり、現在の国務大臣だ。灰色の瞳が射抜くようにライサを見つめている。


 思わずライサの背中に緊張が走った。慌てて腰を下げ、頭を下げて、礼を尽くす。隣でマリアも同様の姿勢をとっていた。


 ラオについて入ってきてしまったけれど、もしかしたら無礼だったのかもしれない…そう思うぐらい、誰も声を発しない中で、柔らかなテノールが響いた。


「あなたから説明します? ラオ。それとも私から?」


 その言葉に一瞬、頭を上げかける。その動きに呼応したように、可愛らしい声がライサの耳に入った。


「二人とも、とりあえず顔を上げて」


 アレスの声だった。声変わりをしたばかりのやや掠れた声に、おずおずと顔を上げると、アレスの左後ろの壁際にもう一人の人物が立っていた。


 薄い金色の髪と緑の瞳を持つ近衛隊長、エフライム・バース。イリジア州内の首都から南の地方、ラフドラス郡およびその周りの郡を、バルドルの下で治めるラフドラス伯爵でもある。整った顔立ちと優しい雰囲気を併せ持つ、人を魅了する二十代半ばの青年だった。さっきの柔らかなテノールは彼のものだ。


「説明も何もない。俺はこの二人をアレスにつける。それだけだ」


 ぶっきらぼうにラオが言い放った。しばらく考え込むようにエフライムは黙った後で、形の良い唇の両端が軽く持ち上げる。


「まあいいでしょう。私の方からは、クリスティーナにお願いします。計三人ですね。私はそれで異存ありません。バルドル様は?」


 話をふられたバルドルが、顎髭を撫でながら考えこむそぶりをした。それから顔をあげてエフライムの方を振り返る。


「まあ、いいじゃろう。おまえさんは、他に何か考えおるんじゃろ?」


 エフライムが苦笑する。


「読まれてますね。それはもちろんです。一応、近衛隊長を拝命してますから。私にできることは最大限やりますよ」


 ふっとバルドルの視線がラオに向かう。


「不満そうじゃな。おまえさん」


「当たり前だ」


 ラオが不機嫌を表したまま、バルドルを見た。ライサはそのやり取りにはらはらしていた。ラオの態度には礼儀も何もあったものではない。ラオが治めるクレテリス郡は、イリジア州の飛び地であり、バルドルの下で侯爵として治めている。よって、ラオにとってバルドルは上司にあたる間柄だ。しかもバルドルは王の側近として国政を進める国務大臣という四役のうちの一人である。一方、ラオは王のアドバイザー的な立場でしかない。格が違うと言ってもよかった。しかしラオの態度に対して誰一人、バルドル自身ですらも不快感を表すものはいなかった。


「おまえたちが俺を侯爵なんてものにするから、アレスの側に居られない」


 ラオの口から出た言葉に、ライサは驚愕して、まじまじとラオの顔を見つめる。クリスティーナも思わず振り返って、ラオを見つめていた。


 『おまえたち』と複数形で呼んだということは、バルドルだけではなく、少なく見積もってもエフライムを入れることになる。エフライムが任命されている近衛隊長というのは国防の長で、四役のうちの一人だった。位こそはバルドルの下の伯爵となっているが、実際には公爵と同等だ。そして国王であるアレスを名前で呼び捨てにする。ライサには考えられないほど、あまりにも無礼な態度だった。もちろん非難するように人の顔を、しかも自分が仕えている相手の顔を見ることは、すぐさま非礼なことだと気づいて目線をそらしたが、それをバルドルは見逃さなかった。


「ラオ、それをこの場で言うのはどうじゃろうか」


 別に責めるでもなく、天気の話でもするような口調で言ってから、ちらりとライサの方へ視線を流す。ラオは一瞬何かを言いかけて、口をつぐんだ。そしてもう一度口を開こうとしたところへ、バルドルが先に口を開く。


「いいかな。おまえさんに爵位が無かったら、それこそ陛下のお側には居られんぞ」


 静かな、しかし有無を言わせない口調だった。ラオがぐっと黙りこむ。


「もういいよ。バルドル」


 アレスがぽそりと言った。皆の視線がアレスに集まる。アレスはラオを見つめていた。


「ごめん。ラオ。でもラオが必要なんだ。不自由な思いをさせてるのは分かってる。でも側に居て欲しいんだ」


 その言葉は、王が臣下に与える言葉には聞こえなかった。むしろもっと身近な、家族に言うような、そんな温かみを持った言葉だった。


「分かっている。俺はおまえに忠誠を誓った。それは破らない」


 ぽそりとラオがアレスから視線をはずして呟いた。軽く握られた手に力が入るのが見える。そしてその薄い水色の瞳が、アレスを正面から見据えた。


「いいか、この二人はおまえの盾だ。俺がいないときは、必ずどちらかと一緒にいろ」

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