受難(2)
憂鬱なグィード村までの道。これでもかというぐらいな田舎道だ。着いたら着いたで、村の中がどんよりとした雰囲気に包まれている。ラオに従ってやってきたジョエルは回れ右をして帰りたくなった。
王に歯向かった村。
領主を処罰された村。
いくつもの言葉がこそこそと囁かれ、冷ややかでおびえた視線がラオを見る。
その視線はラオと一緒にいるジョエルや領主にしては少なめの従者にも、もちろん流れてきていた。
この村がどうなるのか。皆、そればかりを気にしているのだろう。
そんな視線には気づかないかのように、ラオは不機嫌そのものと言う表情で進んでいく。
道中、ずっとこの不機嫌さのままだ。無表情で無口。
しかも不機嫌。
村の雰囲気もどんよりと沈んでいたが、一行の主であるラオの機嫌をこれ以上損なわないように、従者たちの雰囲気もどんよりと沈んでいた。
なおさらジョエルは逃げたい気持ちになるが、ここで投げ出すわけにはいかない。
領主のものだという館についたとたんに、打って変わったように貴族と思しき人々が大歓迎という装いで、一行を迎えた。
「ようこそおいでくださいました。閣下」
馬上のラオに向かって、先頭に立っていた男が大げさな身振りと共に満面の笑顔で告げる。
とたんにラオが眉を顰めてジョエルのほうを振り返った。表情には出ないが戸惑っているのだろう。
バルドルから言われていたのだ。こういうことにラオは慣れていないから助けるようにと。
しかし挨拶を受け流すことぐらいはできて欲しかった…。そう思いつつも、そのまま見過ごすわけにはいかない。
仕方なく馬を寄せ、ジョエルはこっそりとラオに耳打ちをする。
「あなたのことです。クレテリス侯。挨拶に応えてください」
「別に挨拶などいらない」
ぼそりと呟いたラオの言葉に、ジョエルは大きくため息をつきそうになって、むりやり笑顔を貼り付けた。そして大きな声で言う。
「クレテリス候もこの歓迎に喜んでおいでです。ありがとうございます」
「俺は喜んでなどいない」
ぼそりとしたラオの呟きに、ジョエルは慌てて小声で返す。
「いいから。ここは私に任せて黙っておいてください」
「わかった」
ジョエルたちのやりとりは聞こえていなかったのか。聞こえていないふりをしたのか。
先頭に立った男が、館の奥へいざなうような仕草をしたのでジョエルは馬を下りた。
それを見て、ラオも無言のまま馬を下りる。
今日のラオの服装は紺色に金糸で刺繍が施された貴族が一般的に着る服装だ。腰には陛下から下賜された長剣を下げている。
とりあえず服装だけでもそれらしくした甲斐があったというものだ。内心でジョエルはほっとする。
ラオはいつもの黒尽くめの服装のままでここへ来ようとしていた。それをバルドルとジョエル、果ては近衛隊長のエフライムまで出てきて止めて着替えさせたのだった。
ラオ自身は目立たぬように黒い服装を好んでいるようだが、彼の銀髪と独特の雰囲気が、かえって黒を目立たせるものにしていることに気づいていないのだろうか。
ジョエルはラオが自分よりも前に立って、館の中へと案内する男に従っていくのを見ながら、そんなことを考えていた。
大広間に入ると、ずらりと並んだ使用人たちから頭を下げられる。どうやらこの館で働いているものたちらしい。
「この者たちが、皆様のお世話をいたします」
そう言ってにこやかに男が紹介する。ちらりとラオの視線が動いた。
「それで。お前は何者だ」
不機嫌な声での端的な問い。しかし案内をしていた男は笑顔で答える。
「こちらで閣下の代わりに、本日まで領土を治めておりましたフランツ・マクレーンと申します。以後お見知りおきを」
聞いたほうのラオは、とたんに興味が無くなったように視線を動かして、じっと並んだ使用人たちを見始めた。
「今晩の晩餐会には、この村の主だったものが参ります。ぜひお目通りを」
「晩餐会?」
「はい。閣下の歓迎会でございます」
明らかに不機嫌になったラオを、ジョエルはハラハラしながら見ていた。何も言わずに男の案内に従っているが、背中から感じるのは不機嫌さだけだ。
気づいているのか、いないのか。フランツは大広間を出て廊下を抜け、領主の居室と思われるところに連れて行く。
「こちらがお部屋になります。お食事までは少々時間がありますので、どうぞ御ゆっくりお過ごしください。一緒においでになった方はこちらへ」
ジョエルはこのままラオの傍に残るべきか、フランツに自分の部屋へ案内してもらうか、迷った。
ちらりとラオに視線をやれば、勝手にしろと言いたげに視線が逸らされる。
ジョエルはラオをおいて、先に自分の部屋に案内してもらうことにした。
「どうぞ」
ラオが居なくなったとたん、フランツの態度は急変した。
先ほどまでの笑顔も、優しい声もない。明らかに面倒だとでも言うようなしぐさで部屋を示す。
しかもジョエルだけは自分で案内したが、それ以外の従者に対しては召使に言いつけて、自分はどこかに行ってしまった。
「徹底していますね」
ジョエルと一緒にラオについてきた男がこそりと呟く。
オズワルド・メヒュー。十代後半の若さだか気が利くので、ジョエルは何かと頼りにしていた。
「まあ、こんなものだろうさ」
ジョエルはオズワルドの言葉を受けつつ、内心でため息をついた。前途多難とはこのことだろう。
夜になり、フランツの言葉通り豪華な晩餐会が開かれた。ジョエルにとっては驚いたことに、この小さな村の領主の館には大広間に謁見のためのような椅子がしつらえてあった。
今、そこにラオが座らされており、不機嫌な顔で肘をついて首を支えつつも、大広間で繰り広げられている宴会を眺めている。
ジョエルはラオの傍に居ようとしたけれど、本人に追っ払われた上に、フランツからも冷たい目で見られ、今は距離を置いたところでオズワルドとともに、ちびちびと酒を舐めていた。さすがにこの場で酔うわけにはいかない。
次から次へとラオの前に人が来ては挨拶をし、ラオを褒め称え、取り入るようなことを言うが、ラオは口を閉じたまま不機嫌な表情を隠そうともしない。
それでも黙って座っているのは、この晩餐会に参加することが必要だと、一生懸命ジョエルが説いたからだろう。
ジョエルもラオを視界に入れつつも、晩餐会に来ている人間の様子を見ていた。皆、ラオのことを遠巻きにしながら様子を見ている。音楽だけがかろうじて晩餐会であることを留めていた。




