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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
外伝(3)
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受難(1)

 最初にその話を聞いたときに、ジョエル・カンボンは耳を疑った。


 相手がよく知る人物で、こういうときには冗談を言う性質ではないと知っていても、冗談であって欲しいと願う。


「すみません。もう一回言っていただけますか」


「聞こえんかったか?」


 目の前では上司であるバルドルが、長い顎ひげを撫でながら視線を送ってくる。


 いい年だと思えるのに、今もなお現役の武人であるバルドルの視線は鋭い。


 それを受けるジョエルは三十代前半で武人であり、がっしりとした体格に焼けて浅黒い肌をしていた。肌にあわせたような濃い茶色の髪に、茶色の瞳。


 全身が茶色というのが、初対面の人物がジョエルに抱く感想だろう。


 バルドルがじっとこちらを見ているのをジョエルは感じていた。


 だがその視線に負けてもいられない。じっと見つめ返す。


 とたんにバルドルの視線がそらされた。


「おまえさんにグィード村に行ってもらいたいじゃよ。クレテリス郡を治める手助けをしてもらいたい」


 視線を逸らしつつも言いたいことを言うバルドルに、ジョエルも負けてはいられない。


 アレス国王陛下が戻ってきて二年。同じ長さをバルドルと共にいたのだ。


 伊達にバルドルの下で働いてはいない。言いたいことを言ってもいいと、常日頃から言い続けているのはバルドルだ。


「私にも所領がありますが」


「わかっとる。そこはそのままでいい。グィード村の一帯は、クレテリス郡としてイリジア州に入ることになったんじゃ」


「はい? かなりの距離がありますよ?」


「その通り。特別措置としての飛び地じゃよ」


「そこを私に治めろと?」


 バルドルの視線が戻ってきてジョエルを射抜く。


「いや。治めるのは別の人間じゃ。新米領主を据える。お前にはその手伝いをしてもらいたい」


 ジョエルは頭が痛くなってきた。つまり自分の所領は守りつつも、田舎の地であるグィード村まで行って、人が治める領地を代わりに治めてこいということだ。


「無茶苦茶です。領主がいるならば、その者に治めさせればいいではないですか」


「それができれば苦労せん」


「では無能な領主から領地を没収するべきです。与えるべきではありません」


「それもできん」


 ジョエルはイライラしてきた。ちっとも話が見えてこない。


「一体、誰なんです。その新米領主は」


「知りたいか」


「当たり前です。仮にも私がその話を受けたら、私の上司になるではないですか」


「ラオ・メイクレウス」


 一言で答えた後で、バルドルがにやりと笑った。




 ラオの名前は、さすがのジョエルも知っていた。王の傍についている遠見。実はマギだというのは公然の秘密だ。


 雨を起こし、風を起こす。矢を跳ね返した。ひと睨みしただけで兵が動けなくなった。


 噂で出てくるラオの力は計り知れない。


 ジョエルは見たことがないので、話は半分…もしかしたら1/10 ぐらいだと思って聞いているが、それでも得体の知れない力を持っているのは、どうやら本当らしい。


 加えて思い出すのはグィード村だ。


 かなり閉鎖的な村で、マギ狩りが行われているという話を聞いたことがあった。


 まさか…。


 そう思ってバルドルの顔を見れば、唇の片側だけが意地悪く上がってくる。


「目には目を。マギを信じている連中には…ま、これ以上は言えぬが、そういうことじゃよ。もうここまで聞いたら、後には引けぬぞ。ジョエル」


 例えとして間違っているとは思うのだけれど、それどころではなかった。


 そんなところに行ってしまっては、苦労するのが目に見えている。なんとしてでも断らなければ。


 そう思ったときだった。


「陛下にもお前を推薦したところ、非常にお喜びになって『よろしく頼む』とのお言葉を受け取った」


「いや。ちょっとっ」


「何? お前は陛下じきじきの勅命を断るつもりか?」


「いえ…あの…」


 やられた。


 気づいたときには後の祭りだ。陛下の名前まで出されては、引くに引けない。


「よし。ジョエル。ラオのことをよろしく頼むぞ」


 ぽん。軽くジョエルの肩を叩くと、バルドルはにやりと人の悪い笑顔を見せた。

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