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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
不死鳥の心臓
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第7章  獅子と一角獣(2)


「身元不明の人間を陛下の傍に置くのは、私は反対ですけどね」


 エフライムがやんわりと言う。オージアスがエフライムの方を見た。


「ライサはトラケルタ王国の貴族、バルテルス家の娘だ。身元不明とは訳が違う。ただ…追われて、もう国には戻れない」


 エフライムがちらりとライサを見てから、問うようにアレスを見る。


「どうします?」


「雇ってやれ」


 ぼそりと低い声が聞こえた。皆の視線がベッドに集中する。


「大丈夫だ」


 ラオが眼を瞑ったまま再び呟いた。アレスがぱっと枕もとで、ラオの上に屈み込む。


「眼を覚ましたの!」


「ああ」


 ラオの瞼がゆっくりと開いて、アイスブルーの瞳がアレスを映した。安心したように、にっこりとラオに笑いかけると、アレスは跪いたままのオージアスとライサの方をもう一度振り向いた。


「近衛隊副隊長 オージアス・ザモラ」


 小さな唇から厳かとも言える声が出てくる。


「はっ」


 オージアスが返事をした。


「この女性を僕の傍に置けというの?」


「はい」


「わかった。財務大臣サイラス・ホールとの調整は、オージアス、あなたがやってね」


「はっ」


 オージアスが頭を深く下げる。アレスがにっこりと笑った。


「エフライム、オージアス一人でサイラスを説得するのは大変だと思うから、手伝ってあげて」


 エフライムが肩をすくめた。


「陛下…あなたも人がいいんだから…」


 アレスはペロリと舌を出した。


「いいんだよ。ラオとオージアスのお墨付きだよ。それに、人手が足りないのも確かだしね。きっとサイラスも煩くは言わないよ」


 ライサがオージアスを見る。


「オージアス…あなた…」


 ユーリーがオージアスの後ろから肩を掴んだ。


「こいつはヴィーザル王国国王、アレス陛下を守る近衛隊の副隊長さ。ちなみに隊長は、こっちのエフライム・バース。軍事関係の長っていう奴だな」


 ライサはエフライムを見た。その優雅な外見や優しそうな雰囲気からは、隊長だの、軍事関係の長だのという名称が結びついてこない。そのライサの思考を読むように、エフライムはにっこりと微笑んでみせた。やはりどうにもぴんとこなかった。武人と言うには雰囲気が柔らかすぎる。ライサの様子を見てユーリーがにやりと笑った。


「こう見えても近衛隊の中で、一番怖いのがこの隊長殿だぜ。ヴィーザル王国中の猛者が集まったのが近衛だっていうのに、だ」


 ライサの眼が見開かれる。エフライムが微笑んだ。


「どうなんでしょうね? まあ、隊長を拝命しているので否定はしませんけどね」


 ユーリーが肩をすくめて、言葉を続けた。


「そして、ラオは陛下の側近中の側近で…」


「マギ」


 ライサが苦い思いと共に、その言葉を口に乗せた。アレスが人差し指を立てて自分の唇を置く。


「そのことは言わないこと。公の秘密だけどね。慣習で嫌がる人がいるんだよ。馬鹿みたい」


「陛下」


 エフライムがアレスの言葉をとがめるような口調で呼んだ。


「ユーリー、あなたは?」


 ユーリーが軽く肩をすくめる。


「しがない近衛」


「嘘つけ」


 オージアスが立ち上がった。


「こいつは、片っ端から肩書きを断って、逃げ回っている口なんだ」


「俺に何かやらせてみろ。片っ端からトラブルを起こす自信があるぜ」


「おまえなぁ」


 せっかく立ち上がったところで、オージアスはユーリーの言葉に、そのまま膝から床に座り込みそうになる。その様子を見てライサはくすくすと笑い声をもらした。


 ぎしりという軋みの音がして、ラオがベッドから身体を起こした。ふらりと起き上がって、ふと自分の右手を見る。ぎゅっと握られた掌をそっと開くと、出てきたのは木彫りのペンダントだった。


「娘…いや、ライサ…だったな」


 ライサは名前を呼ばれて、顔をあげた。ラオがアレスの後ろに立っていた。ぽんと何かが放られてくる。両手で受け止めて、それがペンダントだということに気づき、ライサの顔が泣き笑いのような表情になった。


「持っておけ。おまえのものだ」


「でも…」


「いつか役に立つこともあるだろう。その前に、おまえはおまえの能力をコントロールする必要があるがな」


 その言葉にライサは眼を見開いた。


「私は…」


「制する方法を知りたくなったら言え。少しは助けてやれるだろう」


「私…」


 私はマギなの…? そう尋ねようとしたライサの視線を、すっと外すように、ラオは窓の外を見た。ライサもつられて外を見る。昼間の明るい日差しが見えた。


「何を持ってマギという呼ぶのか、俺にはわからん」


 ラオがぼそりと呟いた。そしてライサを見る。


「一つだけ言っておく。俺達と会ったとき、おまえが俺達と一緒に来るという判断をしなければ、おまえの命は終わっていた」


 ライサが目を見開く。


「おまえの命は、おまえの選択の結果だ。生き残る道を自分で選んだ。それだけは忘れるな」


 ライサはラオたちと出会ったころを思い出した。あの宿で、そして森で。警告を発し、自分を助けてくれたのは、彼らだった。じわりと目に涙が浮かぶ。


「ありがとう」


 それだけをやっとの思いで伝える。


「さあ、戻る準備をしてください。馬車が待たせてありますから」


 エフライムが優しく言った。ふと見るとエフライムの腰にも、獅子と翼を持つ一角獣の柄の剣が差してあった。じっと見ているライサの視線を、エフライムが追う。自分の腰に手をやると、ちらりと柄を見せる。


「獅子と一角獣。アレス王の紋章です。この剣は近衛の証として陛下から頂戴したものです。獅子はヴィーザル王国を、一角獣がアレス王を示しているんですよ」


 ライサは森の中の会話を思い出して、ユーリーを見た。


「獅子に獅子というのは、グリトニル王の紋章。陛下の父君の紋章さ。アレス王の紋章は新しいんでね。きっと知らないだろうと踏んだんだ」


 ユーリーがニヤリと笑った。


「まったく、こいつったら紋章付きの短剣持っていくんだもんな」


 オージアスが後ろからユーリーの頭を叩く。


「肌身放さず、片時も忠誠を忘れず。近衛の鏡だろ」


「誰が鏡だ。開いた口がふさがらん」


「大丈夫だ。開いたり閉じたりして、喋ってるぞ」


「そういうことじゃないだろ」


 エフライムが肩をすくめる。


「行きましょう」


 開いたドアの向こうは暗い廊下だった。たがその向こうは午後の明るい日差し。にぎやかに宿屋を出て行く一行を馬車が待っている。そして、これから冬への準備が始まる秋の日差しが、ライサを包んでいくだろう。




ヴィーザル王国物語 ~不死鳥の心臓~


The End.


 お読みいただきましてありがとうございます。いかがでしたでしょうか。

 外伝ぽいけれど、一応、続編です。ラオたちを書いているのが楽しいこと(笑) 


 自分で書いていて、分かりづらいな~と思ったのはラオとライサの散歩シーンです。ラオはことごとくライサのことを守ってるんですけどね。うん。やっぱり分かりづらいシーンですよね。ラオがマギで、先読みできるということをわかっていないと今一つ分かりづらい。

 あそこを読んで一発でわかったあなた。偉いです(自分の文章力を棚に上げて、上から目線)。ライサのことを押したり、引き止めたり。 ライサがいろんなことに巻き込まれないように、さりげなくラオが守ってます。


 アレスと一緒に歩いているときもそうなんだろうな~とか思いつつ書いていたんですが、本当に自己満足の世界ですみません(^^;


 それから、ユーリーとオージアスのコンビは結構好きなんですが、今まで書くチャンスがなく。この「不死鳥の心臓」では、思う存分書けたので満足です。

 おばかな会話を想像しているのって楽しいんですよね~。二人の会話を一緒になって楽しんでいてくださったら嬉しいです。


 この後は、グィード村のその後にあたる外伝になります。そして本筋となる「精霊の剣」に続きます。


 それでは、もしよければもう少々お付き合いくださいませ。


 沙羅咲

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