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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
不死鳥の心臓
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第6章  真ん中(5)



 ライサたちの前に騎馬兵と弓兵の軍が揃った。とは言え、最初の四分の一の数にも満たないだろう。ホルストが怒って真っ赤になった顔で口を開いた。


「射殺しなさい! 狙え」


 ざっと弓兵が弓を構える。そこへアルマンが飛び出てきて、ライサとホルストの間に立った。


「お待ちください! お嬢様は、お嬢様は、お許しください」


 アルマンが膝を突いて懇願する。そしてアルマンは手を伸ばして、ライサも一緒に跪かせようとした。その手をライサは払う。


「お嬢様! お慈悲を乞うんです」


 アルマンがライサを見上げた。ライサはゆっくりとアルマンに首を振って答えた。


「アルマン、わかっているの? この人は、私の両親をマギに仕立てあげたのよ!」


「お嬢様…」


 アルマンがもう一度手を伸ばした。ライサが一歩下がる。


「お嬢様、大好きです。ずっと一緒にいると言ったじゃないですか」


 アルマンがさらに手を伸ばした。ライサがさらに一歩下がる。


「アルマン、両親と、城と、私たちの生活を全て奪った男に、慈悲を乞えというの?」


 アルマンが切実な表情でライサを見上げていた。優しいアルマン。ライサはアルマンを好きだと思っていたのだ。何でも言うことを聞いてくれるこの男のことを、好ましいと思い、それが恋だと思っていたのだ。ライサはもう一度首を振った。そしてアルマンが伸ばした手を払いのける。


「立派な心がけですね。自分の両親がマギだと証言した男の花嫁にはならないと」


 ホルストの声が馬上から響く。ライサの眼がホルストを見、そしてアルマンを見た。ライサの頬から血の気がひいていく。


「アルマン…あなた…」


 アルマンはぎょっとした表情でホルストを振り返り、そしてライサを見つめた。


「い、いえ、聞いてください!」


 アルマンがライサの足元に身体を投げ出す。


「お嬢様を、お嬢様をマギだと言って連れて行くと言ったんです。赤い髪とそばかすはマギの印だと」


 地面に顔をこすりつけるようにして、下を向いたまま、アルマンが震える声で叫んだ。


「だから…お嬢様だけは、助けて欲しいと。私にくださいと言ったんです。お嬢様を助けるためには、旦那様と奥様がマギだと証言しろと言われて…申し訳ありません」


 ぐらりとライサの足元が揺れた。身体を小さく縮めてひれ伏すようなアルマンの背中から焦点がずれていく。手が無意識に胸のペンダントに伸びた。木彫りの感覚に手がビクリと震える。アルマンが彫ってくれたペンダント、全ての元凶。あのとき自分がこの飾りを望まなければ、こんなことにはならなかった。城を出るときに見た母の蒼白な顔を思い出した。そして馬小屋からみた燃え落ちていく城を思い出す。あの城は、ライサが幼い頃から過ごした全てだったのだ。


「お父様とお母様はどこ?」


 うつろな瞳でライサはホルストを見上げた。馬上からホルストの視線が返ってくる。


「捕まえたに決まっているじゃないですか」


 静かな答えだった。ライサの視界がぐるりと揺れた。足元から地鳴りが響いていく。


「嘘よ」


「本当です」


「嘘だわっ!」


 ライサの叫びと共に、地面が揺れた。







 地面から一斉に白っぽい細い触手が人々に向かって伸び始めた。それはまるで意思を持ったもののように蠢き、人々を取り囲んでいく。人々と馬の足に巻きつき、のぼり、身体を締め付けた。地面にひれ伏していたアルマンの身体をも覆い、首に巻きつき、その手足の自由を奪っていく。何か声を発しようとして手を伸ばしたアルマンの身体はそのまま力を失っていった。


 ホルストの馬も例外ではなく、足に白い触手が巻きつき、膝を折ってしまっていた。その馬上のホルストにも、うねりながら触手が巻きついていく。


「た、助けてくれ」


 人々の悲鳴と逃げ惑う足音と、それらの中で、白いうねりが人と馬を飲み込んでいく。 


「うわっ! なんだこりゃ!」


 ユーリーは慌てて足元に伸びてきたものを剣で振り払った。切り口は何もない。すぱんと切れただけだ。切り取った片側を手で掴んで確かめると、それは草木の根だった。


 ラオが口元に指を当てて、鋭く音を鳴らした。甲高い音色があたりに響きわたる。


「馬が来る。素早く捕まえろ」


 剣で自分の足元を払っているユーリーとオージアスに言うと、ラオはライサに向き直った。ライサは顔面が蒼白になったまま、ペンダントを握り締めていた。その眼はまるで何も映していないように、宙を睨んだままだ。ラオは眉を顰めると、右手を持ち上げてライサの頬に振り下ろした。パシンと乾いた音が響く。そしてライサの両手首を掴んで、身体を揺すった。


「意識を戻せ」


 ラオがライサに鋭い口調で言った。ライサの瞳に光がゆっくりと戻ってくる。


「あ…」


「ペンダントから手を放せ。その石はおまえの能力を増長させる」


 しっかりとペンダントを握り込んでいた右手の手首を、ラオはさらに強く掴んだ。痛みにライサの手がゆるゆると開き、ペンダントが胸元の位置に戻っていく。その胸元からラオはペンダントを握って、紐を引きちぎった。そのまま呼吸を整えて、ペンダントを握り込んで眼を閉じる。その途端に、ざぁっという音と共に、白いうねりが逃げるように地面に戻り始めた。


「ラオ、馬だ!」


 ユーリーが声をかけた。走ってきた馬をユーリーとオージアスが捕まえた。それは彼らが街に入る前に放した馬だった。オージアスの手が放心したライサに伸びて、自分の前に抱えるようにして馬に乗り上げる。ユーリーがラオに手綱を手渡す。


 ラオは、なおもペンダントを握り込み、半眼で地面を睨んだ。今や殆どの白いうねりは地面に戻っていた。わずかに残ったものも、すでにその動きは止めている。ラオは、そのまま国境の門を見つめる。


「突破するぞ」


 ラオが低く言って半眼の目つきのまま馬に乗り、鼻面を門に向けた。閉まってる門の前では、白いうねりにも逃げなかった警備兵が緊張した面持ちで、ラオたちの方を向いているのが見える。


「おい、門が」


 閉まっているんだが…とオージアスが言おうとしたとたんに、ものすごい突風とともに門が開き、兵が道をあけるように飛ばされた。その間をラオの馬が通り抜ける。オージアスとユーリーの馬もそれに続いた。本来はライサのものである馬が、三人に従うように抜けた直後、またもや突風とともに門が閉まった。


 ヴィーザル側の警備兵が、馬を止めようと声を荒げているのを背中で聞きながら、四人は街を走り抜けた。



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