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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
不死鳥の心臓
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第6章  真ん中(3)

 下についたところで、ライサは背から下ろされる。ちょうど納屋の裏手で、向こうには松明の明りが見えていた。そしてホルスト・シードが到着したのだろう。ざわざわとした人々のざわめきが聞こえてくる。


「先に行け。あの火薬を処分する」


 ラオがボソリと呟いて、腰に下げていた袋から何かを取り出した。


「手伝いは?」


 オージアスの問いに、ラオは首を振って見せる。


「いらん。さっさと行け」


「…わかった。こっちだ」


 オージアスがユーリーとラオに合図し、そのまま納屋から離れる方向へと走り出した。ユーリーに抱えられるようにして、ライサも走り出す。そのときだった。


「娘がいないぞ!」


 納屋の方から大きな声が聞こえてきた。とっさに振り向いたライサをせかすように、ユーリーが走る速度をあげる。後ろからざわざわと音がしたが、もう振り向く余裕が無かった。ライサの息が上がり始めたころ、木々の合間から馬が見えてきた。無言のままオージアスが馬に乗るのが見える。ユーリーは、ライサが馬に乗るのを助けた後で、自分も馬に乗り上げた。ちらりと振りむくと、松明がこちらに向かってきているのが見える。次の瞬間、轟音と共に火柱が上がった。ちょうど納屋があったあたりだ。


「やった」


 ユーリーが快哉をあげる。


「ラオは?」


 ライサの問いに答えるように、傍を黒い塊が通りぬけた。


「急げ」


 ラオだった。馬の手綱をさばいて走り出す。三頭の馬がそれに続いた。暗闇の中で見えるのはラオの銀色の髪だった。それを目印にして、走り出す。何もしていなくても、馬はどこへ走るのかを知っているかのような、確実な足取りだった。ライサはただ馬の背にしがみついているだけしかできない。ざわざわとした音も、松明のはぜる音も、あっという間に遠く離れた。


 村の畑道を抜け、街道に出る。ラオの馬はその速度を落とすことなく、まっすぐに疾走していく。ライサたちの馬も引き寄せられるように、それに続いた。


 月が空高く上り、かなり夜が更けたころ、ラオの馬が止まった。


 国境の街であるアイテルの城壁の外だ。アイテルの街の中には、ヴィーザルとトラケルタを分ける国境の壁が立っていて、そこからヴィーザル側の東アイテルとトラケルタ側の西アイテルに分けられている。


 彼らが今いるのは、西アイテルの街を守る城壁の外だ。夜間、城壁は閉まっている。脇にある木戸から抜けられるが、門番がいて入ってくるものの身元を確かめるのが常だった。そして国境にもまたそれぞれの国の兵が門番としているのだ。


「こんな時間に門をくぐるのは得策じゃないな」


 オージアスが言った。


「だが、あまり選択肢はなさそうだぜ」


 ユーリーがのんびりとした口調で言いながら、ひょいひょいと後ろを指して見せた。地平線にかなり近いところに、整然と並んだ光が見える。じわじわとこちらへ近づいてきているようだ。


「なに。あれ…」


 ライサが震える声で尋ねる。それにラオの舌打ちが重なった。


「トラケルタの軍隊か」


 オージアスが息と共に吐き出すように言った。


「あのままヴィーザル王国に攻め込むつもりか?」


「そりゃ、ないと思うけどねぇ」


 オージアスの独り言のような問いに、ユーリーが律儀に返事をする。次の瞬間、三人の目がラオに集中した。ラオの目がすっと細められる。


「こっちだ」


 ラオが城壁の脇にある小高い丘の方を身振りで示した。そのまま馬を進めて行くのに三人とも従って、丘を登っていく。小高い丘の上からは、西アイテルの様子とさらに西、テトがあった方向からくる軍隊の様子が良く見えた。移動の速度が速いところを見ると、本隊ではなく騎兵隊だけのようだ。


「あれは俺達への追手のようだな」


 オージアスが視線を西へ固定したまま呟く。吹きさらしの丘の上では、凄い勢いで体温が奪われていく。ライサは歯の根が合わなくなってきていた。その様子を見て、ラオが馬を丘の裏にあるくぼ地へと進めた。そして軽い音と共に馬を下りて、手近な木に手綱を結びつける。


「どうするんだ?」


 オージアスが同じく手綱を結びつけながら、ラオに尋ねた。


「夜明けまで待つ」


 ユーリーが眉を顰めた。


「夜明けまで待っていたら、あいつらが追いつくんじゃないか?」


「追いつくな」


「いや、そりゃ、まずいだろう。ラオ」


 問いすがるユーリーの方へラオが体を向けた。ユーリーだけではない、オージアスもライサもラオの答えを待っている。それをちらりと見て、ラオは今は丘の影で見えない松明の群れを見るかのように、西に顔を向けた。ゆっくりとラオの唇が開かれる。


「あれをあのままにしておいては、いつの日かヴィーザル王国になだれ込んでくる」


 オージアスの体がびくりと揺れた。ラオが続ける。


「ここで叩いておくしかない。徹底的にな」


 ユーリーがにやりと嬉しそうに笑った。なおもラオが続ける。


「だが我々の素性は、知られてはならない」


 ラオの視線がライサを見つめた。月明りの中で、ラオの薄い水色の瞳がじっとライサを見つめている。


「ちょっと待ってくれ。ラオ。多勢に無勢だ。いくら何だって無理だろう」


 オージアスが言う。ラオの視線がライサから外れて、オージアスに向かった。その横でにやにやとユーリーは笑っている。


「なんか策があるんだろう? ラオには」


 期待を込めたユーリ―の言葉にラオは首を振った。


「そんなものは無い」


「おい!」


 ユーリーは思わず脱力しそうになる。オージアスもまじまじとラオの顔を見つめた。


「正面突破だ。だが我々はあれを潰せる」


「どうやって…」


 オージアスが呆れたように言った。


「夜明けと共に、もう一度城壁の門の前へ行く」


「当然、追手には囲まれるぜ?」


 ユーリーが入れた合いの手にラオは頷いて見せた。


「それだけではない。西アイテルの国境を守る弓兵も来るだろう」


「それって、最悪じゃないの」


 ライサも口を挟む。ラオはこれにも頷いて見せた。


「その真ん中に我々は立つ」


 オージアスが肩をすくめて見せた。


「死にに行くようなもんだ」


「おい。ラオ、もっとマシな策を立ててくれよ」


 ユーリーもぼやく。ラオが首を振った。


「これが一番生存確率が高いルートだ」


 ぼそりと呟いたラオの言葉に、オージアスが人差し指を立てて自分の鼻を叩く。


「ちょっと待ってくれよ。前に騎馬隊、後ろに弓兵か…」


 じっと考え込んでから、にやりと嗤った。


「もしかしていけるかもしれないぞ。ラオ、今ある火薬で、音が大きくでるようなものは作れるか。殺傷力は要らない。音だけが出ればいい。できるだけ多くあったほうがいいだろうな」


「作れる」


「だったら、なんとなかなるかもしれないぜ。あの門の前にある木も使える。いいか?」


 オージアスが三人に考えを説明し始めた。

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