第3章 散策(3)
ライサはラオと共に街中に出た。さすがに南の宝石と言われるだけはあって、街全体が綺麗に整えられている。個々の建物には凝った意匠の扉や門が取り付けられ、見ているだけでも楽しかった。家の前だけではなく道の脇にも、花が植えられて手入れがされているのが見てとれる。
人が一杯の広場を抜けて、街の中心と思われる市場まで来る。その途中で武装した集団に出会う。ふとライサは途中のケラスでも見た風景を思い出した。人々が武装して集団になっている景色。きっと思い過ごしだろう…そう思って、ライサはそのまま市場の中に向かう。ラオは何も言わずに、黙ってライサが歩くところについてきた。数歩後ろを影のように歩いてくる。まるでそうやって歩くことが、よくあるような雰囲気だ。ある意味、ついてくるのに慣れている。
市場の中をぐるりと回る。銀細工の髪飾りに、木彫りの腕輪。そしてどこの国からか分からないエキゾチックな胸飾り。大きな都市だけあって、いろいろなものが並べられている。もちろんライサが目を輝かせて見ているものの他にも、日用品や、食料品、そして衣料品なども売られている。人々は硬貨と、物々交換と、両方を利用して品物をやり取りしていた。
ふいにラオの片手がライサの肩に伸びて、トンと軽く左側に身体を押した。ライサはちょっとよろけるようにして重心を左に移し、身体ごと移動する。何かと思ってラオを振り返ろうとしたところで、右側に積んであった荷物の山がすぐ傍に落ちてきた。
「すみません!」
荷物の傍にいた男がライサに謝る。ライサは何もないというつもりで片手を振ってみせてからラオを振り返った。
「避けさせてくれたのね。ありがとう」
「ああ」
ラオは曖昧に返事をした。
「よくこうやって、誰かと一緒に歩くの?」
ライサはぶらぶらと市場の中を見ながら、ラオに尋ねる。返事がない。くるりと後ろを向くと、ラオはやはり影のようについてきていた。とんと足を揃えて立ち止まり、ラオの瞳を覗き込む。
「なんか人について歩くのに慣れている感じがするけど、気のせい?」
「確かに、よく一緒に歩くな」
ラオが何かを思い出すように、にやりと嗤った。
「誰と?」
「…十二…いや今年十三歳か…少年だ」
「弟?」
「いや…何というか…父の友人の孫だ。頼まれた」
「ふーん」
ライサはくるりと向きを変えて、また歩きだした。後ろからは変わらずにラオがついてくる気配がしている。
「あ、きれいな石!」
並べられている飾り石や、木彫りの魔よけにライサが立ち止まる。
「そう言えば、妹とも市場に来たことがあったな」
ぼそりとラオが呟いた。
「妹がいるのね?」
「ああ。だが嫁いだ。今は離れたところに住んでいる」
「心配?」
ライサは、再び歩きだした。反対側の店では布地を売っている。何軒か布地を売る店が続いていく。
「いや。夫になった男は良く知った男だからな。あいつなら安心できる」
ラオは懐かしそうな、遠くを見るような目つきで語った。
「そっか。いいなぁ。兄弟って。私は一人っ子だったから。でもアルマンがお兄さんみたいなものね」
「そうなのか?」
その声は少し冷たいものが混ざっている声だった。ふと何かがライサの頭の中によぎったが、そのまま消えてしまう。ラオの声が無愛想なのはいつものことだ。
「ええ。ずっと小さいころから私の傍にいたのよ」
ライサは、ちらりとラオを見て、そして通りを見渡した。ずっと先の方に果物が並べられているのが見える。奥へと歩いていくと、ふいにラオがライサの肩を後ろからつかんだ。驚いて立ち止まると、その目の前を男が疾走していく。
「泥棒!」
その後ろを別な男が追いかけていく。それを見送ってから、ライサは振り返った。
「そのまま歩いていたら、ぶつかってたわ!」
「そうだな」
「でも、ぶつかって、泥棒を捕まえたほうが良かったかしら?」
「そういう考え方もあるな」
ライサは男たちが走って行った方向を見た。
「あの人…、うまく泥棒を捕まえることができたらいいけど…」
「捕まえるだろう」
ラオの確信に満ちた言い方に、ライサはにっこりと微笑んだ。
「そうね。きっと捕まえるわよね」
再び市場の中を歩きだす。しばらくぶらぶらと歩いて、並んだ果物を見た後で、ラオが右側の道を示した。
「こっちだ」
ライサとしては特に目的が無かったので、そのままラオについて右側に曲がっていく。そのときに後ろからガシャンという大きな音と、何かが崩れるような音が聞こえてきた。
「何かしら?」
後ろを振り返ったが、人ごみで見えない。後ろは気になったが、ラオがさっさと歩いていくので、それに従ってライサもその場を離れていった。ラオはライサが一緒に来ているのを確認しながら、なぜか目的があるかのように、どんどんと市場の外周を回るように歩いていく。ライサはその様子をいぶかしく思いながらも、そのままラオに従って歩いていった。ふいに店先で聞きなれた声がしてくる。
「いや、待ってくれって。だから宿に戻れば、連れが金を持ってるから」
オージアスの声だった。見知らぬ誰かと言い争っているようだ。
「そう言って逃げる気だろう」
「だから、俺が残るって言ってるだろ」
ユーリーの声も聞こえてくる。
「いや、信用ならない!」
ラオがひょいっと店の前に下がっていた布を持ち上げた。看板代わりに下げてあった布の向こうには、オージアスとユーリーが立っていて、店の者から抗議されているような様子だった。そこに入ってきた人物の姿を見て、オージアスとユーリーの声がだぶる。
「ラオ!」
ラオはちらりと店の主人を見た。
「この者たちが何かしたか?」
店の主人が、ラオをじろじろと見た。そしてその後ろから入ってきたライサのこともじろりと睨む。
「こいつらが食い逃げしようとしたから…」
「違うんだ。払おうとしたら、金が無かったんだ」
オージアスがとっさに口を挟んだ。ラオは眉を顰めてから、自分の懐に入れてあった布袋を出してオージアスに押し付けた。オージアスがほっとしたように受け取る。
「払うよ」
そして布袋から硬貨を出すと、店の主人の掌の上に並べた。オージアスが払い終わって、布の袋と残った中身をラオに返すと、ラオはくるりとライサの方へ振り返った。
「どうする。このまま帰るか? それともまだ散策するか?」
ライサは肩をすくめた。
「帰るわ」
「では、オージアスたちと共に帰れ。俺は行くところができた」
それだけ言うとラオはそのまま、すたすたと歩いて行ってしまった。取り残されてライサはオージアスを見る。
「何? どういうこと?」
「さあ」
オージアスも良く分からないという表情でラオを見送った。その横にユーリーが買った荷物を持って立つ。
「とりあえず宿に帰ろうぜ。荷物あるしな」
「荷物あるのに、おまえが腹減ったっていうから」
「オージアスが金を無くすのが悪い」
「それを言うな! 掏られたらしいんだ…これでも落ち込んでるんだからな」
しょんぼりと肩を落とすオージアスに、ユーリーががっしりと肩を組んだ。
「まあ、落ち込むな。俺の荷物も持たせてやるから」
「ありがとう…って違うだろっ!」
「あははは」
ユーリーは笑い飛ばすと、軽々と荷物を持ち上げて宿への道を歩き始めた。その後をライサとオージアスが続き、陽が傾き始めた市場を抜けて行く。




