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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
不死鳥の心臓
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第3章  散策(1)

 ラオが選んだ宿は都の中でも外れたところにある質素な宿だった。質素だが馬小屋は清潔で、しかも主人は人あたりの良い実直そうな老人だ。老夫婦とその息子夫婦でやっている宿なのだろう。


 ライサたちが荷物を持ったまま食堂に抜けると、奥の台所から食事を用意する音と、楽しそうなお喋りの声が聞こえてきた。


「おい、お客がいるんだぞ! 喋ってないで、早いところ用意してくれ」


 老主人が奥に怒鳴ると、はーい、と笑いを押さえたような楽しそうな声が返ってくる。老主人が申し訳なさそうにライサたちに謝った。食堂を抜けて、それぞれの部屋に案内されてみると、やはり質素だが清潔な部屋が待っていた。老主人が、


「お嬢さん以外は、二人一部屋になるがいいかね?」

 と言う。


 一瞬、男たち四人が顔を見合わせたが、選択の余地がないことは明らかだ。ユーリーとオージアス、そしてラオとアルマンという組み合わせで、部屋を使うことになった。ライサは本来であれば二人用の部屋に案内される。


 ごゆっくり、という言って去っていく主人の足音を聞きながら、ライサはベッドに倒れこんだ。


 身体が疲れきっているのに、精神は高揚し続けている。あまりにも気持ちと身体がアンバランスな状態が何日も続いていた。何もかも投げ出したい気分になりながら、じっと天井を睨みつける。


 扉に鍵をかけたことを横目で見て確認した後で、ライサは眼を閉じた。軽い眠気が訪れる。食事まではまだ間があるはずだ。少しだけ眠ろうと思い、ライサは自分の頭の中にかかる靄に身を任せていった。






「ラオは上手くやってるかな?」


 オージアスが独り言のように言う。ベッドにごろりと横になっていたユーリーは身体を傾けて、頭を腕で支えながらオージアスを見た。


「多分な。大丈夫だろ」


 オージアスはぽんぽんとマントを軽く叩くと、椅子の背にかける。ぐちゃりとテーブルにおいてあるユーリーの分のマントにも手を伸ばした。


「いいから。俺のは放っておけよ」


 ユーリーの言葉を無視して拾い上げると、同じく軽く叩いて皺を伸ばしてから、自分のマントの上にかけた。


「どうせ放っておいたら、朝までそのままだろ?」


 オージアスのダークブルーの瞳がユーリーを見下ろしている。両手は軽く腰のところに添えられていて、首をかしげて見おろしている姿は、まるで自分の母親のようだと思ったが、さすがにそれを口にするのはユーリーと言えども憚られた。


「しかし…トラケルタ王国か」


 かわりにぼそりと呟く。オージアスが頷いて、自分のベッドの淵に腰をかける。おかげで見下ろしていたダークブルーの瞳は、ユーリーの目線よりちょっと高い位置あたりに移動してきていた。


「マギ狩りがあるとは知っていたが、すごいもんだな」


 オージアスが小声で言う。宿の壁は薄い。誰が聞いているか分からないのだから、用心に越したことはない。


「ああ。いったん始まったら、狂乱の祭りっていうところだ。それにマギとされた奴は拷問されて殺される」


「それで…おまえ、ライサを助けたのか?」


「まあな。マギ狩りされた奴の最期は見せしめで、火あぶりか串刺し。酷いぜ」


「見たことがあるのか?」


「言ったろう? 俺は半島のあちこちを旅してたんだぜ。ヴィーザル王国ぐらいだ。マギ狩りがないのは。他はみな多かれ少なかれ、マギ狩りをしてる。ヴィーザル王国だって三十年前にはやってたんだろ?」


 ユーリーの言葉にオージアスが頷いた。


「ああ。おやじに話では聞いたことがある。ネレウス王が禁止するまではやっていたらしい。だがだいたい辺境の都だな。首都のイリジアでは殆どなかったらしい。だいたいマギ裁判は王のところか、その地域の教会の司祭に持ち込まれるだろ? だがイリジアの大司祭はマギの存在を否定していたし、ネレウス王はそもそも、そういう排斥する類の裁判が大嫌いだったらしい。よってイリジアにはかなりの数のマギが逃げ込んでいたという話も聞いている」


「かなりの数のマギじゃなくて、マギだと間違えられた奴…だろ?」


「まあな。本物のマギなんて、本当にわずかだからな」


「当たり前だ。イメージ通りの本物がうじゃうじゃいるところなんて、考えたくもない」


 ユーリーが苦虫を潰したような顔をして、身体を縮こまらせてみせる。子供のように膝を抱えたユーリーを見て、オージアスの顔から笑みが零れた。


「マギは嫌いか?」


「嫌いとは言ってない。良い奴なら、別にマギでもなんでもいいんだ」


「まあ、おまえならそう言うだろうな。要は人間性だろ?」


「そういうことだ。せこい人間が嫌いなんだ。俺は。なんかマギっていうイメージだけで言うと、隠れて人を呪ったりして、せこそうだろ? 嫌いなら嫌いだって正面きって正々堂々やり合えばいいんだ。影でこそこそやるのが許せん」


 ユーリーらしい言い草だった。 


「だが、今のところせこいマギは身近にいない。だから助かるよ」


  そう言うとユーリーはにやりと嗤った。つられてオージアスの口角も上がる。


「そうだな」


 オージアスもごろりと横になった。ユーリーの方を見ながら腕で頭を支える。


「なんか兵舎にいるみたいだな」


 部屋の中を見回して独り言のようにオージアスが言った。ユーリーは頭を支えていた腕を、頭の後ろに組むようにしてあお向けになる。そして天井を見た。たしかに兵舎のようなそっけない天井がユーリーの目に映った。


「ユーリー。こういう天井見ると、俺は、おまえと初めて会ったときを思い出すんだ」


「ああ。そうかもな」


 ぼーっとしていてユーリーが眠りそうになったところで、オージアスが身体を起こす衣擦れの音がした。


「ユーリー、トラケルタ王国だけどな」


「あ?」


「やっぱりいろいろあるな…」


「そうだな」


「ケラスもそうだったが、最初に行った首都のヴェルナスはもっと露骨な状態だったしな」


「まあな。どこもかしこも人を集めて、戦の用意に見えるな」


「ああ。それに気づいたか? 街道のあちこちに武器庫や食料庫みたいなものが作られてただろう?」


「たしかに」


「こうなると時間の問題だな」


 ため息を一つ、ユーリーは吐いた。そしてあお向けの体勢を再びオージアスを見るように身体を横にしてから、言う。


「その話の続きは戻ってから陛下の前でしようぜ。オージアス。ここで話をしたって仕方ない」


「いや、だが、もうちょっとなんか調べる方法とか、見落としてることとかないかと思ってさ。陛下だって情報が不確かだから、俺達を出したんだろう?」


「まあな。ヴィーザル王国からだと見えない状況も、トラケルタ国内なら見えるだろうっていう判断だからな」


「ああ。だからさ。俺としては、見落としたくないわけだ」


 ユーリーはもう一度ため息をついて、ごろりとあお向けになる。


「オージアス、今はちょっとでいいから眠らせてくれ。昨日は地面が冷たくて、あんまり眠ってないんだ」


「おまえ、いびきかいてたぞ」


「いや、それでも眠ってないんだって」


 面倒くさそうに片手をひらひらとオージアスの目の前で振って見せると、ユーリーは背を向けてしまった。本格的に眠りに入ったようだ。すぐに寝息が聞こえてくる。


「すぐに眠れるのは、本当におまえの特技だよな。ユーリー」


 オージアスはしばらくユーリーの背中を見ていたが、ふと気づいて扉の鍵を確認しに立ち上がった。眼で見ただけでもかかっていることが分かっているが、実際にノブを回してみるまでは落ち着かない。がちゃりと重い感触が手に伝わってきて、しっかり鍵が掛かっていることが確認できた。それで安心して、オージアスも自分のベッドに横になる。ユーリーはすでに深い眠りに入ってしまったようだ。規則正しい寝息が聞こえてきていた。


 オージアスも自分の疲れは認識していたので、じっと目を瞑る。それでもすぐに眠れるものではなかった。オージアスとユーリーそしてラオが、ヴィーザル王国の若き王から受けた使命。それはトラケルタ王国の密偵だった。そう、ライサの見立ては正しかったわけだ。


 最近、隣国のトラケルタの様子がおかしいという情報があると。戦争をしかけようとしているのか、それとも単に情報が間違っているだけなのか。それを確認するのがオージアスたちの役目だった。


 オージアスとユーリーだけで行こうとしたところを、陛下がおっしゃったのだ。ラオも連れていくようにと。絶対にラオが必要だからと。実際、ラオは良く二人を助けてくれている。ラオは王の側近中の側近だった。王に影のように従い、そして隙なく王を守っているもの。オージアスもユーリーも今回のこの旅までは、ラオと親しく言葉を交わしたことは無かった。実際に、一緒に行動していてもラオは無口で、なかなか本心を表さない。しかし人付き合いに関しては不器用なだけで、悪い男ではないようだった。


 そして拾ってしまったライサ。まったく。密偵が追われてる人間を連れて逃げて、どうするんだよ。心の中で毒づきながらユーリーの方を見ると、幸せな夢でも見ているのか、唇の端から笑みが零れている。オージアスは呆れてユーリーをまじまじと見つめた。にこにこと微笑みながらユーリーは眠っている。


「おめでたい奴だ」


 呟いてみたが、起きる気配はない。昔からそうだった。ユーリーは好き好んでトラブルを起こしたがる。そしてユーリーが何かしでかしたことに、心配するのは自分。本人はのほほんとしている。上官の剣を折ってしまったときも、酒場で喧嘩してその領土の城主をのしてしまったときも。いつだってユーリーは、やってしまったものは仕方がないとばかりに、のほほんとしていて、心配し後始末を考えるのはオージアスの役目だった。


 人知れずにライサを連れて、ヴィーザル王国に戻る方法…それを考える必要があった。はぁと大きくため息をつく。どうしようかとぐるぐる考えているうちに、頭の中を闇が覆っていった。


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