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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
不死鳥の心臓
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第2章  旅の道連れ(5)

 のどかな田園風景を抜けて、いくつか農家が見え始めたところでオージアスが馬を止めた。馬から下りて、手近にあった切り株に腰をおろす。それを見て、ライサも馬を止めて降りた。今までにないほど長い時間馬に乗っていたおかげで、内股が擦れて痛かった。けれども、それを誰かに訴えるわけにもいかない。さすがに男性に対して、それを訴えるのは憚られる。だから、ほんのちょっとでも休憩があるのはありがたかった。ぼんやりと辺りを見ると右側には収穫が終わったばかりの麦畑が広がり、左側には馬や牛が放牧されている。


「きれいに区画されているのね」


 ライサが呟くと、オージアスがちらりとライサの顔を見てから、視線を農地に移す。


「三圃制だ。畑を三つに分けて、秋に耕すところと春に耕すところ、それに一年間放牧地にするところに分けてるんだ」


「じゃあ、あそこに牛や馬がいる土地は放牧地ね」


「ああ。牛や馬の糞が、土地を肥やす」


 オージアスの説明に、ライサが感心していると、ユーリーががしりとオージアスの肩に腕を回した。


「博学じゃん。貴族の息子のくせに」


「うちは貴族って言っても『貧乏』が上につくんだ。農作業をやるなんて、しょっちゅうあったさ」


 オージアスがユーリーの腕を回避しながら答える。


「オージアスは貴族の息子なの?」


 ライサの問いに、オージアスとユーリーの動きが止まる。


「まあな」


 その隙に、オージアスはユーリーの腕を振り解いて、髪を整えた。さらさらとした髪がオージアスの長い指から零れていく。


「じゃあ、どこの…」


 どこの国の貴族なのかと尋ねようとしたライサの前に、ユーリーの明るいブルーの瞳が飛び込んでくる。


「俺は、流浪の民の息子だぜ」


 ユーリーが自分の顔を指差しながら言った。


「あちこちで芸を見せながら、半島を回ってたんだ」


 オージアスの目が見開かれた。


「初耳だ。じゃあ、おまえは何やってたんだ?」


「軽業師」


「ありえないだろ」


「信じろよ」


「その身体でとんぼ返りができたら、俺も逆立ちしてやる」


 オージアスの言葉にユーリーが、じっと自分の身体を見下ろした。そしてため息をついてから、呟く。


「とんぼ返りは無理だな」


「ほら」


「でも軽業師だったのは、ホント。ホント」


「はいはい。熊の軽業師ね」


 オージアスが片手を振ってみせた。その様子を見ていたライサに、横から革袋が手渡される。ラオだった。


「水だ。飲むか?」


 こくんと頷いて、ライサは革の袋を受け取った。生暖かい水が喉を通っていく。皮袋を返すと、代わりにラオから何か小さなものを手渡された。木の葉に何か包まれたものだった。手の平のものをじっと見ていると、ラオが静かな声で言う。


「軟膏だ。どこかでつけてくるといい。痛みを止める」


 ライサは驚いて顔を上げた。まじまじとラオの顔を見ているライサに、無表情なままラオが、また口を開いた。


「痛いのではないのか」


「なんで分かったの?」


「馬の乗り方を見ていればわかる」


 くるりとラオが背を向けて、ライサから離れた。ラオの背中から視線を離すと、あたりを見回す。残念ながら遮蔽物になるようなものは無かった。しばらくは我慢するしかないということだ。だが薬があり、どこかで塗ることができるということは、ライサの気持ちを軽くした。








 村を抜けてしばらく進んだところで、城壁が現れた。


「ケラスだな」


 オージアスが呟いて、城壁に従って馬を進めていく。その後ろにユーリー、ラオ、ライサ、アルマンと続いていた。城壁はすぐに切れ目が見え、木製の門が見えてくる。夕方の明るい時間なのが幸いして、まだ門が開かれたままだった。そのまま乗り入れていくが、門番は特に気にしていないようだ。


 彼ら以外にも、馬でケラスに乗り込む旅人は多くいた。その殆どが男性で腰に剣を差していたり、槍を携えていたりする。


「これは、一体…」


 周りを見回していたオージアスが再び呟いたところへ、剣を腰に差した男がライサたちの集団に向かって走ってきた。


「おーい。おまえさんたちも騎士団の志願者か?」


 馬上でオージアスが首をかしげた。


「騎士団?」


 その横からユーリーが問い掛ける。


「おっさん、その騎士団っていうのはなんだい?」


「違うのか? いやてっきり腕自慢で来たのかと思ったんだが…」


 ユーリーは、ぽんと馬を下りると、その男の前でぐっと腕を曲げて、腕の筋肉の盛り上がりを示して見せた。


「力自慢は、力自慢だぜ」


 にやりと笑ったユーリーの腕を、その男はぽんぽんと触り、


「いや、大したもんだ。熊みたいだ」


 と言った。その言葉にユーリーの表情が曇る。思わずオージアスは吹き出しそうになりながら、馬を下りた。


「その騎士団について教えてくれないか?」


 そう尋ねたオージアスの方を男が見て、にやりと笑った。


「このケラスの街に、騎士団っていうのができるんだ。その団員を今募集しているんさ。だからおまえさんたちもてっきりそうかと思ってな。もしも腕自慢だったら、団員試験を受けてみればいい。今朝からあちこちの腕自慢が、自分の腕を披露して騎士団に入ってるよ。街の中心の広場に行けば、受け付けてるさ。まあ、行ってみろよ」


 それだけ一気に言うと、オージアスたちの後ろから来た集団のところに行って、また同じ掛け声をかけ始めた。


「騎士団ねぇ…」


 オージアスが呟く。そして意味ありげにユーリーとラオを見た。ユーリーが肩をすくめる。ラオは馬上で微かに眉を顰めた。


「とりあえずケラスで一泊するか」


 オージアスがのんびりと言って、ラオを見る。ユーリーもラオを見た。またしてもラオがため息をつき、そして馬の手綱をさばいた。


「着いて来い」


 ぼそりというと、先頭に立って街の中へと入っていった。



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