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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
一角獣の旗
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終章  幕開き

「本当に行っちゃうの?」


 部屋に来たハウトとフェリシアを迎え入れながら、アレスは言った。


「ああ」


 ハウトが短く答える。すでにアレスの部屋にはラオとエフライムが来ていた。バルドルは城の秩序を回復するのに忙しく、アレスでさえほとんど会えなかった。


「二度も拾われた命じゃからな。せいぜい働かせてもらうぞ」


 バルドルはアレスにそう言うと、自分から率先してアレスの代わりに諸侯と領土の調整を行っている。


 アレスの前に立ったハウトとフェリシアは旅支度をしていた。


「俺は誰かに仕えるのは性分じゃないからな。それに…」


 ハウトの胸のうちに、トゥールの言葉が蘇る。王になる…その予言は、フォルセティが断ち切ったとしても、ハウトを畏れさせるのに十分だった。自分がアレスを討つようなことがあってはならない。それがハウトの偽らざる気持ちだった。そのことはアレスに言ってはいないけれど。


「どこへ行くつもりですか?」


 エフライムが尋ねた。それにハウトは軽く頭を掻きながら答える。


「まあ、東の方へ行ってみようかと思っている。どこかの王様のおかげで幸い旅の資金は潤沢だしな。良い土地を探して、フェリシアと二人で住むさ」


「落ち着いたら連絡してね」


 アレスがハウトとフェリシアを見る。二人とも頷いた。ラオがぼそりと言う。


「また会える。先のことだがな」


 ハウトが目を見開いてから、にやりと嗤った。


「そりゃそうだ。会えないと困るからな。さっさと子供を作って、おまえが叔父さんと呼ばれるのを見てやる」


「その頃には、おまえも叔父さんになっているぞ」


「どういうことだ? そりゃ」


「いやこっちの話だ」


 ハウトが肩をすくめた。フェリシアがその様子を見て、くすくすと笑う。ラオが立ち上がってハウトとフェリシアを抱きしめた。


「気をつけていけ」


「ああ」


「ありがとう。ラオもね」


 フェリシアがエフライムと握手をし、そしてアレスを抱きしめる。


「またね。アレス」


「うん」


 そう答えてから、アレスは思い出したように付け加えた。


「あ、そうだバルドルを助けてくれてありがとう」


 フェリシアの目が丸くなる。それを見てアレスが微笑む。


「聞いたよ。バルドルから。フェリシア以外にできないでしょ? あんなこと」


 空中で矢が止まったことを言っているのだ。フェリシアが戸惑ったような表情になる。


「私…、全然覚えていないのよ?」


「でも、フェリシアだよ。あれは。ずっとお礼を言いそびれていたから。ありがとう」


 フェリシアが困ったような表情で、ラオを見る。


「遠見もマギも同じ力だ。おまえが本当に誰かを助けたいと思えば、その力は使えるようになる」


 その言葉にフェリシアが驚いたような表情をし、そして嬉しそうに微笑んだ。


「私は…助けることができたのね?」


 ラオが頷いた。アレスもにっこりと笑う。


 その様子を見つつ、ハウトがエフライムの肩を叩いた。出会ってからの出来事がハウトの脳裏に思い出される。思わず笑みが零れた。


「どっかで会ってもお手柔らかにな」


「それはこっちの台詞ですよ」


 エフライムもくすくすと笑う。そしてハウトはアレスを抱きしめた。


「しっかりやれよ。王様」


 にやりと嗤うハウトに、アレスもにやりと嗤う。


「うん。しっかりやるよ。次にハウトと会うときには、びっくりするぐらいにね」


 ハウトは髪を乱すようなしぐさで、くしゃりとアレスの頭を撫でた。


「またな」


「うん」


 そして扉が閉まり、二人が出て行った。静まり返った部屋の中で、アレスが閉じた扉を見つめながらため息をつく。


「王様っていうのもつまらないね。いつでも置いてきぼりだ」


 その言葉にエフライムが微笑んだ。


「でも、王様には王様にしかできないことがありますよ」


「そう?」


「例えば貧民街の貧しい人々に手を差し伸べるとかね」


「マギを保護するとかな」


 エフライムの言葉にラオもぼそりと付け加える。


「やることはたくさんありますよ。まあ、まずはあなたを守る近衛隊長を誰にするのか、決めないといけないですけどね。大体、オージアスはなんで隊長を降りたんです?」


 エフライムの言葉にアレスが眉をひそめた。


「そうなんだよね…。オージアスは隊長をやるのが嫌なんだって。エフライム、やらない?」


「私も真っ平ごめんです。こんな若輩者ですしね。隊長っていう柄じゃないですよ」


「なんか、みんな僕が嫌いで隊長を引き受けないみたいじゃない。嫌だなぁ」


 そんな訳ないことは分かっているくせに…とエフライムは心中で思うと、軽くため息をついてから、アレスに笑いかけた。


「仕方ない。私がオージアスを説得しますよ。彼が適任でしょう?」


 アレスの瞳がきらりと光る。


「適任の者がやるべきだと思う?」


「そりゃあ、もちろん」


 にやりとアレスは嗤うと、エフライムの前に背筋を伸ばして立つ。そしてアレスにしては精一杯の厳かな声を出した。


「エフライム・バース。そなたに近衛隊長の任を申し付ける」


 とたんにエフライムの眼が丸くなる。アレスはハウトが作戦開始時によく浮かべていたような笑みを頬に浮かべた。


「オージアスと、バルドルと相談したの。エフライムが適任だろうって、二人とも言ってたよ。あ、あとユーリーもね。エフライムがいいだろうって。それにエフライムが隊長だったら、僕の側にいつも居てくれるでしょう?」


「それでオージアスは隊長を降りたんですね?」


「その通り。適任者がやるべきだって。僕もエフライムが適任だと思うよ」


 エフライムは片手を額に当てた。やられた。自分の言葉に自分で落ちてしまった。仕方なく苦笑してアレスの前に跪く。アレスが慣れた手つきで片手を差し出した。その小さな指にはまった指輪に唇をつける。


「確かに拝命いたしました」


「よろしく。オージアスが副隊長ならやるって」


 頭上から軽やかな声が聞こえてくる。やれやれとばかりに首を振って立ち上がったところで、ドアがとんとんとノックされる音がした。エフライムが開けると側仕えのものが謁見の間で諸侯が待っていることを伝える。


「さて、新たな舞台の幕開きだね。一緒に来てね。エフライム、ラオ」


 アレスがにっこりと笑うと、エフライムとラオは頷いた。きっと謁見の間ではバルドルも待っているのだろう。あの王冠を持って。アレスは柔らかな光があふれている廊下に、エフライムとラオを従えて、足を踏み出した。 




ヴィーザル王国物語 ~一角獣の旗~


The End.


作者の沙羅咲です。初めまして。または、こんにちは。この作品を最後まで読んでくださってありがとうございました。


この話を創ろうと思った発端は、荒俣宏氏の「ヨーロッパ・ホラー紀行ガイド」だったと思うのですが、ヨーロッパの城壁の話が書かれている中で、洞窟を利用した牢の話があったのです。


そこから閉じ込められた人々のイメージが沸きあがり、この物語が始まりました。


私が書いている小説の中でも、かなり前に出来上がっていた物語でもあります。年表を書き、地図を描き、そして物語を書き始めました。


この話を書き始めたとき、私の周りは英語で溢れてまして、日本語を忘れてしまうのでこれではマズイと思ったのも理由の一つです。


ちょこちょこ日本語が間違っている部分があって、アップしながら直したのですが、まだ残っているかもしれません。


見つけたら直しておくようにしますね(^^;;



アレスたちの物語は、まだまだ続きます。構想としてはネレウスの時代の話から、アレスの次世代の話まで一応作ってありまして…。すでに書いているものもあり、まだ終わっていないものもあり。


この後も引き続き「ヴィーザル王国」をお楽しみください。


沙羅咲

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