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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
一角獣の旗
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第17章  決戦(1)

 角笛の音が鳴り響く。夜明けの合図であると共に戦闘開始の合図だった。ハウトは馬上から相手方を見渡した。こちらと同様に武装してずらりと並んでいる敵方が見える。


 気持ちを切り替えないとな…と自分の胸の中で言って、ハウトは相手を睨みつけた。相手を殺したいわけではない。だが敵となってしまった以上、戦わざるをえない。最低でも戦線離脱をしてもらうしかない。


「俺の敵になってしまったことが不幸だったな」


 射よ、という声が聞こえて、一斉に矢が飛んだ。相手方からも飛んできて、こちらの兵が盾を掲げる姿が見える。しかしその盾さえも潜り抜けて敵の矢が味方に当たっていく。人が倒れる。それを見ても、何も感じないふりをするしかない。


 二度ほど矢が飛び交ったところで、タイミングを見て、ハウトは馬を走らせた。横に並んでいたウクラテナの武官たちも同様に馬を走らせている。


 そのまま敵陣に突っ込むと、敵方の馬上の騎士を槍で突き落としていく。ブン! と大きな音をさせて槍を振り回すと、斜め右前方にいる騎士の横腹をなぎ倒す形となり、相手が落馬するのが見える。そのままスピードを緩めずに馬を走らせて、少し広くなっていた場所で馬の向きを変えて戻ってくる。


 歩兵は馬を狙ってくるので注意が必要だ。それと矢と。目の端で動くものを見たと思った瞬間に身体が反応する。


 槍がその方向にいた射手を突き刺す。すぐに引き抜くと血が噴出すのが見えた。しかしじっくりと見ている暇はなかった。すぐに向こうから同じく馬に乗った敵が来るのが見える。


 ハウトはにやりと嗤うと、槍を構えた。一騎打ちを望んでいる相手に答えてやろうと思ったのだ。相手の顔が見えてくる。馬同士がすれ違う前に、ハウトの槍は動き、敵を捕らえていた。すれ違い様に相手がバランスを崩して、馬から落ちていくのが見える。だが後ろを振り返っている余裕は無かった。


 剣を持った兵がハウトの馬を狙っている。器用に馬の向きを直前で変えさせると、そのまま相手の剣を避けて走り去る。まだ敵方の馬上の騎士は残っている。


「敵さんを全員落とすまでは、俺も落ちる訳にはいかないからな」


 そう呟くと、次の獲物に向かってハウトは馬を走らせた。少しでも多くの敵を馬上から落とす。それが騎乗にいる槍使いの鉄則だ。馬が倒れる前に多くの敵を地上へ。あとは歩兵がどうにかするだろう。


 もちろん馬がやられた時点で、ハウトもその地上の戦いに加わることになるのだ。しかし今はまだ、ハウトの馬は無事だった。馬上に残っている騎士に向かって馬を走らせると、ハウトは槍を振り回した。







 ウクラテナ軍のゼイルは、馬上で槍を生きているがごとく使いこなすハウトのことを、呆れたように見ていた。いや、正確に言うと見ている余裕は無かったのだが、あの馬が行き来する度に敵将が、馬上から落ちてくる。


 ブンと槍の盛大な音がして、その後にどさりと音がするときには敵将が落ちているときだった。その度に歩兵とゼイルのように馬を失ってしまったものが、周りを囲んで戦っていく。そして落としているのは、あのゼイルたちを訓練していた黒髪の男、ハウトだ。


 小隊長のエルバートが、肩で息をしながら剣を構えて、ゼイルの脇に来た。兜の下から、グレーブルーの瞳が感嘆の表情を伝えている。


「すごいな。あの男」


 ブンと剣を振るう。脇から突っ込んできた兵がエルバートの剣で頭を殴られる形になって、倒れこんだ。ゼイルも剣を構えたままで、エルバートに答える。


「レティザルトの戦いでは、長腕のハウトと呼ばれていたそうですよ」


 先輩から仕込んだ知識を披露しつつ、ゼイルは剣を振り上げて来た敵兵をなぎ倒す。数は多いが、あまり訓練されていないのか、相手の動きは俊敏ではなかった。それでも中にはかなり腕の立つものがいて、油断ができる状況ではない。


 エルバートが駆け出した。つられてゼイルもエルバートの後を追った。弓を構えてハウトの馬を射ようとしていた射手の肩から背中にかけて、エルバートの剣が走る。すでに血糊でほとんど切れなくなっていたが、それでも殴りつけるようにして降ろした剣は、相手の動きを止めるには十分だった。


 肩の衝撃で射手は崩れるように倒れた。追いついたゼイルが、エルバートの後ろで剣を振り上げていた敵兵の剣を弾く。


「油断禁物ですよ。隊長」


 そう言うと、ゼイルは敵兵の肩に剣を突き立てた。うっとうめいて、崩れ落ちていく敵の身体を見下ろす。そのゼイルの顔の前にエルバートの剣が突き出される。びっくりしてエルバートを見ると、エルバートとは反対側からうめき声と、どさりと人が崩れる音がした。はっと振り返ると、剣を構えた敵兵がエルバートの剣で倒れるところだった。耳元にエルバートの笑いを含んだ声が聞こえてくる。


「おまえもな。ゼイル」


 ゼイルは肩をすくめた。目の端で、ゼイルと同じくエルバートの小隊に属するものが、集まってくるのが見える。夢中で戦っているうちに分かれてしまったものたちが、エルバートの姿を見つけたのだ。一番年長のイリヤと片目のベイセルがゼイルの隣に来る。


「他の奴はどうした?」


 エルバートの問いに、ベイセルが答えた。


「スヴァンテはやられた。後の奴はわからん」


 敵の馬が突っ込んでくるのが見える。剣を振り上げたところで、ハウトの馬が戻ってくるのが見えた。


「そいつは俺の獲物だ!」


 ハウトが馬上から叫んで、ブンと槍がしなった。胸を一突きされる形で、馬上の騎士が落ちてくる。打ち所が悪かったのか、ハウトの槍が急所を突いたのか、落ちたときにはすでに動かなくなっていた。それを見ている余裕はなく、ゼイル達の周りに敵兵が押し寄せる。突き出される剣に身体が反応していく。今は何も考えずに、戦うしかない。







 一方、アレス王軍の右翼にあたるフラグドの兵たち、ブラギとルツアがいる軍は苦戦していた。このまま突っ込んでいけば、レグラスが山と溜め込んでいる火薬庫を襲撃できるはずだった。


 位置はフェリシアの遠見の力によって確認済みだ。しかし敵の人数が予想したよりも多く、兵たちが浮き足だってしまっている。そしてあの投石機。その大きさも兵たちに畏怖を与えるには十分だった。その向こうのやぐらから、敵がこちらの様子を見ているのが見える。


 ブラギがちっと舌打ちをした。馬上から突っ込めと叫んだその脇に、投石機から大きな石が降ってくる。火薬を少しでも長持ちさせようと言うことなのか、後で使おうということなのか、投石機から飛んでくるのは先ほどから石ばかりだった。


 こちらの軍にとっては、火薬が飛んでこないということはありがたいことなのだが、例え石であっても威力があることには変わりない。


「あの投石機をなんとかしないとな」


 ブラギは再び歩兵に突っ込むように大声をあげて号令をかけると、自分も馬を駆けさせる。ルツアはそれに続いた。巨大な振り子のような投石機に向かっていく。


「あのロープを切れば、とりあえず使えなくなるっ」


 ブラギがルツアに叫んだ。石を乗せる量りのような形をした部分のことを言っているのだろう。ぐっと後方に伸びた腕の先にロープが垂れていて、そこに量りのような形のものがあり、石が載せられている。


 後方の兵たちが固定している杭を外したとたんに、大ぶりの石がひゅんと音をさせて飛んでくる。城を狙う際に組み立てて使う投石機よりは小ぶりだが、それでもこちら側に被害が出ているのは確かだった。


 さすがに投石機の周りの守りは堅い。なかなか近づけない。ルツアは馬にくくってあった弓を外し、馬上で弓を構える。そして、ひょぉと音をさせて矢を放った。兵の一人にわずかに掠るようにして、投石器に突き刺さった。


 眉をひそめてから、もう一本矢を番える。弦を引き絞っている最中に、先ほど矢が掠った兵が倒れるのが見えた。それを見てようやくルツアは思い出した。矢には痺れ薬が塗ってある。ラオが、特別に作ったものをルツアの矢には塗っておいた、と言っていた。


「なるほど。さすがね。ラオ」


 ここには居ないラオに呟いて、にやりと嗤うと、弦に掛かっていた指を緩めた。弧を描いて矢が飛んでいく。投石機を守っている兵の肩に当たったのが見える。もう一本矢を放とうとしたところで、投石機の前を狙うには、位置が合っていないことに気づく。ルツアは馬を方向転換するべく、弓を肩にかけて手綱を取った。


 馬に近寄ってくる剣を持った兵が見えた。とっさに手にしていた矢で兵の顔を払う。鼻先に矢が掠るのが見えた。相手がひるんだ隙に、ルツアは馬の方向を変え、今までいた場所から遠ざかる。


 ブラギが馬を寄せて来るのが見えた。馬上から身を乗り出すようにして、剣で歩兵をなぎ倒している。ルツアの正面、ブラギの後ろに槍を構えた敵兵が、ブラギを狙っていることにルツアは気づく。


 さっと肩にかけていた弓を構えて、矢を番えた。腕を突き出す。頬に弦が触れたところで指だけを緩める。矢が音を立てて飛び、ブラギの前にいた敵兵が落馬する。ブラギが矢の風切り音に気づいて振り返った。ルツアの姿を見てにやりと嗤う。


「助かったぜ」


 多分そんなことを言ったのだろう。口が動くのが見えたが、声は周りの音でかき消された。ルツアは視線を投石機の側の守りに向けると、再度弓を構える。最終的にはあの側に寄る必要がある。その前に少しでも守りを倒しておこう。そう決めると、弓に矢を番えて弦を引き絞った。矢が敵兵に当たるのが見える。兜のせいで重い頭を左右にふって、首の筋肉を緩めようとする。しかしその努力は無駄だった。


「首も鍛えておくべきだったわねぇ」


 ぼそりと呟くと、首に手をやった。ゆるい頭痛も感じている。しかし如何ともしがたくて、ため息をついた。


 ブラギの馬が投石機に向かって走り出した。一気に攻めるつもりだろう。ルツアも駆け出す。周りの歩兵にも攻撃を促すべく、叫ぶ。


「投石機を狙えぇ!」


 戦場にルツアの声が響いた。それでも兵は動かない。刀があたる音やうめき声に、ルツアの声がかき消されてしまう。ルツアはふと先に王の旗がはためいているのを見つけた。牛にくくりつけられている。馬よりも牛の方が戦場では混乱を起こしにくい。だからこそ王の旗は牛にくくりつけられるのが常だった。その側に行って旗を守る兵に言いつける。


「あの投石機を狙うのよ。一緒に来なさい!」


 ルツアの声に兵ははっとしたように頷いた。牛の頭を投石機の方へ向けると、鞭を当てて急がせる。ルツアが再度、周りにいる兵に叫ぶ。


「投石機を狙えぇ!」


 そして馬を走らせていく。少しずつではあるが、歩兵もルツアやブラギの動きについてきた。投石機の周りの敵兵たちと交戦している。


 ブラギが投石機の近くまでようやく寄ることができた。馬に乗ったままロープを切ろうとしたところで、槍を持った歩兵に馬が刺される。どぉっと音がして、馬が横たわった。ルツアは弓を構えると、ブラギの馬を倒した歩兵に矢を射る。ひゅぉっと音がして、矢が弧を描いたと思うと、兵の腹に刺さった。


 ブラギがこちらを見ている。側まで寄せて片手を差し出すと、ブラギは馬の後ろに飛び乗った。片手がルツアの腰に回される。背中に体温を感じると共に、ブラギの汗の匂いがする。そして返り血の匂いも。


「もう一回寄せてくれ。馬上からの方がロープを切りやすいからな」


 ルツアは無言で頷くと、馬の進路を変えた。そして投石機の側に突っ込む。そこは敵味方が入り乱れての混戦状態になっていた。


「どきなさいっ!」


 ルツアは馬の行く手を阻もうとする兵に声を荒らげた。


「ルツア。俺が馬を操る。おまえはロープを切れ。馬上で立ち上がったほうが良い」


「わかったわ」


 ルツアの身体の両側からブラギの手が伸びてきて、手綱を握った。ルツアは弓を急いで馬にくくりつけると剣を抜く。そして馬上で鐙を台にして腰を浮かせた。手を伸ばして、剣でロープを切る。その瞬間に矢が数本、ルツアに向けて放たれた。


 ブラギが慌てて、ルツアのウェストに腕をまわすと、ルツアの腰を馬に下ろさせる。そしてそのまま馬の背に覆い被さるようにして、ルツアを覆った。くっとブラギから声が漏れた。ルツアが慌てて体を起こすと、一本の矢がブラギの左腕に刺さっている。


「ブラギ!」


「大丈夫だ…。手綱を頼む」


 ルツアが手綱を握ると、ブラギは右手で左腕の矢を引き抜いた。そしてルツアの耳元で囁く。


「愛する女の盾となることができるんだったら、本望さ」


「莫迦」


 そっけないルツアからの返事に、ブラギはにやりと嗤う。その視界の端で、乗り手を無くして走り回っている馬を見つけた。


「あれを捕まえよう。側に寄せてくれ」


 ルツアが馬に向かって疾走させていく。ブラギが身を乗り出すように手綱を掴んだ。


「一回、戦線離脱するわよ」


「ああ」


 兵がほとんどいないところまで戻っていって、馬を止めた。それでもブラギは馬から降りない。しばらく待っていたが、今だに降りないブラギを不思議に思って振り返ろうとしたところで、ルツアは後ろから抱きしめられた。耳元にブラギの息が掛かる。


「俺としては、このままおまえと一緒にいたいと思うんだがな」


 ブラギはそう甘い声で囁くように言った。心なしかルツアの腰にまわした手に力がこもっている。戦場で何やってるんだか…ルツアは心の中で呟いたが、もちろんブラギには通じない。聞こえるように、できるだけ大きくため息をつく。それでもブラギの手は緩まなかった。仕方なくルツアは剣に手をかける。そしてチャッと金属が擦れる音をさせた。


「無理やり降ろしてあげてもいいのよ。ブラギ」


 声はあくまでも明るく。しかしルツアの眼は笑っていない。その雰囲気が伝わったのだろう。ブラギ腕の力が抜けて身体が離れたと思ったら、とんと地面で足を下ろす音がした。ルツアが馬上から冷ややかな目でブラギを見る。


「冗談だと思っていたら結構本気みたいだから、はっきりさせておくわ。私には夫がいるの。いい?」


 ブラギは肩をすくめた。挑むような眼でルツアを見ている。


「俺は構わないぜ」


 ルツアの目が見開く。


「俺の惚れた女だ。夫の一人や二人」


「あなたが構わなくても、私が構うわ」


「で、その夫はどこにいるんだい?」


 ブラギの言葉がルツアの胸を抉る。つぃと視線を逸らした。


「今は…わからないわ」


「近衛隊長ギルニデム・グルベンキアンは死んだと聞いている」


 ルツアの視線がブラギに戻った。


「側で女を守れない男をいつまでも思っていたって無駄だ。男の存在価値は、愛する女を守ってこそ、だからな。俺だったら、おまえを守ってやれるぜ?」


 ルツアの顔が青ざめる。それでも瞳はギラギラと熱を帯びるように光っていた。


「私は守ってもらうために、ギルニデムと結婚したんじゃないわ。私は、誰かに守ってもらう必要なんてないの。それだけは覚えておいてちょうだい!」


 ブラギの言葉を待たずに、ルツアは馬を走らせて戦場へと戻っていった。ブラギも慌てて馬に乗り上げる。


「やれやれ。怒らせちまったか。なかなか難しい女神様だぜ…ま、その分、燃えるっていうもんだ」


 きゅっと手綱を締めると、ブラギはにやりと嗤ってルツアの後を追った。



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