第14章 予兆(2)
トゥールとレグラスが謁見の間に行くと、長い銀髪に色素がほとんどないかというぐらい薄い青の瞳を持った男がたたずんでいた。服装は黒ずくめだ。普通、使者であれば跪いて待つものだが、この男は立ったままだった。腕にはマントを抱えている。
「フォルセティ…」
トゥールは呟いた。まさに昔見た、ネレウス王の側に控えていた遠見そっくりだった。男の方もトゥールを見て、驚いたような顔をした。しかし、その表情はすぐに消えた。
「申し訳ありません。跪くように何度も言ったのですが、聞き入れられず…」
謁見の間にいた近衛の一人が慌ててトゥールに伝えた。それを片手で黙らせる。
レグラスが王の座についた。トゥールがその側に立つと、男がにやりと嗤った。
「書簡を持ってきた」
その物言いに、数人いた近衛がざわめく。それをトゥールはまたもや片手をあげて黙らせた。男が懐から出した書簡を側仕えのものが受け取った。トゥールに渡そうとしたが、トゥールは受け取らない。そして、そのまま男を見た。
「フォルセティの息子、ラオか」
ラオが黙って頷いた。
「マギだな」
ラオはその問いを無視した。だがそれは肯定と同じだった。周りの近衛と召使たちが、またもやざわめく。それをトゥールは視線で黙らせる。
「何があるかわからん。その書簡は受け取れないな。何が書いてある」
「降伏するようにと。アレス王からの伝言だ」
ラオがまっすぐにレグラスとトゥールを見て言った。レグラスの顔色が青くなる。
「おまえは偽の王だ。偽者は本物には勝てん」
ラオの静かだがはっきりした声が響いた。ざわめきが起こる。
「このヴィーザル王国の王は、ネレウス王そしてグリトニル王の血を引いたアレス王のみだ。おまえに予言しておく。レグラス、おまえは王にはなれん」
ラオは広間にいるもの全員に聞こえるように言い放った。その一言は効果的だった。マギの予言。その場の静けさが聞いたものの頭の中に広がる不安を、如実に表していた。
「おのれ…」
レグラスの顔色が青くなり、赤くなる。怒りをあらわにした顔つきで、レグラスがうなった。
「嘘だと思うなら戦ってみろ。クラレタの平原で待っている。来なければ、おまえは偽の王だと認めたようなものだ」
不敵な笑みを残すと、そのままラオは踵を返して立ち去ろうとした。
レグラスが剣を構えて、ラオの背後に走り寄る。剣を上から下へ降ろそうとした瞬間に、ラオが振り向いて手を突き出すような動作をしたかと思うと、レグラスがふっ飛ばされた。
どさりという人が床に転がった物音で、トゥールは我に返った。側にいた近衛たちに叫ぶ。
「逃がすな! 殺せ!」
トゥールの声に、謁見の間に詰めていた者達は呪縛が解けたように一斉にラオへ向かって剣を抜く。だがほんの一瞬だけラオの方が早かった。剣が間合いを詰めてくる前に、ラオは懐から何かを取り出すと、床に向かって打ち付けた。弾けるような音がして、大量の煙が立ち上る。一瞬にして謁見の間は視界が利かなくなった。
「逃がすな! 出口を固めろ!」
トゥールの声がするが、煙の中では方向感覚が無くなる。近衛たちはお互いの剣で傷つけるのを恐れて、右往左往していた。トゥールは何とか一番近い、王しか使わない扉から出た。廊下を走り去っていくラオの背中が見える。
「あやつを逃がすな! 殺せ!」
慌てて数人の武官が後ろから追いかけていく。ラオは立ち止まって後ろを振り向くと、何かを唱えるような仕草をした。その瞬間に武官たちの足が止まる。そして凍ったように動かなくなった。その姿をラオは確認するとにやりと嗤って、また走り去っていく。トゥールは舌打ちをしながら、動けなくなっている武官たちの横をすり抜けた。
トゥールの声が届いていたのか、その異様な雰囲気に気づいたのか、数人の武官がラオのいく手に立ち塞がった。走りながらラオが何かを投げつける。たちまちに煙が立ち込めた。廊下は煙で覆われ、またしても視界が利かなくなってしまった。
ラオは中央の出口に通じる階段にたどり着くと、一気に下まで駆け下りた。馬は正面から少し離れたところに、見つからないように術をかけてくくりつけておいてある。そこまでたどり着けば逃げ切れる。あと少しで出入り口につけると思ったところで、何者かに立ち塞がれた。剣を持った筋肉質の大男だ。剥き出しになった腕に大きな傷跡が見える。ラオを見るとにやりと嗤った。
「逃げられると思うな」
濁声がひどく耳に残る。ラオはその男の視線を受けた。とたんに脳裏にビジョンが見える。赤毛の男の最期…。ルツアの夫だろう。
「なるほど…赤毛の男を殺したのはおまえか」
ラオは静かに言った。濁声の男はにやりと嗤う。後ろからトゥールと他の武官たちが階段を降りて、出入り口のホールにたどり着く音が聞こえた。
「おまえはいつか、そのことを悔やむだろう…」
ラオは男に言うと、続けて何かを呟き始めた。出入り口のホールの温度が急激に下がっていく。ぎくりとして足を止めた武官たちを見回しながら、ラオは片手を上げた。次の瞬間に、その場にいたものが皆、動けなくなる。
ラオはそのまま、濁声の男の横を抜けようとしたその時だった。
超人的な意思の強さを発揮して、男が切りかかった。ラオの背中に刃が掠る。服が袈裟懸けに切られて、血がうっすらと滲んだ。そして男がもう一太刀浴びせ掛けようする。とたんに階段の方まで、見えない手でいきなり突き飛ばされた。ラオが振り返る。
「おまえ、名前は」
「マギに名乗る名前はない」
階段の方から搾り出された声に反応して、ラオの眼がすっと細くなる。どこからか名前が浮かんでくる。
「ラダトスか…。覚えておこう」
名前を呼ばれた男がびっくりしたように目を見開く。そしてラオはそのまま玄関ホールから出て行った。外でもまた、武官たちが遠巻きにして剣を構えて待っていた。しかしまさかここまで来るとは思っていなかったのだろう。どこか及び腰で、誰もかかってこようとしない。ラオが胸の前で手を組んで、何かを唱えたかと思うと、両腕を囲んでいる武官たちの方へ突き出した。その瞬間にバタバタと武官たちが何かに突き飛ばされるように、しりもちをついていく。その隙にラオは馬のところに走り寄った。
木から馬を放つと、そのまま門の方へ向けて疾走していく。後ろから何頭かの馬が走りよって来る音が聞こえた。
「しつこい…」
ラオは呟くと、懐から丸くて紐がついたものを取り出すと、その紐を口で引っ張り後ろに投げた。その瞬間に後ろからいくつもの小さな爆発音と馬のいななきが聞こえてきた。派手に音だけがするように作ってきたものを投げたのだ。
「驚いて足ぐらいは止めるだろう」
そう呟いて馬を走らせていく。今度は後ろからヒュンという風切り音が聞こえてきた。矢を射掛けられている。しかしこれは分かっていたことだった。自分には当たらない。躊躇することなく、馬を走らせていく。イリジアの街を抜けて街道に出たところで、ようやく馬の脚を緩めた。背中に生暖かい感触がする。顔をしかめて手をやると、先ほど切られたところが出血して服を濡らしていた。腕に引っ掛けたままだったマントを被ると、背中まで覆う。どこかで手当てをしなければ…と思いつつ、馬の頭を北向きに向けたところで、声がかかった。
「ラオ!」
振り返るとエフライムと男の格好をしたルツアが馬に乗って自分のすぐ後ろに駆けて来ていた。
「こんなところにいるなんて…」
そう言ったルツアの言葉が止まった。目線を追うと鞍の上に滴っている血が見えた。
「失礼」
そういうと、エフライムがラオのマントをどけた。背中の傷を見て眉をひそめる。
「傷は浅そうですけれど、かなり大きく切られましたね」
「そうらしいな」
「早く次の宿に…」
とルツアが言いかけたところで、ラオが制した。
「駄目だ。宿には追っ手がかかる。俺はこれから街道から外れて森に入る。おまえたちは先に戻れ」
「そんな! あなたを置いて帰るなんてできないわ」
「そうですよ。ラオ。せめて手当てだけでもしないと。背中を自分で手当てするのは無理でしょう?」
ラオは顔がしかめた。エフライムがルツアを見る。
「ルツア、申し訳ないですけれど、先に戻ってください。僕はラオと一緒に森を抜けて戻ります。あなたなら一人でも大丈夫ですよね?」
ルツアは頷いた。そしてラオの方を、首をかしげて見る。
「何か伝言はある?」
ラオはちょっと考えてから答えた。
「そうだな…。うまく煽ったと言っておいてくれ」
ラオがにやりと嗤った。ルツアは目を見開いたが、すぐに笑顔に変わった。
「さすがね。わかったわ。伝えておくわ。じゃあ、気をつけてね」
「あなたも」
エフライムがルツアを見た。ルツアがそれに頷く。そしてそのまま東へと駆けて行くルツアをエフライムとラオは見送った。
「じゃあ行きましょう」
エフライムの馬も北へ向ける。ラオは黙って頷くと、そのまま馬を北へと走らせた。
街道を外れて森の中に馬を踏み入れてから、しばらく走らせたところで、小さな小川が見えてきた。
「ここで休憩と手当てをしましょう」
そう言ったエフライムにラオが頷いたかと思うと、ずるりと馬から落ちそうになった。慌ててエフライムが近寄って、ラオの身体を掴む。
「大丈夫ですか? まずは馬に掴まっていてください。降りるのを手伝いますから」
エフライムは自分の馬をそばの木に止めると、ラオに近づいた。ゆっくりと手を貸して降りさせる。顔色が真っ青だった。
「だからせめて止血だけでも…と言ったのに」
エフライムは眉をひそめた。ラオがエフライムに抱きつくように降りながら嗤う。
「止まったら追いつかれていた」
エフライムはその言葉に首を振った。
「起こることが分かるというのも考えものですね」
「その通りだ」
ようやく地面に着いたところで、ラオが座り込む。エフライムがラオの馬を自分の馬の隣につないでから、ラオの傍らに戻ってきた。
「まずは手当てをしましょう。背中を見せてください」
マントを掴んで持ち上げる。着ている服は血が乾き始めていて、ぱりぱりと硬くなっていた。
「剥がしますよ。痛いかもしれませんけれど、我慢してくださいね」
そっと引き剥がしていく。ラオは顔をしかめていた。そしてエフライムは、小川に行って布を水に浸して戻ってくる。丹念に背中を拭いていった。止まっていた血が、布地を剥がしたせいでまた流れ始める。
「馬に括りつけてある袋を取ってくれ」
ラオの言葉に従って、馬の首にぶら下がっていた袋を取ってきて、手渡す。ラオはさらに小さな袋をその中から取り出した。黙ってエフライムに差し出したので、開けてみると緑色の粉が入っている。
「血止めに効く。水と混ぜて、どろどろにしてから塗ってくれ」
ラオの言葉通り、手の中に少し出すと、水を混ぜて背中に塗っていく。薬が触れた瞬間、染みるのか、ラオが喉から音を出した。しかし顔をしかめるだけで、何も言わない。
しばらく休んでいるとラオの顔に多少血の気が戻ってきた。背中に塗ったものが効いたのか、血は完全に止まったようだ。
「無事に帰って来るって言っていたのに…。このことを聞いたら、皆がどんなに心配するか。この傷も予定通りだったんですか?」
エフライムがラオの隣に座り込んで、小川を見ながら呟いた。
「いや」
低い声での返事に、エフライムはラオを見た。ラオは小川を見ていて、エフライムから見えるのは横顔だけだ。
「この傷は予定外だ。俺だって全部が分かる訳じゃない」
「しかし…それであれば…」
他の者が行くのを止めなくても…と言おうとして、ラオがエフライムを見つめたので黙り込んだ。
「おまえならどうする。その者が死んで、周りの者が嘆き悲しんでいるのが見える。それでも、その者が死地に行くことを止めずにいられるか?」
エフライムは黙り込んだ。しばしの沈黙の後、意を決したように答える。
「それでも、あなたが死ぬよりいいでしょう? ラオ。今あなたを失うわけにはいかないんですよ? 私たちはね」
ラオはふっと嗤った。
「それが答えか」
そう呟くと、ラオは黙り込んだ。視線を小川の方へ戻す。そしてポツリと言う。
「ヴィーザルを取り戻すためか? アレスを守るためか?」
「その両方だと答えておきましょうか。我々には、あなたの力が必要だと思いますしね。まあ、それだけじゃありませんよ。あなた自身にも親しい者がいるんですよ? ハウトも、フェリシアも、アレスもね。多分、ルツアやバルドル様も、あなたに何かあれば嘆き悲しむでしょう」
ラオがエフライムを見た。エフライムを見ているが、同時に遠い場所を見ているような瞳だった。氷のような水色の瞳が、エフライムを貫くように見ている。
「もしも…ヴィーザルを取り戻すためには、犠牲が必要だとしたらどうする? おまえはどちらを取る?」
「ラオ?」
「もしもの話だ。犠牲が出ることは分かっている。だがその犠牲がなければ、ヴィーザルを取り戻すことはできない。俺達がやってきたことは水の泡となる。どうする?」
沈黙が辺りを包む。水が流れる音だけが響いている。
「それは起こりうることでしょうね。これから戦をしようというのですから、犠牲は免れない。でもそうやって掴み取らなければ、得られないものもあるのですから…。最初の犠牲に怯えて、もっと大きな犠牲が出すということは、避けなければならないでしょう?」
ラオの視線が穏やかになった。
「なるほど。多数の者の利益は少数の者の利益より勝るということだな」
エフライムがにやりと嗤った。
「そういうことなのかどうか、わからないですけどね。自分達の信念の前には、進むしか道は無いということです。アレスを守って、ヴィーザル王国を取り戻すことが、我々の決意でしょう? 少なくとも、私にとってはそうです。だったらそれが何にも勝るということです」
「自分の命よりか?」
「そうですね。私は命に代えてもアレスを…王を守ることを誓いましたから」
「だが、もしもそれが…。…いや、やめておこう」
ラオが立ち上がった。はずみに身体がよろけたのを、エフライムが慌てて立ち上がって支える。
「もう少し休んだほうが…」
それを押しとどめて、ラオは馬の方へ向かった。
「追っ手が来る。やつらは俺が街道へ行っていないのに気づいて、山狩りをする気だ。とは言え、こっちはもっと奥に入り込むから、見つかるはずがないがな」
「そこまで見えるんですか?」
「ただの勘だ。確信があるわけじゃない。思いつくままに喋っているだけだ」
「ということは、本当に来るかどうか、わからない訳ですね?」
「まあな」
ラオは顔をしかめた。
「おまえは残ればいい。俺はここにはいられない」
ラオは木に止めてあった綱をはずすと、馬に乗り上げる。
「後でルツアに確かめてみろ。街道を走り抜ける数頭の馬と、それに乗った武官たちを見ているだろう。そのうちの一人は腕に傷跡が残っている大男だ。それが追っ手だ」
エフライムは黙ってラオに従って、馬に乗り上げた。それを見て、ラオは森の更なる奥へと馬を進め始めた。
城ではトゥールにオージアスが詰め寄っていた。
「ヴェルダロス様。どういうことですか? アレス王子は生きていると?」
「そんな訳があるまい!」
トゥールが怒鳴りつける。しかしその態度にオージアスは不信なものを感じた。先ほど来た使者。フォルセティの息子だとトゥール自身が言っていた。と言うことは、城の遠見だったフェリシアの兄ということになる。その男は「アレス王」と言っていた。アレスといえば、グリトニル王の一人息子、アレス王子のことが思い浮かぶ。そしてレグラスが偽王であると言っていた。
「マギといえば、人心を惑わすもの。おまえも惑わされたか!」
トゥールが怒気を含んだ声で叫ぶ。表面上に感情は見せず、オージアスは頭を下げた。今は何を言っても、トゥールは答えまい。しかし…もしもアレス王子が生きているとなると、自分にも選択肢があるというものだ。どちらの王につくかという選択肢が。
「アレス王などと…アレス王子の名を騙った偽者ぞ」
その可能性はある、しかし本物である可能性もある…と、心の中で呟く。しかし今はトゥールの怒りをやり過ごすほうが先だった。
「無駄な噂話を流さぬようにな」
トゥールが凄んでオージアスを睨みつけた。その視線を平然と受けつつ、オージアスは礼を取る。
「仰せのままに」
そして部屋を後にした。トゥールがいくら噂話を流さぬようにと言っても、無駄だとオージアスには分かっていた。あの会話を一体何人の近衛が聞いたことか。それだけじゃない。召使たちだってあの部屋にはいたのだ。ユーリーが視線に先に見える。トゥールとの話が終わるのを待っていたのだろう。彼もあの場にいたのだから。すぐにでもユーリーと話をして、考えをまとめたいという気持ちを持ちつつも、オージアスはそれを我慢した。誰が聞いているか分からないところでの、微妙な会話は慎むべきだと経験が教えていた。ユーリーも黙って頷く。思いが伝わっているようで嬉しかった。にやりとユーリーだけに笑いかけると、二人は肩を並べて廊下を歩き始めた。
裏庭を抜けて、人気がないことを確認するとオージアスはようやく深いため息をついた。ユーリーも一緒になって大きく息を吐く。身体の中にたまっていた何かを吐き出せたような気分になる。オージアスは横に立っているユーリーを見た。
「どう思う?」
「アレス王子が生きているっていうのは、本当だと思うぜ」
オージアスの問いにユーリーが答える。
「なぜ?」
「カンだ!」
あまりにも自信満々に答えるユーリーに、オージアスはへなへなとその場にへたり込んだ。その様子を見ながらユーリーも横にしゃがみ込む。
「勘を馬鹿すんなよな。俺の勘は結構あたるんだぜ?」
オージアスはちらりとユーリーを見て、視線を地面に落とした。
「おまえはいいよなぁ。そうやって自分の感性だけで突っ走れるから」
ユーリーが肩をすくめた。
「じゃあ、おまえはどう思うんだ?」
「俺も生きていると思った」
オージアスが答えてユーリーを見た。
「あの男は本物のマギだ。何人もの武官が手も触れずに、弾き飛ばされた。そんなことができるものは限られているだろうさ。そうなってくると、あの場で言われていた、先代の遠見であるフォルセティ殿のご子息というのが、信憑性を増す」
「まあ、ヴェルダロス様の反応から見てそうだろうな」
「ということは、アレス様は生きている」
「勘以外の根拠は?」
「たしか二、三年前だ。グリトニル陛下が遠見を呼ぶと言って、フォルセティ殿のご子息に声をかけたと聞いている。ところが本人が城仕えを嫌って来なかったとか。そこで妹のフェリシア殿が遠見としていらっしゃったという話だ。城仕えを嫌ったってことは、地位を望まないってことだ。そんな人物が、偽者のアレス王をネタにして、レグラス様に宣戦布告しに来るとは思えない。そんなことをしたところで、何も利益がない」
ユーリーが目を見開いて、にやりと嗤う。
「おまえ、そんなことを良くこちゃこちゃと考えられるなぁ」
オージアスがわざとらしくため息をついた。
「おまえが考えない分、俺が考えてやってるんだ」
「そうか」
悪びれない様子でユーリーが答えた。
「フェリシア殿の兄上が出てきたということは、フェリシア殿もご無事なのだろうな」
「だといいな。あの遠見殿は、美しくて、陰ながら慕っている者も多かったからな」
「いや、論点はそこじゃないだろう」
「そうか? 美女が減るのは世界的な損失だぞ?」
ユーリーがまじめな声で答える。オージアスは更に深くため息をついてみせた。
「アレス様が生きていらっしゃるといいな…。俺はもう、あの陛下のお守りは嫌だ」
「おい」
慌てたようにユーリーがオージアスを見た。オージアスは弱弱しく笑いかける。
「おまえだから本音を言えるんだよ。毎日護衛に立つ奴から苦情を受けてみろ。護衛が立っている廊下にまで女の声が響くんだからな。たまったもんじゃない」
「分かるが、下手なことを言うと仕事どころか命も無くすぜ?」
「分かっているって。俺はおまえよりも考える奴だからな」
「へいへい」
ユーリーは肩をすくめて見せた。




