第12章 神の声(2)
この一週間前。バルドル達と別れたハウト達はバルドルの館には向かわずに、そのままウクラテナの地に移動していた。街道伝いに移動していけば五日の道のりだった。街道の途中でバルドルの館の者と待ち合わせて、アレスとフェリシアは馬に乗り換える。馬車はそのままバルドルの館に向かわせた。
「宿に馬車っていうのは、面倒だからな」
ハウトが嗤う。アレスもフェリシアも頷いて、そのままハウトが馬を走らせるのに続いた。ウクラテナの街ではエフライムが見つけていた宿に泊まった。そんなに上等ではないが、それほどひどい宿でもない。なによりも馬番がしっかりしていた。
翌日は作戦の仕込みの日だった。とは言っても、日中には特にやることがないエフライム、ラオ、アレスは待機だ。部屋に居ても仕方がないので、街の中を見てくると言う。
「まあ、くれぐれも目立つようなことと、危険なことははしないでくれよ」
そういうハウトに、アレスが笑顔いっぱいに答える。
「大丈夫だよ。それにエフライムもラオもいるし」
エフライムが微笑んで頷き、ラオは無表情に言った。
「心配するな」
その言葉に、ハウトは肩をすくめると、フェリシアを伴って出かけた。決行前の下準備だ。二人はハイネデル候の居城に向かうと、城内の隠し通路に入った。石のひんやりした感触とコケの匂いがする。所々に蜘蛛の巣が張っていて、足元を虫が走って行く。多分ねずみもいるのだろ。泣き声が微かに聞こえてくる。
「こりゃ、ひどいな。大丈夫か? フェリシア」
明かりを持つフェリシアの顔が多少強ばっている。
「使われていないのね…」
「そういう意味では、好都合だがな」
ハウトが先頭にたち、くもの巣を払いながら進んだ。
「止まって。ここがハイネデル候の部屋の前よ」
密やかな声で言うと、フェリシアが壁に手をついた。コケの感触が気持ち悪いが、今はそんなことは言っていられない。
「大丈夫。誰もいないわ。ちょうど棚が邪魔しているわ」
ハウトが扉と思われるところに、持ってきたバールを突っ込んだ。ぐいっと力を入れると、内側に向かって扉が開き始める。ぎっぎっと音がする。
「フェリシア、見張っていてくれよ。誰かが来たら、まずいからな」
「ええ」
壁に手をついたまま、フェリシアは手のひらに意識を集中する。扉が開いたところで、棚の裏側が見えた。
「ここで声を出せば、なんとか部屋の中まで通るだろう。念のため後で確認してみる必要があるな」
「ん…。ちょっと待っていて…」
祈るような姿勢をとって、フェリシアが目を瞑る。ふわりとフェリシアの周りに光の膜のようなものが見えた。錯覚のように淡い光。ハウトはうっとりとフェリシアの光を見ている。いつ見ても、その光はきれいだった。ぱっとフェリシアが目を開いた。
「ここからもう少し行ったところで、廊下に出られるわ。ちょっと待っていて、私、ハイネデル候の部屋に忍び込んでみるから」
「お、おい」
止める間もなく、フェリシアは身を翻して走り去っていく。微かな蝋燭の光があるとはいえ、まるで見えるような足取りだった。
「フェリシア…、暗闇の中も、もしかして見えるのか?」
次元の違うところで、呟いている自分に気づいて、ハウトははっと我に返る。フェリシアが誰かに見つかるということは無いとは思いつつ、それでも心配だった。しかし今はこの扉の前を離れる訳にはいかない。
そのとき扉の向こう、ハイネデル候の部屋から音がした。声をかけそうになって、フェリシア以外の人間の可能性があることを思い出す。コツコツと歩き回る音がする。何か机の上のものを触っているようだ。ドアをノックする音がした。
「入れ」
太い男の声がした。ハイネデル候その人らしい。
「失礼いたします。皆様が居間におそろいになりました」
「わかった。すぐ行く」
かなりクリアに声が聞こえてくる。これであれば、こちら側から話しかけても声が届くだろう。コツコツと足音がして、ドアが開いて、そして閉まった。人の気配が無くなる。しばらくして、また人が入ってくる気配がした。
「ハウト?」
「フェリシア…」
呆れ声で思わず返事をする。
「あら、意外に聞こえるのね」
「いいから、早く戻ってこい。こっちは気が気じゃない」
「はーい」
フェリシアの笑いを含んだ明るい声が聞こえると、ドアが開いて閉まる音がした。ハウトは通路への出入り口を閉めようと扉に手をかけたが、思い返してそのままにしておく。
閉めている最中に人が来ても、自分では察知できない。蝋燭の細い光の中で立ち尽くしていると、誰かが暗闇の中で走ってくるのが見えた。こんな芸当ができるのはフェリシアしかいない。
「フェリシア…」
フェリシアがハウトに抱きついた。
「ただいま!」
小言を言おうとして、思い返す。それよりもこの扉を閉めてしまわねば。軽く唇を掠めるようにキスをしてからフェリシアの身体を自分から離す。
「見張っていてくれ。とりあえず閉める」
「はーい」
フェリシアが壁に手をついた。それをみて、ハウトは扉を閉め始める。ぎっぎっと音がしている。閉め終わって、泥と埃まみれの手を払う。
「フェリシア、明かりが必要なら…」
自分の分の蝋燭を譲ろうか…と言おうとして遮られる。
「いらないわ。無いほうが良く見えるということがわかったの」
薄明かりの中で、にっこりと笑っているフェリシアの表情が見える。
「とりあえず戻ろう」
帰り道は目印となるように、拾っておいた小石を道の途中途中に積みながら戻った。
一方、街に出たアレス達は軒を連ねている店が珍しく、あちこちと覗いて歩いていた。よくある靴屋やパン屋はもちろんのこと、キラキラと光沢をもつ布地を売っている店や不思議な香りがする香辛料を置いてある店まである。今回のことがあるまで城の外に出たことがなかったアレスはもちろんのこと、ラオやエフライムにとっても、これら異国の品々が物珍しかった。三人はアレスを先頭にして、気の赴くままに足に任せて然したる当てもなく歩いている。
ふとアレスは店と店の間に細い路地があることに気づいた。
「ねえ、あっちにも行ってみようよ」
エフライムが止める間もなく、アレスは路地に入り込んでしまった。迷路のような細い路地。そしてその路地を抜けたときには、表とは比べ物にならない世界が広がっていた。
やせ細った身体をもつ人々。地面にそのまま寝転んで、こちらを空洞なような瞳で見ている。周りにあるのは、家と言うよりは馬小屋のようなものだった。ようやくエフライムが追いついて、アレスの腕を掴んだ。
「ここ…どこ?」
アレスの唇がうわ言のように呟く。
「貧民街ですよ。大きな都市であれば、このような場所があるものです」
エフライムがアレスに耳打ちした。ラオも追いついた。周りをぐるりと見回すが表情は変わらない。
ふらふらと向こうから袋を広げて歩いてくる者がいた。ぼろぼろの服装をしている。ぼそぼそと呟いているその声は、どうも何かを乞うているようだ。
「行きましょう」
エフライムの声に動こうとしたときだった。アレスの足元にやせ衰えた女が身を投げ出してきた。片手にぼろ布にくるまれた赤ん坊を抱いている。
「お願いです。お恵みを」
アレスは硬直したまま動けなかった。ぼろ布の中の赤ん坊もやせ衰えて、生きているのか死んでいるのかわからない。かすかにぴくぴくと動かした瞼が、まだ生があることを伝えていた。
エフライムが目を細めた。何が起こるかはわかっている。わかっているが見捨てられない。この赤ん坊を見てしまったら…。やせ細った女とぼろ布の赤ん坊の姿にエフライムの母親と妹の姿が重なる。一瞬躊躇したが、懐に手を入れると、何かを女の手に握らせた。ぱっと女は手を開き、それが銀貨であることを確認すると、驚いた顔になる。それを見ていた周りにいた者達が口々に何かを呟きながら、一斉にアレス達の方へ動き出した。ここは貧民街。こうなるということは、嫌というほどわかっていたことだ。
異様な雰囲気に反応して、ラオが動こうとした瞬間だった。エフライムが先に動いた。剣を抜き言い放つ。
「寄れば切る!」
殺気を含んだ冷たい声。集まろうとしていた人々の動きが止まった。
「アレス。早く。元来た道を!」
エフライムがアレスの背を庇うようにして、剣を構えたまま人々を睨みつけた。蒼白な顔のまま、アレスはラオに引っ張られるようにして路地を戻る。それを見届けてから、エフライムも剣を持ったまま後に続いて走り去った。
表の通りに出るとアレスは肩で息をついた。エフライムを振り返る。すでにエフライムは剣を鞘に収めて、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
「あ、あそこは何? 一体…」
エフライムが肩をすくめる。
「さっきも言ったでしょう? 貧民街ですよ」
「あんな場所があるなんて…」
エフライムの瞳にふと影が落ちる。
「まだマシなのですよ。ここは。直轄地だから」
「まし?」
「あまり知られていないことですが、グリトニル王は国内の整備に熱心だった方で、直轄地の貧民街に住む者達に配給をしたり、職業訓練をしていたりしたんです」
アレスが目を見開いた。
「お父様がそんなことを?」
エフライムが頷く。
「ネレウス王が築いたものを、グリトニル王が内側から整備していたという風に僕は受け取っていますけどね」
エフライムが後ろを振り返った。そして貧民街の方を見て呟く。
「どちらにせよ、今はどうなっているのか。わからないですけれどね…」
そう…。あの場所が今はどうなっているのか、わからない。グリトニル王亡き後、貧民街に手を差し伸べてくれる者がいるのかどうか…。きっと誰もいないだろう。忘れ去られた影の街なのだから。エフライムは胸の内に感じた苦いものを、ぐっとその穏やかな笑みの下に押し隠した。
翌日はいよいよ決行の日だった。まずはハウトとフェリシアが大神殿に赴く。フェリシアは黒っぽい服装に黒髪のウィッグをつけていた。ハウトは少し離れた場所で熱心に戦いの女神フレイムに祈っているように見せかけながら、フェリシアを見守っていた。もしも神官長が動かなければ、自分が神官長にフェリシアを気づかせる役割をする必要があった。しかし狙い通りルゥに祈る女は珍しいので、神官長がやってきた。
「なんでしょうか」
フェリシアの声が緊張のためか少し震えている。しかしそれは、神官長から声をかけられたことに見られたようだ。神官長の方もフェリシアに見とれて口ごもっていた。その瞬間に、成功したという思いと、フェリシアに見とれている男に対する嫉妬がハウトの中ではささやかながら交錯していた。
「い、いや女性がこの神に祈っているのは珍しいので、何かご事情がおありかと思いましてな」
しばしの沈黙。そしてまた神官長の声が聞こえる。
「私はこの神殿の神官長をしている者。よろしければお話になってみませんか?」
神官長がフェリシアの横にしゃがみこんだのが見えた。それ以上は近づくなよ…とハウトは心の中で神官長に脅しをかける。しかし、それが神官長に聞こえている訳は無い。
「私の夫が…、陰ながらこの神を信奉していたのです」
「ほう」
「しかし先日、亡くなりました。夫の遺言に従って、私はお礼に来ただけです」
フェリシアが傍らの荷物から額に入った小さな絵を取り出した。エフライムに探させた絵描きに一週間で描かせた代物だ。エフライムに雰囲気だけ似せて、しかし別人になるように描いてもらっている。
「神官長様…これは、この神、ルゥを描いたものだと夫から聞いております。もう、夫には必要がありません。もしも、欲しい方がいらしたら差し上げてください。私には要らないものですから…。夫は、この絵のおかげで私と結婚できたと思っていたようですわ。私は単にあの人に惹かれただけですのにね」
悲しげに微笑んで見せるフェリシアは完璧だった。おもわず神官長が絵を受け取るのが見える。よし! ハウトは心の中で叫んでから、あまり見つめすぎないように、視線を女神フレイムに戻しつつ、耳をそばだてた。
「ぜひ夫と同じく、この神を信奉していらっしゃる方に差し上げてください。それが夫への供養になりますから」
ルゥを信奉している人はそう多くないと思われるし、何よりも霊験あらたかなのは、目の前にいるその絵のおかげで結婚できた(と思っている)相手を見ればわかる。きっと絵は一番位の高い者、つまりハイネデル候に渡るだろう。絵が渡らなければ、渡らないでもいいとハウトは考えていた。今回の作戦はいくつもの細かい偶然に見える一致の積み重ねにしていくことが要だった。フェリシアは会釈をすると、絵を残したまま立ち去ってしまった。神官長は手元に残った絵をじっと見つめている。その様子を確認しながら、ハウトはその場を去った。
その頃、ラオとアレスはウクラテナの城の前で、ハイネデル候が出かけるのを待っていた。エフライムがいつも夕方には大神殿での祈りの会に出て、その後神官長の部屋に寄っていくことを確認している。もうそろそろ出かけるはずだった。城の門が見える木の上に二人が登っていると、豪華な馬車が出てくる。多分、ハイネデル候の馬車だろう。街の方へ駈けて行く。そのまま街の方を見ながらのんびりと待っていると、フェリシアとハウトが馬に乗って現われた。
「ラオ? アレス?」
「こっちだよ」
アレスが木の上から手を振った。フェリシアが驚いたような顔をする。ハウトがにやりと嗤った。
「いい場所を見つけたな」
「うん。上から見ていると気持ちいいよ」
そう答えながら、するすると器用にアレスが降りてきた。その後に影のようにラオも降りてくる。
「ラオまで登っているとは思わなかったぜ」
ハウトが降りてくるラオに驚きながら言った。
「僕が登ろうって言ったの。そうしたら一緒に登ってくれたよ」
アレスがにこにことした表情で答える。そのアレスを器用に片手で掬い上げると、ハウトは自分の馬に乗せた。それを見て、ラオがフェリシアの馬に手をかけて後ろに乗り上げる。
「とりあえず、城の後ろ側に入り口があるわ。そこまで行きましょう」
フェリシアが馬を進め、その後ろにハウトの馬が続いた。
昨日忍び込んだところをフェリシアが示し、ハウトとラオで岩をどけると、隠し通路が現われた。
用意した蝋燭に火をつけて、ハウトが先頭に立って歩いていく。たった一日だけで、すでに幾つもの蜘蛛の巣が出来上がっていた。足元を走っていく虫やねずみにアレスが思わず悲鳴をあげそうになって、危うく飲み込んだ。
「す、すごいね…」
「しー。静かに。ここはまだ人が通る場所の横よ」
フェリシアが囁く。昨日置いた小石を頼りに、細い通路を抜けて行くと、ある地点でフェリシアが皆を止めた。
「ここからハイネデル候の部屋に通じる廊下に抜けられるわ」
そして片手をついて、廊下に誰もいないことを確認すると、すっと何かをひくような動作をした。隠し扉が開いていく。そこは誰もいない暗い廊下だった。フェリシアの指示に従って立ち止まったり、隠れたりしながら、人のいない廊下を通っていく。そして最後にハイネデル候の居室に行き着いた。
そっと扉を開けて入る。ハウトがまっすぐに机に向かった。
「探すまでもなくあったぜ」
アレスに二通の書簡を手渡す。アレスはざっと中身を確認すると、両方を丁寧に元のように閉じて、一通をラオに差し出した。
「ラオ。僕に従うようにって書いてある手紙にして」
「どういうことだ?」
「レグラス王に従うようにって書いてある手紙じゃなくて、アレス王に従うようにって書いてある手紙が欲しいの」
アレスがじっとラオを見る。ラオは怪訝な顔をしながらも答えた。
「レグラス王なんていないぞ」
「そうだね。だったらこの手紙も僕に…アレス王に従うようにって、書かれているのはずだよね?」
ラオがアレスの手から手紙を受け取って、開いた。ハウトとフェリシアが横から覗きこむ。そこにはレグラスの文字はなく、アレスとなっている。
「そうだな」
ハウトが目を見開く。アレスもラオから手紙を受け取って、同じく目を見開いた。
「すごい。ラオ…」
ラオとフェリシアは意味がわからず、怪訝な顔をしている。
「何がだ?」
ハウトとアレスは一瞬お互いを見たが、アレスはその視線をはずすと、そのままラオに抱きついた。
「なんでもないよ。ラオ。ありがとう」
「だから、何がだ」
アレスはそれには答えなかった。にこにことしたままラオを見ている。ハウトが呆れたように頭を振ってから言った。
「よし、通路に戻るぞ。ここは、この確認だけでいいからな」
確認という言葉を確かめるように言いながら、ハウトはアレスににやりと嗤ってみせる。そしてドアに手をかけた。
「今晩最後の仕上げだ」
暗い通路の中でどれぐらいの時間が経っただろうか。細いろうそくの光だけを頼りに待っていると、向こう側で扉が開く音がした。祈りの声が聞こえはじめる。ハイネデル候の祈りの時間が始まったのだ。
ハウトからすれば、どうでもいいことをぐちゃぐちゃと祈っている。ほとんど信仰心のないハウトにとっては、これだけ長い時間祈っていること自体が驚きだった。いい加減、飽き飽きとしてきたところで、ハイネデル候が言った。
「どうか私に道を示してください。アレス様につくか、レグラス様につくか」
ハウトとラオの視線が会う。ハウトが頷いた。ラオがあの二重に聞こえる声で、一言だけ発する。棚の後ろから室内に向かって、はっきりと。
「正統なる王アレスに従うが良い」
「誰だ!」
声は一言だけだ。多すぎても少なすぎてもいけない。謎が深まるように、一言だけ。皆に静かにしているように、ハウトは自分の人差し指を立てて唇に当てた。アレスとフェリシアが息を呑んでいるのがわかる。しばらく時が立った。
部屋の方から紙を開く音がする。続けて呆然としたハイネデル候の声が聞こえる。
「なんだこれは…」
ハウトはにやりと嗤った。ハイネデル候が発見したのだ。レグラス王の名前がアレス王に代わってしまっていることに。
ハウトにとっては一つの賭けだった。こればかりはやってみなければ分からないと思っていたものだ。イメージの出所はカードで聖杯の百をラオが出したときだった。もしも何も知らずに文章が代わっていたら? それはハウトの中で一つの可能性を作り出した。
ラオはそれを無意識にやっている。多分、ハウトが頼んでも駄目だ。その前に、ラオは考えるだろう。考えたら、多分文章は変わらない。アレスが何の意図もなく「聖杯の百」と言ったからこそ、ラオは「聖杯の百」をひいた。あるはずのないカードが出てきたのだ。
可能性があるとしたらアレスの言葉だ。アレスの言葉に対しては、ラオは素直に聞いている。だとしたら? アレスだったら、ラオに無意識に文章を変えさせることができるかもしれない。そしてあの晩、ハウトはバルドルにこっそりと耳打ちをした。「聖杯の百」のカードの話と、文章を変える可能性を。しかもこの話はラオに知られてはならない。あとはアレスがいかに、ラオに働きかけるかだった。ハウトの話をアレスは素直に信じた。ラオになら変えられる。絶対に。だから素直に頼んだ。その結果が、あの「レグラス王」から「アレス王」への文章の変化だった。
ハイネデル候の部屋からは、また祈りの声が聞こえてきた。そしてしばらくしてドアが開き、人が出て行く音がする。室内は静まり返った。
ハウトがフェリシアを見る。その視線にフェリシアは頷いた。そろそろと隠し扉を閉めていく。岩の壁にすっぽりと扉が収まると、フェリシアが先頭に立って後戻りを始めた。暗闇の中で、フェリシアの金髪が光っている。あとは仕上げをエフライムに頼むだけだ。




