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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
一角獣の旗
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第8章  忠誠を(1)

 数日の不在の後、エフライムはミスラ公の情報を持って帰ってきた。


「やはりバルドル様の事前情報どおり、ミスラ公には大体一個大隊ぐらいの兵がいると見ていいでしょうね」


 夕食が済んだあとの居間で、エフライムが言った。


「三百人弱か。そんなもんか?」


 エフライムが頷く。


「フラグド自体がそんなに大きな街じゃないですかららね。よく集めたほうだと思いますよ。隊長はブラギという男で、あまり大した情報はありません。左翼にスカルド、右翼はヘルモーズと言うものが将らしいのですが、この二人も武勇伝などは出てきませんでした」


「どっちにせよ、正面からぶつかるのは得策じゃないからな。ミスラ公本人を落とすのが、一番いいだろうな」


 ハウトがエフライムの言葉に答える。


「正攻法で、ミスラ公に謁見して力を借りるというのは?」


 ルツアが言った。


「謁見をお願いするってことは、相手に考える時間を与えることになるぜ。どっちに加勢するかな。諸侯にとって、俺達は新しい王へのいい手土産だろうさ。それにわざわざ波風を立たせて戦に突っ込む奴は、なかなかいないと思うぜ」


 ハウトが答えた。


「そんな。アレス様が正統な王なのに」


 ルツアは、信じられないという表情になる。


「表向き、全部血族は死んでいるからな。レグラスが正統な王だ」


 ハウトは感情を含めずに静かに言った。


「まずは軍をどこかにおびき寄せて、それで公を押さえるというのが、手かな」


 ハウトがにやりと笑う。それにエフライムも答えた。


「居城を占拠してしまうのがいいでしょうねぇ」


「王がここにいるということを宣言してしまうのが、手っ取り早いだろうな。軍が出て行った隙に、居城を占拠し、王の旗が揚がる。そうしたら戻ってきた軍も、俺達に付くだろう」


「それだったら、軍をおびき寄せなくてもいいんじゃない? 気づかれないうちにミスラ公と居城を押さえられれば」


 ルツアが口を挟む。


「確かに。ミスラ公が、アレスを正統な王だと認識してしまえば話は早いですね」


「ミスラ公が認めたついでに、戴冠式をやっちまうっていう手もあるな。幸いなことに、まだあっちの即位の式典がまだだからな。できれば、諸侯がレグラスを王として認めてしまう前に動くほうがいいだろう」


「それじゃったら、もう戴冠式が終わっていると錯覚させるほうが良いぞ。中央からの情報なんぞ、混乱しているもんじゃ。即位していると思わせても不自然はないじゃろう」


 バルドルも口を挟んだ。その言葉にエフライムがくすりと笑う。


「王冠を頭に登場っていうことですね。それはいいかもしれません。多分、あちらの戴冠式はあと三ヶ月ぐらい先でしょうしね」


 皆が怪訝な顔をする。


「面白いものを見せますよ。ちょっと待っていてください」


 エフライムは居間を出ると、しばらくしてから小さな木箱を持って戻ってきた。そっと皆の前で開ける。中から出てきたのは、王冠だった。皆が驚いた顔になる。


「まさか、おまえさん、盗って来たのか?」


 ハウトの言葉にエフライムは苦笑して首を振った。


「まさか。いくら僕でも、そんなに手が早くないですよ。どさくさにまぎれて持って出た者がいたんですよ。それを僕が取り戻してきただけです。いつ話をしようかと思っていたんですけどね」


 エフライムが笑みを浮かべた。ハウトが口笛を吹く。


「おまえさんも、黙っているとは人が悪い」


「そのうち、出したら驚くだろうなぁとは思っていたんですけどね。とにかく、今現在、城に王冠はありませんからね。作っていると思いますよ」


 エフライムがにやりと笑うのを、ハウトは呆れたように見た。


 アレスが口を挟む。


「そんなに王冠を作るのって時間がかかるの?」


「地金だけだったらすぐですけどね。石が入っているでしょう? 王冠に嵌めるのにふさわしい石を探すのが一苦労なんですよ」


 エフライムが澄まして答えた。ハウトはそれを聞きながら、ため息をついてから言う。


「まあ、そいつは役に立つな。とりあえず今は仕舞っておいてくれ」


 エフライムは頷いて、木箱の蓋を閉じた。ハウトはそれを見てから、少し考え込む。そしてフェリシアに言った。


「フェリシア、居城の見取り図を見せてくれないか?」


 フェリシアが、手書きの見取り図を広げて見せる。


「ここはバルコニーだよな?」


「ええ、そうね。謁見の間の一部よ」


 それを聞いて、ハウトがまた考え込む。そして、今度はラオを見た。


「おまえ、花火は作れるか?」


 ラオが頷く。次に、ハウトはバルドルを見た。


「この館で俺達に手を貸せる信用できる者はいるか?」


 バルドルが薄く笑った。


「みな長年勤めた信用できる者ばかりじゃよ。わしが信用できん者を身近に置くと思うかね?」


 その返事にハウトが苦笑する。


「そりゃそうだ。無駄な質問をしたな」


 そして、ラオを再度見る。


「アレスの髪の色をもう少し薄くできるか?」


「やってみよう」


 その言葉に、ハウトはちょっと拗ねた顔をした。


「俺のときにはやってくれなかったくせに」


 ラオがハウトを睨む。


「なんか言ったか?」


「なーんにも」


 ハウトはラオから目を逸らした。その様子をエフライムが笑いを堪えて見ている。ハウトはちらりとエフライムを睨むと、一瞬まじめな顔になったのちに、にやりと嗤った。


「よし、作戦ができたぞ! 話すから聞いてくれ。この作戦はインパクトとタイミングが大事だからな」


 皆の視線がハウトに集まる。そして、ハウトは作戦の概要を話し始めた。翌日、さらに細かい情報が加わって、作戦の詳細が決まった。


 それから数日は、それぞれ準備に忙しかった。なにしろ全てがタイミング通りにことを運ぶ必要がある。打ち合わせは念入りに行われ、リハーサルが繰り返された。特にアレスの役割は重要だった。バルドルの前でのリハーサルが何度も行われる。ときにはラオも一緒に参加して、出来をチェックしていた。






 決行の日の朝、アレスはハウト、フェリシア、ラオ、バルドルと共にミスラ公の居城に向かった。アレスとラオ、そしてバルドルは今日のために用意した服装をしている。それはきちんとした正装だった。そしてエフライムとルツアと共に、バルドルの館の者を指揮して、フラグドの街へと消えていく。


 馬に揺られながら、ハウトが面白そうに呟いた。


「昼日中に城を襲撃しようっていう奴はいないだろうなぁ」


 その声は満更でもなさそうだ。フェリシアがそれを聞いてくすりと笑う。しかしアレスはそれどころではなかった。うまくできるだろうか。そう考えると緊張してくる。


 一行は午後の光が照らすころには、ミスラ公の居城の裏手についた。狙ったとおりの時間だ。フェリシアが、城の城壁の一箇所を示す。ハウトがその場所を押してみると、中に続く道が現われた。フェリシアを先頭にして、城壁の中に入る。最後に続いたラオは、手に大きな荷物を持って、中に入ると、その城壁を元通りに戻した。


 暗くてじめじめとした城壁の中は、ヴィーザル城の秘密の通路を思い出させる。フェリシアが持つ蝋燭の炎と、彼女の金の髪を頼りに、奥へ奥へと進んで行った。しばらく進んだところで、フェリシアがまた一箇所を指し示す。そこをハウトが開けた。


 出た所は、どこかの部屋の鏡だった。フェリシアが口元に指をあてて、静かにするように皆に合図する。皆はそれに頷いて、息を潜めた。


 フェリシアが手をついて、壁を見つめる。それから、そっとドアを開けた。廊下には誰もいなかった。そのまま廊下伝いに、急いで2つ先のドアから入る。そこは謁見の間だった。誰も居ないことを確認して、一同は中に入った。







 最初に謁見の間に入ってきたのは、この城の若い召使だった。誰かが、主の座るべき席に座っている。最初はミスラ公その人だと思ったのだが、それにしては若かった。驚いて立ち尽くしていると、そばに控えていた老人が、威厳を持った声で言った。


「私はバルドル・ブレイザレク卿。ミスラ公を呼んで参れ」


 有無を言わさない声だった。思わずその若い召使は、焦って年のいった執事を呼びに行く。執事が慌てて居間に入ると、また同じことを言われた。しかし、その執事は遠い昔にバルドルに会った覚えがあった。年は取っているが、その人本人に間違いない…。頭の中が混乱しながらも、主人の元に走る。


「ミスラ公…ガラディール様。謁見の間にバルドル・ブレイザレク卿がいらっしゃいます」


 その言葉に、書斎で執務をしていたミスラ公、ガラディールは、怪訝な顔をする。執事に言われたことが信じられなかった。


 バルドル? 彼は引退したはずだ…。


 そうしているうちに、城のすぐ傍から、花火が上がるような音がした。謁見の間からだ。思わずそのまま謁見の間に向かう。ドアの前に人だかりが出来ているのを分け入って、中に入った。





 謁見の間の奥には、中心に椅子がある。そして椅子の脇にいるのは、年を取ったとはいえ見まちがうはずもない、バルドル・ブレイザレク卿。そして、その反対側にいるのは若き日のフォルセティ…。そんな馬鹿な。何よりも自分の眼を疑ったのは、真ん中に座る人物だった。


 謁見の間には、窓から明るい日差しが入っている。その日差しに照らされるようにして、中心の椅子、本来自分が座るべき椅子に座っている人物がいた。薄めの茶色の髪に光る王冠。それは若き日のネレウス王。その人物が立ち上がる。


「ガラディール。我が王家に誓った忠誠は今も誠だろうか?」


 その人物は、ネレウス王の口調で言った。声はその姿と共に若かったけれど、しかし、確かにネレウス王の口調だった。自分が敬愛した王の口調だった。


「ネレウス王…」


 思わずふらふらとその人物の前まで来た。


「我に忠誠の言葉を。ガラディール」


 懐かしい王の言葉だった。自分が王と共にあった日々に、呼びかけられた口調そのものだった。思わずガラディールは膝をつき、跪く。彼の顔はまさに若いときのネレウス王だった。そしてその瞳は、その昔に見た瞳と同じものだった。じっと彼の眼を見ている。そして、かの人が行ったのと同じように、ガラディールの前に手を差し出した。それは小さな手だった。


「あなた様は…」


 問うようにガラディールが呟く。バルドルがその言葉に微笑みながら答えた。


「正統なる王の継承者。ネレウス王の血を継がれるもの。アレス王じゃ」


 はっとしたようにガラディールが見る。アレスはゆっくりと威厳を持って頷いた。その仕草さえも、ネレウス王にそっくりだった。促されるようにして、ガラディールはアレスの手を取って、その小さな指にはまっていた指輪に唇を掠らせた。


「アレス王に忠誠を…誓います」


 その瞬間に花火の音が鳴り響いた。城の外から、大衆の声が聞こえる。


「アレス王! ばんざい!」


 アレスは、ガラディールを伴ってバルコニーに出た。いつのまにか、大勢の民がバルコニーの前に集まっている。そして、城には王の旗が上がっていた。アレスは民に向かって手を振った。その仕草に答えるように、民衆が歓声を上げる。


「これは一体…」


 ガラディールの戸惑いに対して、バルドルは澄ました表情で言う。


「今日、この場からアレス王の御世が始まるということじゃ」


 バルドルの声に、アレスの傍に控えていたラオと影に隠れていたハウトは、唇に笑みを浮かべた。






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