緑の護衛
それはライサが王命を受けて西へ向かう少し前のこと。この冬、ヴィーザル王国では作物が疫病となり、市場から多くの食物が消えた。事前に前兆と予言を受けていたアレスは対策を打ったが、それでも流通は細くなり都市部では餓死するものが現れ始めていた。
「酷いと思わない?」
部屋でぶつぶつと文句を言うアレスに、サイラスは困ったような笑みを浮かべた。バルドルたちの気持ちも分かるが、アレスの気持ちも分かる。だからこそどちらの肩も持てないのだ。
イリジアの様子をその目で見たいというアレスに対して、情勢が不安定な中で王を外へ出したくないバルドル。サイラスとしてはバルドル側に立つが、それを素直に言えば目の前の王が拗ねることはよく分かっている。
しかしながら黙っているわけにもいかない。何か話題を変えるようなものはないかと思いつつ、サイラスは部屋の中をきょろきょろと見回して、以前は無かったものを見つけた。
「これはどうしたんですか?」
チェストの上にあるのは、素焼きの鉢に植えられた緑の植物だ。サイラスの目にはどう見ても雑草にみえる。
「ラオが持ってきたの。置いておけって」
「珍しい植物なんですか? 私にはその辺に生えている草に見えるんですけれど…」
植物を覗き込むサイラスの傍にアレスも来て二人で植物を覗き込む。アレスの興味は、ラオの持ってきた鉢に動いたようだ。
「うーん。僕にも珍しい植物に思えないけど…でもラオが言うから」
「何か効果があるんでしょうか」
じっと覗き込む二人の後ろから、控えていたライサがおずおずと声をかけた。
「それは…ミントです」
二人が振り返る。
「ミント?」
「はい。葉から清涼感のある良い匂いがします」
ライサの説明にサイラスが考えこむ。
「肉料理にも使われて、その辺に生えている植物…ですよね? うちの奥さんがよく使っているんですが…あれですか?」
「はい。そうです」
やはり何の代わり映えもしない植物だと知って、ますますサイラスは考え込んだ。一方でライサは何故この植物がここにあるか知っていた。
見張りの一つなのだ。何かあったときの証言者として、このミントはアレスの部屋に置かれている。ミントは強い。多少水やりを忘れたとしても生きるし、日陰でも成長する。だからすぐには枯れないだろうという見込みがあった。
実を言えば、同じようにして城のあちらこちらにラオがミントの鉢を置いていた。ライサはラオに言われるままに、毎日それらの鉢を巡回し、変わったことがないかを聞いて回っている。
悪意を持ったものがいないか。殺気を纏ったものがいないか。言葉が分からなくても、そういう感覚的なものならば植物の受信感度は高い。
以前、城に暗殺者が入り込むの許してから、何かできないかとラオとエフライムが考えた結果がこれだった。もちろん近衛隊も城に常駐しているイリジア軍もしっかりと警備を行っている。だからこそライサは水やりがてらの巡回を命じられても、お守りみたいなものかと考えていた。しかしそれは最初だけだった。実際に2度ほど間者と思われるものを捕らえるのに成功すれば、考え方も変わる。鉢植えと言えど、これは立派な護衛官だろう。
「これは…お守りなんです」
「お守り?」
ライサの説明にアレスとサイラスの声が重なる。
なんと言って詳細を説明するべきなのだろうか。いや、そもそもラオとエフライムの共同作戦なのだ。それに自分は加わっているわけで、抜け駆けして説明してはいけない気もした。
どのように言うべきか迷っているところで、サイラスが納得したように大きく頷く。
「そういえば、娘がやっていましたね。窓辺にローズマリーとパセリと…なんだったかな。束にして生けておくと、恋人ができるとか」
それはお守りではなくて、おまじない…と思いつつも、ライサは否定しなかった。
「そんな感じです」
アレスが首を傾げる。
「ラオがそんなことするかな?」
じっと見つめられて、ライサは思わず視線を逸らしてしまった。とたんにアレスが何かに気づいたような笑みを浮かべる。
「お守りね。うん。お守り」
気づいたのだろうか。ライサは伏し目がちにしつつも、アレスの顔色を伺った。にやにやと笑顔を浮かべているのは、多分気づいたのだろう。
サイラスはラオの真意は分からないものの、何故か機嫌がよくなった王に対してほっと胸を撫で下ろす。これでしばらくは街の視察の話題から思考が逸れるはずだ。
「もしかして…中央階段のところにあるのもそうなの?」
アレスはしばらく考え込むようにしてからライサに尋ねた。これは頷くしかない。
「はい。そうです」
「そっか」
そこからは城のどこで鉢を見かけたか、思い出してライサと答え合わせをする時間が続いた。終わるころにはサイラスの目論見どおり、アレスの頭からはバルドルと揉めたことなど抜け落ちていた。
ヴィーザル王国物語 ~外伝:緑の護衛~
The End




