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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
外伝(5)
159/170

願い

 クレテリア侯爵が館にいる間、実は色々と忙しい。重税で住民を圧迫していた領主からラオに代わって約2年。重税からは開放されたが、すぐに問題がなくなるわけではない。次から次へと問題は持ち込まれてくる。


「ラテサ村とカカリ村の間の橋が落ちたとかで、掛け直して欲しいという要望が上がっています」


 執務机越しにジョエルが、ぱさりとラオに丸まった洋皮紙を渡してくる。


「かければいい」


「そのためには金が要ります。村で出すのは厳しい。だから依頼が来ているんです」


 ラオは椅子の背にもたれてため息をついた。領土の収支はギリギリだ。人を雇っているだけで金がかかる。領主とはこんなに金策に苦労するものだったのだろうかと、自分が知っている面々を思い出すが、皆、そのような話を聞いたことがない。


「なぜこの領土はこんなに金が無い」


 ラオの前に立っているジョエルもため息をついた。そして指折り数える。


「辺境ですから商業もほとんど成り立たない。特産物もない。冬は雪に閉ざされる。農地から取れる作物も多くない。だからです」


 ジョエルがあげる理由を聞きながら、ラオは首をひねる。


「理由がよく分からない」


「あの…ですから」


 ラオの色素の薄い瞳がジョエルに向かう。その射抜くような視線に、ジョエルは一瞬虚を突かれた。


「特産物が無いというが、この地にはディルが生えているのを見た。イリジアではなかなか入手できない」


「えっと…それは一体なんですか?」


「薬草だ。母乳の出を良くすると聞いたことがある。乳飲み子を抱えた者には重宝するだろう」


 ジョエルは要領を得ず、じっとラオを見つめ返す。


「お前も食したことがあるはずだ。魚料理の香辛料として使われている。さわやかな香りだが、少しばかり辛く細長い葉だ。実が使われることもある」


「ああ。あの魚の上に乗せてあったりする細長い」


 ラオは頷いた。


「しかし、あの葉はイリジアでも見ましたよ?」


「それはフェンネルだ。違う植物だが、魚料理にはどちらも使われる」


「あの草にそんな薬効が…」


 ラオは立ち上がり、執務机を迂回して窓の傍へと来る。雪景色の中、森が続いている。


「あの森にあるのは白樺だろう」


「はぁ。そうですね」


「白樺の樹液は、年寄りの病に効くらしい。この辺りでは昔から飲む習慣があるそうだ。女性は肌を整えるために使用すると言っていた」


 ジョエルも思わずラオの隣に立ち、窓の外を見る。森の中には樹皮が白い白樺が続いている。


「そういうものは、イリジアで売れるのではないか?」


「そ、そうですね。売りに出してそこに税金をかければ、村の橋もかけられます」


 そこまで口にしてジョエルは眉をしかめた。


「誰か商売のうまい人が欲しいですね。我々だと商人の言われるがままになりそうです」


 ラオも言われて考え込む。売ればいいとは思うが、どうやってイリジアで売るかということに関してまではわからない。


「イルマに…いや、エフライムに聞いてみよう」


「え? ラフドラス伯爵にですか?」


「ああ」


 ラオは執務机に戻って、エフライムに手紙を書き始める。さらりと書き上げてから、ラオが顔を上げた。ちょうどジョエルを見上げる形になる。


「これを書き上げたら、午後には休みが欲しい」


「何を言っているんですか。まだまだやることは沢山ありますよ。サヴィーノから訓練の様子を見に来て欲しいとも言われていますし、それこそラウロと税金の話をしなければなりませんからね」


「お願いだ」


 ラオが上目遣いで見上げてくるが、その目は三白眼で正直言って怖い。


「なんでそんな風にお願いしてくるんですか」


 思わず怖気づきながらも尋ねれば、ラオは眉を顰めた。


「おかしい。エフライムが言ったんだ。どうしても人に物を頼みたいときには、こうするとお願いを聞いてくれると」


 あまりの脱力感に、ジョエルはその場でへたり込んだ。ラオが机越しに覗き込む。


「どうした」


「どうしたじゃありません。可愛い女性にやられたら言うことを聞いてしまうかもしれませんが、あなたでは逆効果です」


「そういうものか」


「そういうものです」


 ジョエルが持ち直して立ち上がったが、ラオは首を傾げていた。


「エフライムが間違ったか」


 きっとからかわれている。そう思ったが、ジョエルは言わなかった。





ヴィーザル王国物語 ~外伝:願い~


The End.


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