寄り添う(5)
ベガが押す橇の上は快適だったが、雪はどんどん降ってくる。すでにマリアたちの周り以外はふぶきと言っても良かった。そして一定のスピードで進んでいた橇が突然止まった。
「ベガ?」
マリアが竜を見れば、竜から映像が送られてくる。見えない雪のベールの向こうは崖だった。そんなに険しいわけではない。晴れていたら登れただろう。だが今、この状況の中で登るのは難しい。
「どこかに雪を避けられるような場所はないかしら?」
ベガから来るのは否定。
「地面に穴を開けるのは?」
そう呟いた瞬間にドーンという音がして、中途半端な崖の横に半地下のような穴が開いた。
「えっと…ありがとう」
ベガがふわふわと嬉しそうに舞う。
「い、今の何?」
子供が怯えた声を出す。マリアは「雪が落ちたんじゃないかしら」とだけ言っておいた。橇が穴の中に向かって動きだす。
「こんなところに穴が」
我ながら大根役者だとは思いながら、マリアは驚いたように言ってみる。男の子の方は寒さでそれどころでは無かったようで、返事が無い。そのまま橇を穴のぎりぎりまで寄せた。
奥行きは人が横になれるぐらい。高さはマリアが立てるぐらいの穴だ。そこへ三人で入る。父親は何とか橇から降ろして穴の奥へと寄りかからせた。橇は入り口に立てかけて扉代わりにする。
父親の状態が良くない。男の子の身体も冷え切っている。そしてマリア自身も雪の中で自分の体が冷たくなっていることを感じていた。
父親の折れた足を見ながら、こういうときはどうしたらいいんだろうかと、ぼんやりと考えていた。ラオなら対処方法を知っているだろうにと思うが、彼はいない。身体を温めたほうがいいのは分かるが、暖め方が分からない。とりあえず三人で寄り添ってみるが、すでに冷え切った身体は温まらない。
マリアはベガに視線をやった。ふわふわとマリアの周りで飛んでいる竜。火を操れるが、その力は強大過ぎる。
「ベガ…少しだけ暖めるとかできればいいのに…」
竜が少しばかり項垂れるような動きをする。その動きをじっと見ているうちに、ふと思いだす。幼い日に、暖炉の火のそばで温めた石を布に包んでくれた。小さく穴を掘ってそこにベガに火を起こしてもらうのはどうだろう? そこまで考えて首を振る。ベガの火力は大きい。小さな場所でも火柱が起こるかもしれない。ここで火を起こしたら、巻き込まれてしまうかもしれないのだ。
意識しないうちに、身体がカタカタと震え始めた。マリアの手足もかじかんでいる。ぎゅっと縮こまるが暖かくならない。
「ごめんなさい」
ぽつりとラオへの謝罪の言葉が漏れた。寒くて寒くて仕方がない。雪を知っていると言いながら、それを見くびっていたのだ。装備も知識も足りない。
「ごめんなさい」
謝りながら涙がこぼれ落ちてくる。外から聞こえる風の音、男が吐く荒い息。子供が鼻を啜る音。薄暗い穴の中から見える、雪の世界。
ここがもっと暖かかったら良かったのに。暖炉の火が燃えて、部屋の中だったら良かった。彼のそばにいて…。ぼんやりとどうでも良いことが浮かんでくる。
暖かい暖炉の前で、温かいお茶を飲みたい…。暖かいものが頭に次々と浮かぶ。その中でふっと思い出したことがあった。あちらこちらを歩いてきたというユーリーの話だ。熱い水が出る山があるという。動物たちもその湯に入って、身体を温めるという不思議な場所。その場所は地面も温かいと言っていた。
不思議な場所があるものだと思って聞いていたので、こんなときに思い出してしまった。
『本当なんだって。足の下に火が走っているから熱いっていう話だ』
ユーリーの声が思い出される。オージアスやマリアが話半分で聞いていたので、なおさらムキになって話していた。
ああ。足の下に火が走れば温かいかしら…。そうだ。ベガに地面の下で火を起こしてもらえば温かいかも…。
そんな思考をしたとたんに、ベガがするりと地面へと吸い込まれて消えた。
「べ…ガ…?」
見ているうちに、また地面から出てくる。
「何を…して…」
そこで気づいた。なんとなく温かい。手袋をはずして地面に触ってみれば、温かいのだ。
「温かい…」
両手の手袋をはずして夢中で地面に押し付けてから気づいた。隣に座って丸まっている男の子の手袋もはずす。
「な…に…?」
「地面に触ってみて。早く」
男の子の手を無理やり地面に触らせれば、男の子が目を丸くした。
「温かい!」
「靴も脱いでしまいましょう」
マリアの言葉に、男の子は自分の靴を脱ぎ始める。マリアは男の子の向こう側にいる父親の身体を自分たちの後ろに横になるように倒す。これで全身から身体が温まるはずだ。濡れた彼の上着や手袋、靴も苦労してはずした。
それを見て、男の子も丸くなるように地面に身体をペタリとつけた。
「温かい」
「そうね」
マリアも同じようにして丸まった形でなんとか身体を地面につける。人肌ぐらいにぬるい温かさが気持ちいい。
「ありがとう。ベガ」
竜はくるくると天井付近で遊ぶように回ってみせた。




