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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
外伝(5)
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寄り添う(2)

 マリアが気づいたとき、すでに窓の外からは陽がさし、鳥の声が聞こえていた。右半身の温かさに顔を傾ければ、銀色の髪に縁取られた整った顔が目を閉じていた。何かの夢を見ているのか、瞼がぴくりぴくりと動いている。長いまつげも当然のことながら銀色だ。至近距離で観察しながら、薄い色の瞳が閉じているのを残念に思う。


 マリアはくすりと笑いたくなるのを堪えた。昨日は酷い一日だった。イリジアから数日間の旅を終えて目的地に着いたと思ったら、着替えさせられて神殿に連れて行かれて結婚式。感慨にふける間もなく終わったと思ったら城に戻って、あっという間に彼の…いや、二人の寝室に引っ張り込まれた。食事をする間もなく、いつの間にか夜が明けていたのだ。


 冬の始まりのこの時期、陽が登るのは遅くなる。これだけ明るいということは昼近いのかもしれない。ラオの寝顔を見ながら、マリアは自分の将来に思いを馳せた。朝は彼を送り出し、そして出迎える。子供がいたら楽しいかもしれない…。


 そこまで考えて思い出す。ラオが言った娘の話。きっと、いつか娘を授かるのだろう。子供は何人できるのだろうか。多いほうが楽しい…そう思いつつも、ラオに伝えることは躊躇われた。もしも彼が未来を見ているのであれば、食い違った願いは悲しませることになるだろう。いつごろ子供は授かるのだろう。そして…いつまで一緒にいられるのだろう。マリアは感じる微かな不安を胸の奥にしまい込んだ。



 グィード村での生活は穏やかに過ぎていった。イリジアよりも北にあるこの村では、冬の訪れが早い。その分、早めに食料の確保をしなければならなかったが、森が傍にあるおかげでなんとか間に合わせることができた。


 貴族としては質素な生活だが、無理をしなければなんとか春まで保つ量の食料を領主の館の地下にある倉庫に溜め込む。もともと雪深い地域だ。冬に向けての食料は確保していたが、今年はそれが少しばかり少なかった。



「何をしているの?」


 マリアがラオの私室に入ると、部屋の中からはごろごろと重いものを挽く音がした。見ればラオが小さな石臼を回している。


「薬?」


「ああ」


 臼の隣には、乾燥した植物が並べてある。マリアは作業を邪魔しないように、少し離れたところへ立った。これはラオの小間使いだったときから変わらない。彼が作業をしているときには、近寄ってはいけないのだ。


 その様子を見て、ラオがふっと笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。危ないものを作っているわけではない。風邪薬だ」


「誰か風邪をひいたの?」


「いいや。用意をしておくだけだ。領地内の神殿へ預けておくつもりだ。そうしておけば、病状がこじれる前に貧しいものでも薬が手に入る」


 領内でも薬は売っている。医者もいる。それでも貧しいものは薬を手にすることができずに、風邪のような病気でもこじれて死んでいくことがある。それを領主自らが、薬を調合して防ごうというのだろう。


「いい領主様ね」


「そうか」


「ええ」


 マリアはそっと傍によって、乾燥した植物に目をやった。見たことがあるような植物だった。多分、イリジアのヴィーザル城でも栽培されているものだろう。


「ヤロウだ」


「ヤロウ?」


「ああ。解熱作用がある。それにこれを粉にして軟膏にすると止血剤にもなる」


 細い葉が真ん中の茎から対象的に飛び出すようにして茂っている植物だ。それをラオは一掴みすると、石臼の中へ入れてごろごろと回し、細かくしていく。


「そのとなりはエルダーフラワー。鼻水や咳などに効く。その隣はミントだ。腹痛に効く」


 マリアは視線を端においてある植物に目を向けた。それはマリアでも良く知っている。


「これは…トウガラシ…よね?」


「そうだ」


 ちらりとラオも紅い先のとがった形をしている植物に視線をやった。


「身体を温める。これらをきちんと調合したものを煎じて飲む」


「なんか…辛そうね」


「そうだな。少しぴりぴりするが…なんと言っても味はマズイ」


「あら」


「特に煎じた後に冷めると最悪だ」


「風邪をひかないように気をつけるわ」


「そうしてくれ」


 ごろごろ。ごろごろ。ラオが回す石臼の音が優しく当たりを包む。会話は途切れたけれど、居心地は悪くない。こうして独特の匂いを嗅ぎながら、ラオが薬を作っているのを見ているのは何度目だろう。


 ぐるりと見回せば、ヴィーザル城にある彼の部屋と同じ状態だった。つまり戸棚には壜や小ぶりの壺が収められており、壁という壁には植物が吊ってある。前に植物の部位によっても効能が違うと言っていた。葉や根だけ使うものもあり、花から根まで全部を使うものもあるそうだ。


「そこに座ればいい」


 マリアは言われたことが一瞬理解できず、ゆっくり考えて思わず頬が赤くなった。もうラオの小間使いではないのだ。だから、彼の部屋で座っていてもいいのだと、椅子を勧められたことをようやく理解した。


 本来のテーブル用の椅子が一つ。ラオが立って作業をしているのに、座ってもいいものだろうか…。少しだけ考えてから、マリアはいい案を思いついた。


「お茶を入れてくるわ。一緒に飲みましょう」


 ラオの返事を待たずに部屋を出る。頭では分かっているが、まだ自分だけが座ることに抵抗がある。それであれば一緒にお茶を飲むために座ってしまえばいい。マリアは台所を探しに、下の階へと降りていった。


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