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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第6章  華燭の典(6)

 二週間後。アレスは5人の人物の訪いを受けた。最初の一人はクレテリス郡からの使者だ。渡された手紙を見た瞬間にアレスは唖然とした。思わず隣にいたバルドルにその手紙を手渡せば、バルドルも顔をしかめる。


「あやつは何をやっておるんじゃ」


 傍にいたマリアに二人の視線が向かう。


「あの…何か…」


 二人の視線の意味が分からずにマリアがおずおずと問えば、アレスがため息をついた。


「ラオからの手紙。マリアと結婚したいから、許可が欲しいって。マリア、そうなの?」


「まさかあやつの思い込みってことは無いじゃろうな?」


 マリアの目が見開かれ、普段の彼女らしくなく落ち着かない様子で辺りを見回したが、助けてくれそうなラオはもちろんのこと、エフライムもいない。


「え? あの…それは…」


 マリアは自分の頬が火照っていくのを感じた。首筋も熱い。きっと真っ赤になっているはずだ。


「あの…。えっと…」


 珍しく彼女の歯切れの悪さに、アレスとバルドルは顔を見合わせた。


「もしかして…マリアは承諾済み?」


 アレスが首を傾げれば、マリアは音がしそうな勢いで頭を下げた。


「申し訳ありません」


 相談は無かった。相談は無かったが、ラオがこのような行動に出てしまったことは、マリアのせいではない。しかし謝る以外にどうして良いか、さすがのマリアも分からなくなっていた。


 アレスが困ったような顔をしてバルドルを見る。バルドルも何ともいえない顔をしていた。


「時期が悪すぎじゃろう」


「だよね」


「ですよね…」


 バルドルの言葉に、アレスどころかマリアまでも同意してしまった。三人でため息をつく。


「さすがのラオも浮かれすぎだね。きっと嬉しくて仕方ないんだと思うんだ。だから…式は許すよ。ただパーティーは待って欲しい。この冬を越えるまでは」


「もちろんです」


 アレスの言葉に、マリアは感謝の気持ちで再び頭を下げた。頬の熱はますます上がるばかりだ。




 その後に来たのはイエフから連絡を貰ったという3人の人物だった。謁見の間に通せば、三人三様の態度で、よくもここまで違う人選を行ったものだと、アレスは呆れてしまったほどだった。隣に控えていたバルドルも同様の感想を持ったようだ。


 まずはウクラテナ神殿長であったキユペラ・フラッソ神官。薄茶色の髪と瞳で涼しげな印象を与える落ち着いた雰囲気の人物だ。彼が一番まともな人物とも言える。添えられていた手紙には、ウクラテナで名の知れた神官で、知識の広さと深さには定評があるとのことだった。


 それから吟遊詩人のクリステン・ベルントソン。落ち着きが無いことこの上無い人物で、勝手に歩き回り、鼻歌を歌う。控えていた近衛に注意をされてしばらくは大人しくするが、またすぐに忘れて歌いだす。イエフからの手紙によれば各国について詳しく、見聞は広いとのこと。金髪を長く後ろに伸ばし無造作にくくっているが、髭は伸ばしておらず清潔にはしている。服のあちらこちらに派手な色の紐が結びついているのは、お洒落のつもりなのだろうか。挨拶はしたが、よく分からない人物だった。


 三人目は女性だった。四十代半ばのその女性とアレスは会ったことがある。


「あなたは…」


 女性は赤茶髪を綺麗に結い上げており、優雅に腰を落としてお辞儀をした。


「ヴィルヘルミーナ・ソルヤ・クラッセタルフでございます。お目にかかれて光栄に存じます」


 後ろからバルドルがこっそりと呟いてくる。


「ミスラ公爵夫人です」


「ああ…ガラディールの…」


 あの内戦の折、アレスが頼った先の一つがミスラ公ガラディールの居城があるフラグドだった。


「ミスラ公は、ガラディールは元気ですか」


「陛下からお優しいお言葉をいただけて、嬉しゅうございます。夫はこの度は同行できないことが非常に残念に思っておりました」


 おっとりと話す言葉に、場の空気までゆっくりと遅くなるようだった。


 イエフからの手紙によれば、ミスラ公爵夫人ヴィルヘルミーナは、宮廷の礼儀作法に通じ、さらに絵や彫刻などの美術品に関しても明るいという。見れば着ているドレスや宝石もデザインに工夫がされていて、彼女に似合っていた。


「まずはここまでの旅程、大儀であった。部屋を用意したので、ごゆるりとなされよ」


 バルドルが声をあげパンパンと手を打てば、部屋に案内するべく部屋の隅に控えていた使用人たちが動き出した。彼らがそれぞれに出て行くのを見送ってから、アレスはバルドルへと振り返った。


「どう思う?」


「イエフの選んだものですからの。間違いは無いとは思うのですが…。それにしても厄介ですな」


「そうだね」


 確かに学びたいと言った。学びたいと言ったが、先生は彼らでいいのだろうか? そんな疑問がアレスの頭に残ったが、もう一人謁見を願っている人物が待っているという連絡があり、その訪問者に向けて、気持ちを切り替えることにする。


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