第6章 華燭の典(3)
ユーリー、オージアス、ゼイル、ライサの出発の前日、近衛たちは壮行会を開いていた。城の敷地の北側に立つ近衛たちの寮となっている宿舎の一階。普段は食堂兼居間となっている場所で、食料とつまみ、酒が持ち込まれる。さらに楽器まで持ち出すものがいて、ライサが遅れて到着したときには、すでに大騒ぎとなっていた。
「こっち、こっち」
ライサを見かけて、ユーリーが奥から立ち上がって手を振る。本来であればユーリーとオージアスへの壮行会だが、それならばライサも混ぜてしまえとユーリーが言い出し、呼び出された。最初は遠慮していたライサだが、ユーリーの半ば強引とも言える誘いに、結局ありがたく出席することにした。
しかし扉を開けたとたんに逃げたくなったもの、ライサの偽り無い心情だ。当たり前だが、見える範囲が男ばかり。交代で勤務についているものは除いているとしても、近衛の面々が集まっているのだから数十人の男たちがいる。オージアスはかなり細身のようで、どちらかというとユーリーに近い筋肉質のものが多い。背も高く、ライサが足を踏み入れたら、すぐに埋もれてしまいそうだった。
思わず足を踏み入れることを躊躇していると、人々を割るようにしてユーリーが扉まで迎えに来た。
「ほら。大丈夫だって。みんな喰いついたりしないから」
ユーリーの言葉におずおずと頷き、後について歩いていけば、奥にオージアスとエフライムが座っているのが見えた。エフライムの口元は笑っているのに、瞳が笑っていない視線をさけて隠れるようにオージアスのそばへと寄る。ぺこりとお辞儀だけをエフライムにしつつも、どうしようかと思っていれば、オージアスの隣に座っていたゼイルが気を利かせて席を空けてくれた。
飲めや唄えの大騒ぎで、主賓の四人のところへは皆が交代で酒を持ってきては、乾杯していた。
「ライサ、こっち」
なみなみと酒を注がれた盃にライサが困っていると、ユーリーが自分の空の盃と交換をしてくれる。ほっとして交換してもらうのもつかの間、すぐに次がやってくる。
そのうちに、歌うだけではなくて脱いで筋肉を自慢する者たちまで現れた。どちらが大きな力瘤が作れるか。どちらの腹筋が割れているか。どちらの足の筋肉が太く鍛えられているか。
どんどん脱ぎだす男たちにライサは目が回る思いだ。
「おいっ、お前らっ。女の子がいるんだからな。少しは遠慮しろ」
オージアスが怒鳴ったとたんに、笑い声が上がる。
「将来のために見ておけ、見ておけ」
「いい男の条件だぞ」
「そうだ。こういうのは勉強だ」
やや呂律が怪しい口調で、怒鳴り声が上がると、それを受けてまた笑い声が上がる。横でオージアスが眉を顰めた。
「あ、オージアス、私…そろそろ戻るわ。明日も早いし…」
そう言って立ち上がれば、オージアスも立ち上がった。
「送る」
同じ城内といえども暗くなれば怖い。ライサはお礼を言いつつも、エフライムに声をかけようとして席を見れば、彼は既にいなかった。オージアスが肩をすくめる。
「エフライムが気になる?」
「い、いえ…。挨拶をしようと思っただけで…」
「ライサが来て、しばらくしたら出ていった。忙しいからな。奴も。ここは顔を出しただけだ」
ライサはほっとしつつ、オージアスと共にろうそくを手に外へと出た。
「凄い…ここまで聞こえてる」
近衛たちの宿舎からそれなりの距離を離れたと思われるのに、まだ彼らの声が響いて聞こえている。
「悪かったな。今日は。返って気を使わせた」
オージアスの声にライサは首を振った。確かに驚いたけれど、悪い気分ではなかった。男の人たちに囲まれることに慣れないだけで、ライサを怖がらせようとしていないことは分かった。最後に脱ぎだしたのは困ったけれど…。
ライサの考えを読んだかのように、オージアスがふっと笑う。
「馬鹿な奴らだけど、気はいい奴が多いんだ」
「そうね」
ライサと一緒にケレスの森に行った人たち。亡くなった人たちを思い出す。彼らも見た目は武官特有の雰囲気を持っていて、一目見るだけでは鋭く怖い印象だった。それでも一緒にいれば良さが見えた。
「それにケレスに行った俺たちを送れなかったかったことを、後悔しているんだ。それでことさら騒いでいるのはあるな」
「そう」
ライサの短い応えに、オージアスも微妙な気持ちを感じ取ったのだろう。あの厳しい状況を知っているからこそ、生き残ったことに複雑な思いもある。
「まあ、近衛はまだマシだ。多少は上品なのが集まっているからな」
「そうなの?」
「軍隊のほうは、もっと荒くれ者も多い。ユーリーよりも動物的な奴らばかりだ」
ライサには想像しにくいが、オージアスが言うのならばそうなのだろう。




