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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第6章  華燭の典(2)

「一体、どこの女ですか。まさか騙されているんじゃないでしょうね? もしかして既に身ごもっていたりするんですか?」


 ジョエルの言葉にラオは少しばかり考えてから答えた。


「マリアはアレス付きの小間使いだ。騙されてはいない。身ごもっては…」


 最後にラオが口ごもり、無表情なのに耳だけ赤くなる。ジョエルは目を細めた。アレス付きの小間使いといえば、年齢的にアレスに近いものが多い。ジョエルの頭には見かけたことがある数人の小間使いたちの顔が浮かぶ。皆、見目が麗しく、下級貴族のお嬢様も多かったはずだ。


「まさか、すでに身重ですか?」


「いや、この前だから、そんなことは無いはずだ」


「この前? この前って…ずっとケレスにおいでだったのでは?」


 ラオは頷いた。


「ケレスで一緒だった。それで俺の妻になると言ってくれたのだ」


 ジョエルの眉間にしわが寄る。


「それで手を出したんですか? 陛下の小間使いに?」


「エフライムがそうしろと」


 ちょっと、何を唆しているんですかっ! と、思わずジョエルは叫びだしそうになった。エフライムと直接面識はないが、近衛隊長のことを知らないものはない。ラオと近衛隊長がアレスを守る双璧であるというのも、城では有名な話だ。しかしだからと言って、小間使いに手を出すのが許されるはずはないだろう。


「いい年して何をしているんですかっ。神殿で式を挙げないうちに騙すように」


「騙してはいない」


「それでも年端もいかない女の子に、気軽に手を出していいわけではありませんっ。まずはきちんと親御さんにお伺いを立てて、そして陛下にも許可を頂いて、それから神殿で式を挙げて、お披露目をしてからですっ」


 我を忘れたジョエルの剣幕に、ラオの目が見開かれた。


「そういう…ものなのか?」


「そういうものです。常識です」


「常識か…。だがマリアは両親がいないと…」


「では、保護者とか、親類とか」


 ラオが首を傾げる。


「いや、聞いたことがない」


「ではどうやってお城に入ったんですか」


 誰かの後ろ盾が無い限りは城で勤めることはできない。ましてや国王の身の回りの世話をする小間使いとしてなど入り込めるわけが無いのだ。誰か強力な後ろ盾がいるに違いないとジョエルは考えた。それに対してラオはしばらくジョエルの顔を眺めた後で、嫌々ながらというのが分かる風情で口を開いた。


「アレスだ。アレスの後押しで」


「陛下のですかっ?」


 ジョエルの声が一際大きくなったかと思うと、いきなり項垂れた。思わずラオはジョエルの顔を覗き込んだ。


「大丈夫か? 興奮しすぎて気分が悪いのであれば、すぐに薬を…」


 その言葉にジョエルの顔ががばっと上がる。


「違います。何をしているんですか。陛下が後ろ盾となっている女の子に手を出すなんて」


 国王自ら連れてきたのであれば、何か意図があったはずだ。ジョエルはそう考えて青くなる。そうは見えなくても15歳ともいえば、女に興味を持っているだろう。もしかしたら自分の身の回りの世話だけではなくて、寵愛を与えるつもりだったのでは…。


「陛下と女を取り合うなんて、なんていうことをしているんですかっ」


 その言葉にラオはふと違和感を覚えた。


「取り合いなどしていない。マリアはもともと俺の子供を生む運命だ」


「いや、運命はいいんです。どうでも。問題は陛下の小間使いをしている女の子に、さっさと手を出したってことでしょう」


「それは否定ができない。だが女の子ではない」


 今度はジョエルが首を傾げる番だった。ジョエルとてヴィーザル城に勤めるものを全て知っているわけではない。ましてや国王陛下の周りにいるものなど、せいぜい見かけたという程度だ。それでも女の子ではないと言い切ったラオに、ジョエルの頭は混乱した。陛下の傍にいるといえば、若い女性か、男性か。それに加えるならば筆頭小間使いをしていたのは、既婚で子供もいる女性のはずだ。ラオよりも十歳は上だと思われる女性の顔が思い浮かんでくる。


「一体、誰に手を出したんですか?」


 恐る恐るという気持ちでもう一度尋ねる。マリアという名前は比較的ある名前だ。どのマリアだというのだろうか。


「マリア・ショヴンだ」


 ジョエルの目が二度ほどパチパチと瞬いた。ジョエルの知っているマリア・ショヴンという女性はラオの筆頭小間使いで、城の中でも美人と名高い黒髪のエキゾチックな雰囲気を持った女性だ。


「彼女はあなたの筆頭小間使いでは?」


「昨年からアレス付きに替わった」


 ようやく話が腑に落ちる。そのマリアであればラオの傍にいたのだし、接点が無くはない。しかし彼女は氷のように冷たく男性をあしらうというので有名だった。その彼女がなぜこの男となのか…。


 聞きたいことは山ほどあるが、それよりもまずは現実問題としてどう進めるかを考えたほうが良さそうだった。ラオに任せていたら、いつまでたっても二人は式を挙げることはできないだろう。


「わかりました。まずは…」


 ジョエルはラオに式を挙げるまでに必要なことを一つずつ教えていくことにした。時間だけはある。ラオには、しばらくはこのグィード村に居てもらって執務をしてもらわなくてはならないのだから。


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