第5章 帰途(8)
ライサはその様子を震えながら見ていた。すぐ傍には殺された者達の死体が転がっている。敵だけではなく昨日までは一緒に森を歩いていた味方の死体も足元にある。殺し殺され血が流れる状況に、ライサはただ震えるしかなかった。
目の前でエフライムの剣が光る。薄闇の中で光る剣が何かを飛ばすのが見えた。分かっているが理解したくない状況に目を逸らせば、違う場所ではオージアスやユーリーも、敵の命を奪っていた。気が狂いそうなほど怖かった。普段は優しいオージアスやユーリーですら敵を殺すのだ。
それだけではない。この状況を脱するためとはいえ、炎を起こしたのはマリアであり、それを命じたのはアレスだった。昨日まで身近にいた人が、他人の命を奪っている。ただそのことが怖かった。
「ライサ」
マリアの声に身体の震えが大きくなる。怖い。ここにいる人が皆怖い。
「大丈夫?」
ラオの身体を支えつつ、マリアが心配そうな表情でライサのほうを振り返る。ライサは肯定も否定も出来ずに震えていた。ライサが返事をしないことに気づいたのか、アレスも振り返って声をかけてくる。
「怖い? もうすぐ終わるから。待っていて」
敵のことを恐れたと思ったのか。だが怖いのは味方だった。アレスのことですら怖くて、身体を硬直させたままじっと彼を見る。視線を落としていけば、握られたアレスの手が細かく震えていることに気づいた。気負った発言に、豪胆な態度。それでも彼の指先は正直だった。彼もまた動揺しているのだ。
平気でいられるわけがない。何も感じていないように見せているだけだ。それに気づけば、目の前にいるのは王とはいえ、一人の年下の男の子だった。初めて会ったときにはほんの少年だったのだ。今は自分よりも少しばかり背が高くなり、男っぽくはなったけれど、それでも殺したり殺されたりということに慣れるような年ではないはずだ。
暗がりの中で見れば、マリアの身体も寒気を感じているように震えている。覚束ない腕でラオを支えていた。足も震えているのだろう。支えているのか縋っているのか、実のところはよく分からない状況なのかもしれなかった。そのマリアの傍にいるラオだけは表情が読めなかった。それでも何も感じていないということは無いだろう。感じているからこそ表情を消しているのだと思った。
誰もが自分の恐怖心を押し殺しながら、生きるために戦ったのだ。仲間を助けるために、他の人の命を奪ったのだ。
ライサは大きく深呼吸をした。自分だって修羅場を潜ってきたではないか。このぐらいの恐怖心は押し殺してみせなければ情けない。
「だい…じょうぶ…です」
喉を絞められたように声を出すのが難しかった。少しばかり掠れてしまったが、アレスもマリアも安心したように頷いてから、敵のほうへと向き直った。ライサはもう一度深呼吸をする。焼ける匂いが鼻を突く。それでももう怯えるのはよそう、せめて怯えを表すのはよそうと、自分を叱咤する。怯えているのはライサだけではないのだ。
すでに勝敗は決していた。数名がオージアスとユーリーに引っ立てられており、それ以外の敵は地面で沈黙していた。
木でできた盾を乗り越えて、エフライムが戻ってくる。アレスはそれを見て安堵した。
「終わりました」
エフライムの言葉に全身の力が抜ける気がした。気づけば身体が一気に重くなってくる。後先を考えずに力を使ったのだから、当然かもしれなかった。これだけ疲れたのはエフライムたちを癒したとき以来だ。
皆に何かを言わなければと思ったけれど、足が動かなかった。振り返ろうとした首すらも動かない。
「アレス?」
エフライムが心配そうな表情で覗き込んできたが、アレスの意識はそこで途切れた。




