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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第5章  帰途(7)

 アレスの殲滅宣言の後、風の渦の中で最初に行ったのはラオが大量の雨を降らせたることだった。風の結界の内側に大雨が降り、人もライサが作った木の盾も濡れていく。


「凄いな。こりゃ」


 ユーリーが空を見て驚いているところで、アレスの合図で雨が上がる。次にアレスの視線が向けられたのはマリアだ。


「マリア。お願い」


 マリアが緊張した面持ちで頷く。ラオがそっとマリアの背に手を当てた。アレスも気づいてマリアの手を握る。マリアは不思議そうな表情でアレスを見た。


「力を送るから。思いっきりやって。皆の仇が取れるように。思いっきり力を解放して」


 アレスの言葉にマリアは力強く頷くと、天を見上げた。その視線の先にはマリアを守る精霊の竜、ベガがいる。マリアは自分の中の力を練り上げ始めた。ラオから流れ込む力、アレスから流れ込む力を自分の力と合わせて練り上げて、ベガへと届ける。


 特にアレスから流れ込む力は、これでもかというぐらいに力強く、今まで感じたことがないほどの威力だった。だからそれがどのようにベガに影響を与えるのか分からない。分からないが、ベガがマリアに危害を加えることは無い。彼女を守るためにここにいる竜は、彼女の敵に対して受け取った力を遺憾なく発揮するだろう。 


「ベガ、私たちを守って。そして敵に怒りの鉄槌を下して」


 呟きと共に襲ってきたのは熱風だった。先にラオが雨を降らせていなかったら、アレスたちをも巻き込みそうなほどの炎と熱が、輪の外側に向かって放射状に襲いかかっていく。


 アレスは血の気が引く思いだった。ここまでのことを意図していたわけではない。精々火傷して、動けなくなればいいと思った程度だったのだ。だがベガの威力はそんなものではなかった。人が生きながらにして焼かれていくのだ。


 身体が震えて、立っているのがやっとかと思われたとき、後ろから両肩を支えられた。よろけた身体を誰かが支えてくれる。すぐに誰かは分かった。いつも通りの柔らかな声で後ろから囁かれる。


「アレス。やるからには徹底的に…です。情け容赦は不要です」


「エフライム…」


 エフライムはアレスを支えたまま、ラオへと視線を向けた。


「ラオ、この周囲に小石を飛ばして、生き残っているものに当てることは可能ですか?」


「飛ばすのは可能だが…狙うのは無理だ。それに大量に飛ばすことはやったことがない」


「わ…私ならできますわ。ベガに頼めば。狙うのは難しいですが、広範囲に飛ばすことはできます」


 マリアがラオの足元で震えながら目を瞑りつつも、エフライムへと答える。自分がやっていることとはいえ、ここまでの威力だと思わなかったのはマリアも同じだ。それでもこれは、ここから逃れるため。王を守るため。そして愛する人を守るためでもある。そのためにマリアはベガを操っていた。こうなればできることは全てやるしかないという気持ちで、エフライムへと答えたのだ。


 そこへユーリーが割って入る。


「だったら、生き残った奴は俺らで始末したらいいんじゃないか?」


「俺らも少しは働かないとな」


 オージアスもユーリーの隣へと並び、炎による惨状に引きつった顔をしつつも同意する。


「では、ラオ、今度はこの周りに雨を降らしてください。そうしないと熱で我々がやられてしまいそうですしね。そして」


 アレスは最後までエフライムに言わせなかった。ここは自分がはっきりと言わなければいけない。


「ラオが雨を降らせたら、マリアは小石を周りに飛ばして。その後はオージアス、ユーリー、エフライム、生き残った者は全て殺して」


 アレスの冷たい言葉にライサはショックを受けていた。ライサだけではない。エフライムも含めて皆、アレスにそのような言葉を言わせたくはなかった。だが彼は王だった。少年でありながらも、普通の少年でいられない。それがアレスだった。


「まあ、まあ」


 場の雰囲気を壊すように、ユーリーがわざとのんびりと口を挟む。


「全員殺さずに、何人か生かしておいて情報を得たらいいんじゃないかな」


「確かに。本当にトラケルタかも分からないしな」


 オージアスも同意した。


 殺さないことが良いこととは限らない。生かされたものは死ぬよりも辛い目にあうだろう。だがそれをこの少年の前で言う必要はない。エフライム、オージアス、ユーリーの視線が一瞬だけ交差する。エフライムが頷いた。


「ではそうしましょう」


 その言葉を合図に、ラオが雨を降らせ、ベガの炎は止まった。そして礫の攻撃が始まる。ラオはさすがにふらふらになりつつあり、立っているのがやっとだった。それを感じとって、しゃがみ込んでいたマリアがラオを支える。


 その横でアレスは意地でマリアに力を流し込んだ。炎のときと同じく、礫もマリアが想定していたよりも多くの小石が強い力で飛んでいった。マリアはそっと視線を逸らした。自分の力でこんなにも多くの者の命を奪ったのは初めてだった。


「マリア。これはマリアがやったことじゃないから」


 マリアの様子を見て、アレスは彼女の考えていることを否定した。


「これは王たる僕が命じたことだ」


 その言葉にマリアはゆるゆると首を振る。少年は全てを自分ひとりで背負おうとしていた。しかしいくら少年が王だとはいえ、これだけ大人がいるのだ。そしてアレスに命じられたからではない。各々が考えて同意して起こしたことなのだ。それを伝えたかった。


「これは皆で決めたことよ。あなただけの責任ではないわ。皆が生き残るためにやっていることよ」


「違う。僕がやれって言ったことなんだ」


 アレスはマリアの言葉をきっぱりと否定し、敵がいた方向を睨みつける。もう立っている敵は誰一人としていない。火に焼かれ、礫に貫かれ、呻く者たちがいるばかりだった。


 礫の波が止まったところで、エフライムたちが飛び出していく。あとは死に掛けているものに(とど)めを刺してやるだけだった。


 アレスはその光景を目に焼き付けるようにして、じっと見ていた。その中の一人がのろのろと短刀を構えて、こちらに投げようとする。後ろでライサが気づいて息を飲んだ。


 だがアレスは微動だにしなかった。その傍にエフライムが来ていたからだ。彼がそれを見逃すはずがない。そしてやはり短刀を持った男は、すぐにエフライムに動かぬように死体へと変えられてしまった。


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