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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第5章  帰途(6)

 トラケルタ王国はヴィーザル王国に接する国だ。ヴィーザル王国と同じように山と海に面した豊かな土地を持っている。だが王族や貴族たちの浪費が祟って、国庫は赤字続きの上に国民から王家に対する反発も年々強くなっていた。その打開策がヴィーザル王国を手に入れることによる豊かな自然と貿易による利益、そして領土の拡張だった。


 ヴィーザル王国は唯一の王であるアレスが死ねば、あとを引き継ぐ王族はなく、すぐに後を引き継ぐような有力な貴族もいない。考えられるのはイリジア公バルドルだが、一度は引退した身。王として立つことを諸侯が黙ってはいないだろう。そうなれば内戦は必至。統一意志が取れないところを、トラケルタが叩けばいい。それがトラケルタの王を中心とした重臣たちが立てた策だった。


 だが城内での暗殺は思いの外難しかった。アレスも知らないところで失敗を繰り返しており、内部のものを引き込んで行った昨年の大掛かりな作戦も失敗している。他の策を考えていたところで飛び込んできたのが、アレス王のケレスへの行幸だ。


 トラケルタ王国にとって幸運だったのは、イリジアからケレスまでの道がほぼ一直線ということだった。しかも周りは森が多く、ヴィーザル王国側に気づかれないように待ち伏せをすることが可能だった。


 そこで精鋭部隊が決死の覚悟でブレイザレクの山中を経由し、人目を避けながらヴァージの森を進み、フタール川を下るようにしてやってきたのだった。


 そして今、トラケルタからきた暗殺部隊は、風で取り巻かれた内部に入ることが出来ずに、外を固めていた。中を見ることはできないが、護衛の半数以上は排除したはずだ。残っているのは数人だろう。


 この部隊の指揮官は目の前で逆巻く風を見ながら、ため息をついた。話には聞いていたがマギの力というのはなんと甚大なものか。強い風に立ち入ることができない。しかし相手も同じ状況だ。この包囲網から逃げ出すことはできまい。こうなれば根競べのようなものだった。


 焦れながらも風が止むを待つ。完全に陽が落ちて辺りが薄暗闇に包まれたころ、風が弱まる気配が感じられた。


「風が止むぞ! 攻撃用意!」


 指揮官の声に場が緊迫する。包囲したものたちが一斉に攻撃しようと武器を構えた。そして風が止まる。


 突撃と叫ぼうとした指揮官の声は、途中で途切れた。風の代わりに炎が襲ってきたのだ。鉄の鎧は溶けるほどの熱を持ち、布の部分は燃え上がった。


「ぎゃぁっ」


 至る所で悲鳴があがり、地面に転がるものが続出した。炎が蛇のように部隊を取り巻き、蹂躙していく。さながら地獄絵図のような光景が周りに広がった。


 炎は馬に乗っているものも、乗っていないものも平等に襲い、全てを燃やしていった。馬も鬣や尾から燃え上がり、すぐに体表が焦げていく。燃え上がった瞬間に、地面に伏せることができた者は、身体についた炎を転がって消そうとしていた。鎧を着けたものがあまりの熱さに脱ごうとすれば、手をかけたところから表面の皮が焼かれ動かすことも適わなくなった。ただひたすらに炎と熱の犠牲になっていく。


 だが炎が数周したかと思われるところで雨がざっと降り注いだ。見る見るうちに炎と熱が引いていく。生き残った者がほっとしたのもつかの間。そこへ石の礫が飛んできて、無慈悲にも地面に転がる身体を打ち抜いていく。頭や胸を打ちぬかれ、地面にどす黒い染みが広がった。まるで矢で射抜かれたような勢いで、頭蓋骨が砕かれていく。


 身体のほとんどを焼かれながらも、仲間の死体を盾にしてわずかばかりの生き残った者達は、いつの間にか現れた敵の武官に切り捨てられていた。


 半身を焼き、片腕と両足を礫に打ち砕かれた指揮官が見たのは、何もないはずの場所に現れた小さな森と、その木の陰から強い瞳でこちらを見る少年の姿だった。


「あれがアレス王…」


 その少年の後ろには、背中を守るように銀髪に黒尽くめの男が立ち、それを支えるように黒髪の女が傍にいた。指揮官は腰につけた短刀を必死に引き抜いた。狙っていた王は目と鼻の先にいるのだ。片腕がまだ動くのは重畳だった。短刀を投げるだけなら、まだ力は残っていた。


「せめて…」


 全滅するのであれば道連れに。そう思って片腕を持ち上げたときだった。


「残念ですが、我が王を(しい)せんとする者の命はありません」


 この戦場に不似合いな柔らかな男の声が聞こえた次の瞬間、指揮官の首から大量の血が吹き上げていた。


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