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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第5章  帰途(4)

 アレスが顔をあげれば、ライサは馬車のところで真っ青な顔をしこちらを見ている。その身体は細かく震えが起きていた。恐怖を感じて立ちすくんでいることに気づいたが、それでもアレスは手招きしてライサを呼ぶ。数回の手招きの末に恐る恐る来たライサは、口を開け絶叫を放ったままで死んでいる死体を見て「ひっ」と息で悲鳴を上げると、目を逸らしてしまった。


「ライサ。見て。この紋章、見覚えある?」


 アレスは容赦せずに、ライサに死体の首許にあるペンダントを見せる。ライサは嫌々ながら、無理やりに意志の力で死体の首へと視線を移した。できるだけ目を細めて、死者の顔は見ないようにする。


 細く狭い視界に映ったのは見覚えのある紋章だった。トラケルタの貴族…だれだったかは覚えていないが、だが貴族のものだった。逆三角形のような盾とその周りの鳥の羽。鳥の羽はトラケルタの貴族の紋章に不死鳥の象徴として入っている。


「トラケルタの…」


 そこまで言って、ライサは目を瞑って激しく首を振った。


「わかりませんっ! 私は知りませんっ!」


 その肩をアレスに掴まれる。


「ライサ。落ち着いて。君を責めているじゃないっ。だから落ち着いて」


 身体を揺さぶられて、ライサは動きを止めた。ゆるゆると瞼を開ければ、アレスが真剣な顔でライサを見つめている。


「僕は知りたいだけだ。この…渦巻く風の外で、僕らを取り囲んでいるのは誰なのか。僕らの…僕を守ってくれていた近衛たちを殺したのは誰なのか」


 アレスの瞳には激しい感情が渦巻いていた。声は勤めて冷静に出そうとしているけれども、ライサの肩を掴む両手は痛いほどの力が篭っていた。


「知っていることを教えて欲しい」


 ライサは両手で顔を覆った。その隙間から涙がこぼれ落ちていく。


「トラケルタの貴族です。その紋章は…。すみません。すみません」


 ライサはがくりと膝を落とした。地面に身体を投げ出して、アレスの足元に頭を擦り付ける。


「私が…私がいるから…」


 その肩をエフライムがそっと掴んで、ライサの身体を起こす。


「あなたのせいではないと思いますよ」


 その言葉に、ライサはのろのろと顔を上げてエフライムを見た。


「事情はオージアスから報告を受けています。それでもたかが宝石1つです。それを取り戻すために王と一緒にいるあなたを襲うのは軽率すぎます。むしろこれはアレスを…王を狙ったと考えるべきでしょう」


「陛下を…」


 ライサが濡れた瞳でアレスを見た。視線の先ではアレスが大きく頷いていた。


「僕を狙ったんだろうね。僕がいなくなれば、古くから続いていたヴィーザルの血筋は絶える。それに跡継ぎはいないから、権力争いで国は弱体化する。そうなればこの国に攻め込むのは容易になる」


 アレスの視線が風の外へ、敵のいる場所へと向かう。


「トラケルタは滅ぼす。僕はあの国を許さない」


「アレス…」


「陛下」


 アレスの耳には、イエフ・シャインの言葉が繰り返し響いていた。


--------陛下に託されたのは、このヴィーザル王国の真の復活。もともと我々の国だったものを取り戻すことです------


「そうだ。取り戻すだけだ」


 アレスはそう呟くと、それからぐるりと風の結界の中を見回した。マリアに支えられたラオ、なすすべもなくこちらを見ているオージアスとユーリー。傷は治したが意識はないゼイル。そして目の前のエフライムとライサ。


 この人数で外にいる数十名の包囲網を突破しなければならない。できれば突破するだけではなく、外にいる敵を殲滅したかった。クライブや死んでいった者たちの仇を討ちたい。


「マリア。外の様子をできるだけ詳しく教えて」


 マリアはちらりとオージアスとユーリーへと視線を移す。だがすぐにアレスを見つめて頷いた。


「この馬車を中心にして数十名が剣や弓を手にして取り囲んでいる状態です。その両側は荒れ果てた畑で何もありません」


 来る途中に見た光景だ。植物の枯れた残りだけが地面に広がっている状態なのだろう。しばらく考え込んでから、アレスはラオへと視線を向けた。


「ラオは…雨は降らせることができたよね?」


「ああ」


「今もできる? 力は残っている?」


「可能だ」


 ラオの答えに、アレスは頷いてから再び考え込んだ。そして視線がマリアへと向かう。


「マリア。ベガは何ができる?」


 マリアはまたオージアス、ユーリー、ライサと順に見てから、ラオを見た。ラオが頷くのを確認してから、アレスへと視線を戻す。ベガはマリアが操る精霊の竜だ。その力のことを彼らの前で話すことに一瞬躊躇したが、それでもラオの視線での後押しを受けて、アレスへと打ち明けることにした。


「火・水・風・土を操ることができるわ。でも一度に1つだけ」


「つまり火と風…はできないということ?」


「そうね」


 アレスがまた考え込む。そしてその視線が向かったのはライサだった。


「ライサ」


 びくりとライサの身体が反応した。オージアスは何かを言いかけるが、ユーリーが手を開いて止めるような仕草をしたのを見て黙り込む。


「ライサは今、何ができる?」


 マリアの瞳が見開かれて、ライサを見つめた。皆の視線がライサに集まる。その視線が怖くて、ライサは無意識に後ずさっていた。


「ライサ?」


 アレスの声に反射的に返事をする。


「何もできませんっ。何も」


 さらに後ずさろうとするライサの肩を、いつの間にかその背後にいたエフライムが掴んだ。


「ひゃっ!」


 短い悲鳴をあげて振り向いたライサは、背後にいたのが人物に気づいて激しく身体を震わせる。エフライムに対する恐怖心は消えていない。すぐに脳裏に蘇ってきて、顔面が蒼白になっていく。


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