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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第4章  希望の光(5)

 周りがいつもより明るい。マリアは気だるい身体を抱えて寝返りを打った。なぜ身体中がこんなに鈍く痛いのだろう。妙に下腹部が痛くて…。うっすらと瞼を持ち上げれば、目に入ったのは自分を覗き込んでいる色素の薄い瞳だった。


 なんだっけ? わたし…。


 再び目の前の瞳に焦点が合う。


「…らお?」


 掠れた声。呂律も回っていない。


 覚醒と同時に思い出すのは、昨晩の色々なことで…。知識として知っていても身をもって体験するのは全く違う。それに凄く恥ずかしい声をあげていた気がする。そんなことを思い起こせば、顔を見られているのも恥ずかしくなる。思わずくるりと上掛けの中へともぐりこんだ。我ながら子供っぽいと思ったけれど、どうしていいのか分からない。


 顔も身体も隠しているのに、外へとこぼれている髪を撫でられた。繰り返し髪を梳くようにして、撫でていく。髪に神経があるはずがないのに、くすぐったいのは何故だろう。


「らお…やめて?」


 ここのところ疲れが溜まっていたのは自覚していた。慣れない土地で緊張しながら仕事をすれば、肉体的にも精神的にも疲弊する。だからだろうか。身体がだるくて力が入らない。それに思考もゆっくりで…。


 ふっと何か違和感を覚えた。そう。明るいのだ。思わず血の気が引く。焦って身体を起こせば、あちらこちらが軋んで悲鳴をあげた。


「っ…。いま…あ、へいかの…」


 意味のある言葉を喋る前に、華奢な身体はラオの温かな両腕に包まれた。


「今日、お前は休みだ」


「やすみ?」


 言われた言葉がわからなくてじっとラオを見つめれば、ラオも心配そうにマリアを見つめていた。


「無理をさせた。すまない」


「むり?」


「エフライムにも怒られた。翌日に影響を出すなと」


「えふら…え? あ、バース様?」


 とたんにマリアの顔から血の気が引いてから、次の瞬間には赤くなった。一体ラオは何をエフライムに明かしているのか。ラオの表情は淡々としていて悪びれた様子もない。


「あなた…何をバース様に言ったの?」


「何も」


 返事に納得できずに、マリアがじっとラオを見ているとラオがやはり表情も変えずに普段と変らない様子で答えてくる。


「アレスに俺が今朝は自室に居なかった事を問われて、返事に窮した。エフライムが察して、お前の体調が悪いためにお前の部屋にいたと口添えしてくれたおかげで、アレスには詳細な説明をせずに済んだ」


 マリアの口が開いては閉じてを繰り返した。国王であるアレスに何故自分たちの恋愛事情を明かさなければならないのか。昨晩の様子からエフライムが察して口添えしてくれたのは、助かったというべきだろうか。彼なら察してもおかしくはない。おかしくはないが…。


 文句を言おうとして、真摯な瞳でマリアの目の前にいるラオの顔を見て踏みとどまる。仕方がない。そう。自分が愛してしまったのは不器用な人なのだから仕方がない。むしろエフライムが助けてくれたことが幸運だったと考えるべきなのだろう。


 ラオの顔に、困惑の色が混じってくる。マリアは深くため息をついて自分を落ち着かせることにした。ここでじたばたしても仕方がない。小娘ではない。いい大人なのだから、この程度のことで焦ってはいけない。


「その…」


「何?」


「せめて何かを着てくれ。目の毒だ。エフライムには午前中だけ」


 付き添うと伝えてあると続くはずだった言葉は、マリアの悲鳴でかき消された。


「きゃっ」


 自分の姿を見れば、明るい光の中で上半身をさらけ出している。しかも豊かな乳房や細い腹の上には赤い痣が病気かと思われるほどついていた。


「な、何これ」


「疫病の類ではない」


 当然だ。つけた本人は目の前にいる。それが分からない訳ではない。片手で胸を隠しながら、反対の腕を上げてみれば、二の腕の柔らかい部分にも赤くついている。まさかと自分の首周りに手をやれば、ラオが逃げるように視線を逸らした。


「ここにもついているのね?」


「わざとではない」


 非難の意味を込めてじっと見つめれば、ラオが小さく咳払いをした。


「気づいたらついていた」


「つけていたの間違いでしょ?」


「つけるつもりだったわけではない」


 マリアは額に手をやった。悪気が無ければ良いわけではない。ちらりと横目で見れば、多少は悪いと思っているのだろう。ラオはまるで判決を待つ罪人のような風情で、マリアの次の言葉を待っている。マリアは心の中でため息をついた。仕方が無い。何度目かの言葉を心の中で繰り返す。自分も昨晩は己を失っていたのだから。ラオだけを責めることはできないだろう。


「ラオ…何か…巻きつける布を持ってきてくれるかしら? 声も枯れているし、喉が痛むと言っても誰も嘘だとは思わないわ」


 そう伝えれば、ラオは真面目な顔で頷いてするりと部屋を出ていった。


「もう」


 文句を言いつつ、自分の身体を改めて眺める。上掛けを持ち上げてみれば、太ももにも盛大に赤い痣が残っていた。自分では見えないが、こうなれば背中もだろう。人に見られないようにしなければと思いつつ、嫌ではなかった。自分が変ったわけではないはずなのに、何かが大きく違っていた。彼に愛されている自分自身がとても愛おしいものに思えてくる。そっと自分で自分の身体を抱きしめた。


「ラオの…妻ですって…」


 明るい光の中でマリアはゆっくりと呟くと、ラオが見ていなかったのが残念なほど嬉しそうに微笑んだ。


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