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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第4章  希望の光(4)

 結局ラオの姿はどこにも見当たらず、食堂に足を運べば探していた人物はそこにいた。エフライムやイーゴリ、ベルフェもそろっている。アレスがラオとエフライムの間の席につけばライサはその背後の壁際に控えた。


「ラオ、探していたんだけど…どこにいたの?」


 アレスの問いにラオは動かなくなった。もともと動いてはいなかったが、さらに彫像のように息をも殺したように動かない。


「ラオ?」


 声すら聞こえなかったかのように、自分と目を合わそうともせず目の前の空間を見つめたままの様子に、アレスはいぶかしく思い隣を見た。


「マリアの…」


「マリア?」


 マリアがどうしたのだろうか。ふと気づいて見回せば、朝食のときにはアレスの背後に控えているマリアが今日はいない。ライサが森へ通うことが多かったために、ここに来てから毎朝マリアはアレスの背後に控えていた。そのマリアがいないことにアレスも気づいた。


「マリアがどうし」


「マリアは体調が悪いようですよ」


 アレスがすべての言葉を告げ終わる前に、エフライムが反対側から声をかけてくる。ラオから視線をはずして振り向けば、エフライムがいつも通りの微笑を浮かべていた。


 だが先日の近衛の皆の様子がアレスの頭に浮かんで不安になる。立ち上がりかけたところをエフライムに腕を優しく押さえられて留められた。


「大丈夫ですよ。少しばかり疲れが出ただけのようです。そうですよね? ラオ」


 アレスが再びラオを見れば、ラオは居心地が悪そうに身じろぎながらも「ああ」と一言だけ言って頷いた。


「体調が悪いの? 何か病気じゃない?」


 アレスの問いにエフライムが頷く。


「大丈夫ですよ。ラオがちゃんと見ていますから。病気ではないそうですよ。病気だったらこの男が放っておくわけありません」


 そこまで言われてようやくアレスは落ち着いた。それはそうだ。病気だったら自分が治せばいいのだ。そのことをラオは知っているのだから、相談してこないということは本当に疲れなのだろう。


 ふと背後を見れば、ライサも少しばかり顔色が悪いような気がした。ここへ来て休みなしに動いているのだ。体力がない女性ならばなおさらかもしれない。


「ライサ」


「はい」


「今日はもういいから。一日、休みにして」


「陛下?」


「マリアに続いて、ライサにも倒れられたら困るから。僕は自分のことは自分でできるから大丈夫」


「しかし…」


 マリアがいないときこそ自分がしっかりしなければと思うライサを見て、ベルフェが助け舟をだした。


「陛下。よろしければ誰かお傍付きのものを出しましょう」


 当初に提案されたことをアレスは断っていたのだ。だがライサを休ませるなら誰かいてもらったほうがいいかもしれない。


「ではお願いします。これでライサは休めるでしょ?」


 前半はベルフェに、後半はライサに向かって言えば、ライサもこれ以上は強く言えなかった。素直にお辞儀をして退室した。


「それで…フレミア公、実はいくつかお話があります」


 朝食が給仕される中で、アレスは切り出した。皆の視線がアレスに向かう。もちろんライサの能力のことは喋るわけにはいかない。それでも「観察していて気づいた」という風に持っていけば、話はできるだろう。


 アレスが話をするにつれてイーゴリが唸った。


「すみません陛下。ここにタキを呼びましょう。あの男のほうが農場についてはよく分かっています」


 アレスが了承の意味で頷けば、部屋に控えていたものがすぐに部屋の外へと向かう。その後ろ姿を見送ってからイーゴリは感嘆してアレスに話しかける。


「失礼ながら、最初にお見かけしたときには陛下もお付きでいらした方々も、農業に対して知見があるとは思えませんでした。しかしこの短時間でここまで状況を把握し、対策を講じていくとは…。感服いたします」


 アレスはどこかこそばゆい気持ちでイーゴリの賞賛を聞いていた。自分自身は何もできないことはわかっている。今回のことだって、ラーキエル、コーリャ、ノンナと教えてくれる人たちが現れたおかげだ。そして植物と意思疎通ができるライサ。それらがなければ打ち手を考えていくのは難しかっただろう。


 なんと返事をしようかと思案しているうちに、タキが来てしまった。ちらりとエフライムを見れば、意味深長に微笑まれる。アレスの考えなどお見通しなのだろう。言わなくていいものは言わなくていい。王様は虚勢が大事。多分、エフライムの笑みはそういうことだ。


 ライサが気づいたことをタキに説明していく。どうやらタキの中では腑に落ちる部分があったらしい。


「そうっす。ジャガイモと言っても種類が違うっすよ。確かに可能性は高いっすね。種類が違うと収穫量が違うっすけど、全滅よりはマシっすよ。だったら混ぜて作るっす。それとダメになった苗はすぐに抜いてみるっす」


 タキも思案した上で、ライサが言ったことを保証してくれた。これでジャガイモの全滅は免れそうだった。あとは国中で、同じことを繰り返せばいい。


 食事と共に、タキやイーゴリとの打ち合わせも終わる。アレスはもう少しイーゴリやベルフェと打ち合わせることがあって、彼らの執務室へと向かうために席を立った。アレスと共に席を立ちつつも、ラオは少しばかり遅れて立ち上がったエフライムに視線を送る。エフライムは澄ました顔をしつつも、瞳だけを細めてみせた。


「礼を言う」


 ぽそりとラオが伝えれば、エフライムが今度こそ唇の両端を持ち上げる。


「彼女に恥をかかすのはよくありません。正直に言えばいいというものではありませんからね。あなたも少し言い訳を覚えたほうがいい。それに、翌日に影響が出るほど彼女に負担をかけないように」


 周りには聞こえないよう潜められたエフライムの言葉にラオは生真面目な顔で頷いた。叱られた思春期の少年のような反応に、思わずエフライムは吹き出したくなるのをぎりぎりで堪える。腹筋がひくひくと波打つ。それでもなんとか平静を装った声で、付け加えた。


「マリアのところへ行って今日は休みだと伝えてきてください。陛下には私がついていますから」


「しかし…」


「伝えてくるだけですよ。あなたの休みまで勝ち取る気はありません」


 指摘されてラオは勘違いに気づいたらしい。一瞬気まずい顔をした。エフライムはやれやれといった雰囲気で首を振ってから、ラオの肩をポンと叩く。


「焚きつけた責任ぐらいは持ちましょう。いいですよ。午前中ぐらいはなんとかします。行ってきてください」


「恩に着る」


「まあ、命の恩人ですしね。このぐらいはお安い御用です」


 エフライムは本気とも冗談ともつかない軽い口調で告げる。


 見ればついてこないエフライムとラオに、アレスが怪訝な顔をして戸口で振り返っていた。エフライムはラオを置いて足早にアレスに近寄って、耳打ちする。


「ラオはマリアが心配で仕方ないようです。なので午前中は私があなたについていますから、彼はマリアの許へやってください」


 そう伝えれば、アレスもにっこりと笑った。


「うん。わかった。これでマリアも少しはラオのことを好きになるといいね」


 こっそりとエフライムに耳打ちし返す。二人がうまくいくように願っているのはアレスも同じなのだ。ただエフライムとて、本当のことをアレスに告げる気はなかった。言いたいけれど言えない。大人の事情を綺麗に隠して、アレスに対して頷いてみせる。


「そうですね」


 そして振り返ってラオに向かって、早く行けと手を振った。


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