表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
132/170

第4章  希望の光(3)

 アレスが目を覚ましたときに傍に控えていたのはライサだった。


「おはよう」


 まだなんとなくぼんやりとする頭で声をかければ、「おはようございます」と丁寧な返事がある。その声はどことなく弾んでいた。


「ライサ? なんかいいことあった?」


 アレスが尋ねれば、ライサは待っていましたとばかりに答えた。


「実はジャガイモの病気の件で…。もしかしたら全滅させずに済むかもしれません」


「本当に?」


「ええ。実は今朝、ジャガイモ畑で芋たちと話してみたんです」


 ライサはアレスへと今朝のできごとを語り始めた。夜明けと共に目が覚めてしまったライサは二度寝して寝過ごすよりは…と考えて身支度をし、時間があるので裏の畑へと行ってみたのだという。


 ライサは植物と意思疎通ができるが、その植物の種類や生きている年数によってその意識はかなり差がある。簡単に言うならば、長く生きているほうがはっきりとした意識を持っていて、短いものは感覚程度だ。


 朝もやの中で城の裏にあるジャガイモ畑に行き、枯れた苗と枯れていない苗を見て回っていた。何かできれば…せめてヒントでもあればいい。そう思いながら見ていると、いくつかあるジャガイモ畑の区画の中でも進行が早い畑と遅い畑がある。


 じっくりと見てみれば進行が遅い畑は、どうやら葉の形が微妙に違うように見える。そして枯れている部分も多いため断言はできないが、早いほうは同じ葉の形のようだ。


 葉を見比べながら、じっと見ていればジャガイモの感覚がライサに届いてくる。とても微かなもので、かつてのライサであれば気のせいと思える程度であった。けれどライサもラオに師事して自分の感覚を磨いてきたのだ。わずかな感覚であっても逃さないようにして、自分の中に受け入れていく。分かったのは病気になった苗から周りの苗が逃げたいと思っていること。


 試しに心を鬼にして、病気になったジャガイモを抜いてみる。とたんに少しだけほっとしたような気配が流れてきた。


「つまり…」


 ライサの話を聞いていたアレスが首を傾げる。


「病気になったジャガイモは抜けばいい」


 ライサが頷く。


「そうだと思います。もう一つはタキさんに確認してみたいと分かりませんが、ジャガイモに種類があるのであれば、混ぜて植えたほうが良いようです。どうやら同じ種類のものが同じ病気に罹るみたいです」


「それなら…もしかして全滅しなくて済むかも?」


「そうかもしれません」


 アレスは何回か目を瞬いてから視線を天井に向けた。しばらく考え込むようにしてから、再びライサを見る。植物のことなら自分よりもラオのほうが詳しい。彼の意見を聞いてみたかった。


「この話、ラオは何て言ってた?」


 とたんにライサが困ったような顔をする。


「あの…見つからなくて、まだ話をしていないのです」


「見つからない?」


「実はこちらに来る前に、お部屋に寄ってみたのですがいらっしゃらなくて」


 ライサにとっては師匠だ。アレスに話す前に話しておきたいと思ったのは自然なことだった。


「外には?」


 ラオが部屋にいないとなれば、考えられるのは外で薬草を摘んでいる可能性だった。


「お庭にもいませんでした。念のため馬小屋まで行ったのですが、馬で出かけた形跡もなくて…」


「一体どこにいるんだろう?」


「申し訳ありません」


 ラオが見つからないのはライサのせいではないのに、謝るライサにアレスは苦笑した。


「まあ、いいよ。食事のときにはいると思うし。それより支度をするから着替えを持ってきてもらえる?」


 まだベッドの上にいたアレスが言うと、ライサは一気に血の気が引く思いだった。自分がいるのは報告をするためではなく、アレスの朝の支度のためだ。


「も、申し訳ありません」


 ライサは慌ててあらかじめ用意してあった服を一式、アレスに渡した。アレスは着替えを手伝わせることを良しとはしていない。正装をする場合にはさすがに手伝いを頼むが、普段の着替え程度であれば自分でするようにしていた。いつ、どこに行っても生きていけるように。


 その間にライサは、朝の飲み物を用意する。多くは果実を絞ったものが多い。薬の意味合いも含めて、ラオが用意したハーブを煮出して作る場合もある。ケレスに来てからは新鮮な果物が多く、今日はマルベリーを絞ったものを用意していた。


 アレスが着替えてテーブルセットの椅子に座ったのを見計らって、小ぶりなゴブレットをそっと手渡した。アレスはそれを一口飲んでから満足そうに笑う。


「ケレスは飲み物も食べ物もおいしいね。それに珍しいものも多い」


「そうですね。先日もこの時期なのに、牛の乳を飲ませて頂きました」


 牛の乳はチーズやバターを作るのに使用するが、加工前のものは傷みやすいのでなかなか飲めるものではない。せいぜい冬の時期に飲める程度なのだ。だがケレスでは城のすぐ傍に牧場があるので新鮮な乳が手に入る。


「ケレスの新鮮な果物や野菜を、このままイリジアまで運べないかと思うよ」


 アレスが残念そうな顔をしながらゴブレットの中身を飲み干した。ライサが小さく笑う。


「ここでは新鮮でも、イリジアに着くころには痛みそうですね」


「うん…そうなんだよね。せいぜい日持ちするものぐらいだよね。だからイリジアで手に入るケレスからの農作物はジャガイモとか小麦になるんだ。どうにかならないかな」


「早馬では量を運ぶのは難しいですしね」


 アレスは考え込んだ。しかしなかなかこればかりは難しい。後で皆に相談してみようと思いつつ、ゴブレットを置いて立ち上がった。


「朝食まで時間はあるから、まずはラオを探してみようか」


「はい」


 アレスの前のゴブレットは後で台所へ片付けようと考えて、出て行くアレスに従って扉を出る。部屋の両脇には近衛が二人警護についていた。アレスが動くに従って、その二人も一緒についてくる。こうしてアレスはお供をつれて、ラオを探しに出かけたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ