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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第3章  飢饉(8)

「では…これまでどおり5人ずつ診ていくということで」


 イーゴリが言うと、アレスも頷いた。


「重症のものからにしてもらいたいです。僕らも長くはこちらにいられない」


 その言葉にイーゴリは今更ながら思い出す。


「そうでした」


 隣でぱさりと衣擦れの音をさせてラオが立ち上がる。


「ラオ?」


「そうと決まれば、俺は薬を調合する。治せない者に渡すなら少しでも多く作っておいたほうがいいだろう」


 アレスの問いに、ラオはドアのほうへ向かって歩きながら答えて出ていった。パタンとしまったドアの音に、イーゴリはあっけにとられていた。それと同時に、先ほどのベルフェに対する態度も、侮っていたわけではなく、あれが彼の素の行動なのだと語る。


「なんとも…型破りな方ですな」


 背を見送りながら思わず正直な感想を漏らしてしまえば、アレスが苦笑した。


「でもとっても頼りにしているんです」


「それは分かります。陛下との間は…失礼ですが君主と臣下の間柄に見えません」


「ああ。それはそうかもしれません。でもそれはベルフェさんとフレミア公の間柄もそうなのでは?」


 アレスが茶色の瞳に笑みを浮かべてイーゴリを見れば、隣でベルフェが無表情を装う。しかしその耳が赤くなっていることで、ベルフェの努力を無にしていた。それに気づかずにイーゴリは鷹揚に笑う。


「まあ、しっかり者の妻を失って爵位を奪われそうになったときに、助けてくれたのがベルフェですから。変わり者の公爵と言われてもやっていけるのは彼女のおかげです」


「彼女?」


 アレスが小首をかしげれば、イーゴリがにやりと笑いながら頷く。


「ええ。胸も何もないんでこんな格好が似合いますが、女ですよ。こいつは」


 ベルフェが「ひとこと余計です」と真っ赤な顔をして素早く肘鉄を入れたのが、アレスからはしっかり見えていた。


「ああ。すみません。すっかり男性だと思っていました。それは失礼しました」


 男性にしては華奢だと思っていたが、女性だといわれれば納得できる。 


 そのとき、コンコンと音がして扉の外に立っていた兵士が一人、中に入ってきてベルフェに何かを告げた。それに頷いてから、ベルフェがアレスを見る。


「陛下。森に行っていた皆さんがお戻りになったそうです。何かお伝えしたいことがあるようです」


「なんだろう。通してもらえますか?」


 ベルフェが頷けば、扉が開かれてオージアスとライサが入ってきた。二人はさっと礼をするとアレスの元へと歩み寄る。


「どうしたの?」


 アレスの問いにオージアスとライサが顔を見合わせる。そしてライサがおずおずと口を開いた。


「お話中、お邪魔して申し訳ありません。実は…あの…どうも森の中で取れるものには、あまり保存が利くものがなくて…」


「そうなのです。保管場所があっても、保管できるようなものが木の実ぐらいしかありません」


 オージアスもライサの隣から状況を申し添えた。その言葉にアレスもイーゴリも弱り果ててお互いの顔を眺めてしまった。しばらく沈黙が続いたが、イーゴリが唸った。


「うーん。そうですな。とりあえず森で食べられるものや、本来は作物としていなかったものを食べることを推奨して、保存が利くものは供出してもらうようにするのはどうでしょう」


 ベルフェが大きく頷く。


「それを強制したらいいんです。備蓄として、民に供出させましょう。その代わりに食べられるものを教える。そうすれば強制的に蓄えができます」


「それは…皆さんに恨まれませんか?」


 アレスが心配そうに言ったが、それに対してはベルフェが答えた。


「一時的には恨まれるかもしれませんが、飢饉の話で混乱させるよりも、備蓄というほうがまだ納得度が高いでしょう。それに冬になればわかることですし。もしも飢饉をうまく回避できたら、それは今後の蓄えとしておけばいいので、一石二鳥です」


「なるほど。では、そのことはお願いできますか」


 アレスが尋ねると、ベルフェとイーゴリが大きく頷いた。


「お任せください」


 その後で、ベルフェが言うか言うまいかと躊躇した後で、アレスをまっすぐ見てくる。


「陛下。差し出がましいかもしれませんが、飢饉の予兆はケレスだけではないかもしれません」


 ベルフェの言葉に、アレスはにっこりと微笑んだ。


「そうですね。なのでこのケレスを見本にして、ほかの場所でも同様の備えをしてもらおうと思っています。そのために近衛の皆には森に行ってもらったので」


「と仰いますと?」


「近衛の皆が森で覚えてきたことを、各地で広めてもらえばいいかと思っています。そうすれば同時に各地で備えができます」


 ベルフェだけではなく、イーゴリや、その場にいたオージアスとライサも驚きに目を見開いた。


「陛下の深慮遠謀。敬服いたしました」


 イーゴリが素直に頭を下げる。やはりこの少年はただの子供ではない。この国の王なのだと改めて感じていた。


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