第3章 飢饉(7)
オージアスたちが指示された木の実を拾うのを見ながら、ライサは紙とペンをもってノンナについて森で食べられるものを教えてもらってはメモを取る。その植物の名前、特徴、食べ方。特に最後のは大事だった。ミレットも食べ方ごと習ってくれば良かったのだ。それを怠ると、食べる方法を探すのに四苦八苦することになる。
「これは葉が若いうちは食べられるよ」
ノンナが次から次へと示すものを書き留める。そうやって書き留めていたもののうち、保存が利くものはオージアスたちが採取していく。オージアスが渋い顔をしながら、ライサのところへと来る。
「さっきの木の実だけど、多分、いくつかは虫食いが混じってるぞ」
ライサとノンナが問うようにオージアスを見つめてくる。ノンナもライサも小柄のためにまるで小動物に見つめられているのような錯覚を覚えた。
「ユーリーが…いや、ほかの奴も、だが、小さな虫の穴は見落としている可能性が高い」
ノンナがこくんと頷いた。
「大丈夫です。騎士様。塩水に一晩つけておけば、虫は死にます」
ノンナはオージアスたちのことを、どのように呼ぶか迷って結局は騎士様と呼んでいた。個別に名前を覚えるよりも楽に呼べるためだが、そのようなことはもちろんオージアスたちには告げていない。
「塩水?」
「はい。一晩つけて、それから乾すんです。一ヶ月ぐらい」
「一ヶ月かもか?」
「そのまま使う場合には、そんなに乾さなくても大丈夫ですけれど、保存するならしっかり乾かさないとカビますから」
ライサはノンナが話す内容を、そのままメモに落とした。
オージアスたちが拾っている木の実は炒った後で皮をむいて、それから水で晒して、挽いて粉にしてから使う。普通に食べるよりも手間がかかる。しかしこの方法であれば、普段は食べないようなものでも、食べるられるようになる物が多くあるという。
ふっと見れば、足元にミレットが生えていた。こんな森の中でも生えている場所があるのだ。
「あの…ノンナさん。このミレットってどうやって食べたらいいんでしょう」
ノンナは足元に生えている草を見て頷いた。
「ああ。これね。炒ってから粉にすれば食べられるよ。この髭の部分は火で炙れば燃えちまうしね」
ああ、そうすれば良かったのか…と今更ながら納得し、帰ったらタキに教えてあげようと、ライサはこのことも書き留めた。
一方、アレスはイーゴリの執務室でラオを伴って話をしていた。前日に病気の治療が成功したことが、あっという間に広がって、門の前に人だかりができてしまったのだ。ケレスは首都イリジアほどは大きくないとは言え、それでもこの地方の主要都市だ。
さすがにアレスを前にして、イーゴリも困ったとは言えない。頼んだのはイーゴリとベルフェであり、こうなることは見越すべきだった。
向かい合って座るアレスとイーゴリのそれぞれの隣にラオとベルフェも座っている。傍から見れば優雅なティータイムだが、ラオ以外の表情には困惑が浮かんでいる。
「さすがに…全員は無理…でしょうか」
「無理だ」
ベルフェの恐る恐るの問いに、ラオがばっさりと答える。礼儀も何もない言葉に、イーゴリは自分の補佐官が見下されたように感じて眉を顰めたが、ラオのほうは態度を改める様子がない。それどころかベルフェのほうを見ようともしない。イーゴリから見れば、ラオはベルフェを完全に侮っていた。
ベルフェはイーゴリを補佐してくれているが、爵位があるものではない。何しろこの地方の爵位があるものは、皆それぞれの領地に引きこもってしまって出てこない。イーゴリ自身が変った公爵であるので、取り入ろうというものも少なかった。
身体が強張ったのを隣に座っていたベルフェが気づいて、とんとんとアレスから見えない位置でイーゴリの手を軽く嗜めるように叩いてくる。横を見れば緩やかに首を振られた。
「精々日に5人がいいところだ」
ラオの言葉に、アレスが顔をしかめる。
「もう少し治せると思うけど?」
「無理だ」
その言葉にイーゴリは、目を瞬いた。ベルフェに対しての答えと同様に王に対してもばっさりと答えている。だがアレスが気にした様子はない。
「もっと大丈夫だよ」
「俺は無理だと思うし、それ以上はやらない」
アレスが恨むような目でラオを見る。
「そんな目で見てもダメだ。人数を増やしたところで翌日倒れたら意味がない。それなら同じ人数を治療していくほうが効果的だ」
ようやくアレスもラオが言おうとしていることが理解できた。エフライムを治療した後はしばらく身体が重かった。あれを毎日続けられるかどうかと聞かれたら、無理だと言うしかないだろう。




