第3章 飢饉(6)
一方でライサたちはラーキエルの家に行った翌日から、森や町中でミレットを探し始めた。だが探す間でもなかったのだ。ミレットはよく見る雑草だった。むしろ毟ってもすぐに生えてきてしまう草なのだ。
城にミレットを持って帰ってきたのは良いが、実の部分が小さすぎてどのように食べればよいのかがわからない。そこでライサはアレスからタキを紹介されて相談することにした。
「これなんです」
ライサの手の平には、数本のミレットの穂の部分が握られていた。ふわふわとした猫の尻尾のような穂だ。
「こりゃぁ、食べるのが難儀そうだなぁ」
タキはライサの手から一本取ると、ぱくりと口に入れる。ライサが驚いている横で、タキは顔をしかめた。
「うーん。生のままは青臭くて食べれたもんじゃねぇなぁ。それにちっこい癖に殻が固いし。ちっと茹でてみっか。ちょっとこっちこい」
タキがちょいちょいと指でライサを呼ぶので、そのまま彼について台所まで行く。そしてライサの手の中にあるミレットの穂を台に乗せて、棍棒で叩き出した。見ていれば、どんどんと粒の部分が落ちていく。落ちた粒は非常に細かい。
「とりあえず半分、やってみっか」
台の上に散らばった粒を両手ですくって水を張った小鍋に突っ込んだ。少量なのですぐに煮立ってくる。
沸騰し始めた水の中で、粒が上へ下へと動き回っているのが見える。
「どうかなぁ」
さじを入れて、数粒を口に入れてから顔をしかめた。
「食えたもんじゃねぇな」
粒から生えた毛の部分が口の中であたる。殻の口当たりも悪い。さすがのタキもぺっと吐き出した。
「あの…焼いてみたらどうでしょうか」
ライサがおずおずというと、タキが考え込んだ。
「燃えちまって、なくなっちまうんじゃないか?」
「ああ…確かに。小さいですものね」
困って見ていると、タキはフライパンを出してきた。
「とりあえず炒ってみっか」
「炒るんですか?」
ライサが不思議そうに見ていると、タキが両手で台の上に残った粒を掬う。
「木の実とか、そうやっと食える奴もあっからな」
からからと音をさせながら炒っていくと、香ばしい匂いがし始める。
「うまそうな匂いになってきたな」
「食べられるかもしれませんね」
タキの腕の上下によって踊るように動くミレットの粒を見ながら、ライサも期待するように明るい声を出した。
小さくはじけるような音がしたと思えば、粒が内側から破裂しているものもある。タキが慌てて火の上からフライパンをどける。ざらざらと炒った実を皿の上に出し、冷ましてから口に入れた。
「まあ…食えないこともねぇな」
その言葉にライサも手を伸ばして、一粒つまんで口に入れた。香ばしさが口の中へと広がる。噛んでみれば硬いが、食べられなくはない。だが水気の無い感じが免れない。それに殻の部分はやはり硬いままだ。
「特別おいしいとは言えないですけれど…食べられることは、食べられますね」
タキは粒を目の前にして唸った。
「一粒ずつ食うわけにはいかねぇしなぁ」
「そうですね」
だが今の状態では、口にいっぱい入れて食べたいという程でもない。
「まあ、食えそうだってことで、とりあえずいいだろう。料理法はちっと考えるみっさ」
ということで、ミレットの食べ方についてはタキに任せることになった。
翌日はコーリャの息子の嫁、つまり義理の娘のノンナと一緒に森の探索だった。ノンナに教えてもらいながら、保存が利きそうな植物を採取していく。ノンナは子供がすでに二人もいる三十代後半の女性だったが、小柄な為か若く見え、ライサと並んでいると姉妹のようにも見えた。
「この木の実は食べれるよ」
ノンナが指差す先に落ちていたのは椎の実だ。
「穴が開いている奴は虫食いだからね。穴の開いてないのを拾うんだよ」
そう言われてせっせと大の男たちが、地面の小さな木の実を拾っては、背中に背負った籠に入れていく。なんとものどかな光景だが、男たちの雰囲気がどう見ても農夫ではない。
「なあ、オージアス」
隣で真面目な顔をして、どんぐりを拾い上げては虫食い穴を検分しているオージアスに、ユーリーが小声で声をかける。
「なんだ」
「俺たち…まるで儲からなくて食べ物を探している山賊だと思わないか」
その言葉にユーリーはついうっかり顔を上げて周りを見てしまい、噴出しそうになった。制服を着ておらず、個々が好き勝手な格好をしているせいもある。その上、どう見ても一癖も二癖もありそうな面構えの男たちなのだ。しかも皆、どことなく情けない顔をしていた。
「あ、うけた? うけた?」
「うるさい。山賊熊。黙って拾え」
「おいっ。誰が熊だ」
「お前だ」
オージアスはなんとか歯を食いしばって笑いをやり過ごすと、再びどんぐりの検分に戻る。
「これは食えるかなぁ。うちには小さな子がいるからなぁ。もっと野郎共ががんばってくれりゃあ、いいものを食えるのになぁ」
「勝手に人の台詞を横から言うな」
オージアスが作った仏頂面で文句を言えば、ユーリーは軽く肩をすくめてそっぽを向いて足元の木の実を拾い始めた。
「お前…ちゃんと見極めろよ。虫だらけになるぞ」
ユーリーが首だけで振り返る。
「虫だらけ?」
「虫食いの木の実を取っておくと、戸棚の中で虫が溢れるんだ」
「本当か?」
「俺が実際にやったから間違いない」
今度はユーリーがオージアスの顔をマジマジと見つめた。
「お前が木の実を集めたのか?」
「勘違いするなよ。子供のころの話だからな?」
「おう。それで? なんでまた」
「木の実が珍しかったんだ。それで隠しておいたら…戸棚からウジャウジャと虫が出た」
「やっちまったな」
「まったくだ」
そうやって話していると、かさりと足音がして近づいてきた者がある。
「あのですな。そこで小隊長二人が喋っていると、小隊の士気にかかわるんですが」
一行で一番の年長者であるクライブが、困ったような表情でおどけて告げる。オージアスとユーリーが周りを見回せば、ほかの近衛が何とも言えない表情で二人を見ていたが、慌てて目をそらした。ライサとノンナは木の実を男たちに任せて、もっと奥へと入り込んでいる。
「あ~。仕事しよう。仕事」
ユーリーが言えば、
「そうだな」
と、オージアスもどんぐりの検分に戻っていった。




