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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第3章  飢饉(5)

 コーリャとの会合が終わった後で、アレスは貯蔵庫となりそうな場所と広さを纏めるように頼んだ。それはベルフェが引き受けてくれた。


 それとイーゴリには獅子の爪を燃やすように、ケレスの人々に伝えるように頼む。いずれヴィーザル王国全土に触れを出すつもりだが、まずは農村地帯であるケレスからだ。タキには灰色となったイモの対処法を探ってもらう。


「僕たちは次の場所へ行くよ」


 アレスは用意された場所へと、ラオ、エフライム、マリアを従えて移動した。その場所に待っていたのは、先が長くないと言われた病を抱えた子供たちとその親だ。二間続きのその部屋の片方でラオとアレスが待ち、そこへエフライムの簡単なボディーチェックを受けてから一組ずつ入っていく。マリアはエフライムを補佐することになっていた。


この形式にエフライムは少しばかり不服を唱えたが、ラオが「集中できない」と言って退けた。


 部屋の中に入れば、アレスとラオがその親から話を聞いた。いかにその子供が大事であるか、子供が自分で話せるようであればどれだけ治ることを切望しているか。じっと話を聞く。


 アレスが考えたのは、自分にとっての必然だ。その子供のことを知り、アレス自身が子供や親の気持ちに寄り添って、病気を治してあげたいと思えば治せるはず。それだけの直感だった。


 ラオは当然反対した。親の期待が大きすぎる。やってみたが治せなかったとなったときの落胆はどれだけのものか。


「治せないかもしれない。それでもよければ…と最初から言っておくしかないよ」


 アレスの答えだ。


「奇跡に縋るんだから。奇跡は起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。もちろん僕は起こす気だけど。それでも確実じゃないのは分かってる」


 そう言ってはみたけれど、いざ会ってみると緊張するのも確かだった。目の前にいる病気でやせ細った子供を抱える若い夫婦。本人も看病による疲れが出ている。それでも彼らはラオの噂を聞いてから、城の門前に毎日いたのだ。


 母親は訥々と訴えた。いかに自分が子供を望んでいたか。そのやっと生まれた子供が病気になってしまった。自分を子供の身代わりにしてもいいから子供を助けて欲しいと。


 アレスは圧倒されていた。自分が思ったよりも当事者は切実だ。若い夫婦の必死な気持ちに呑まれている。だがそれでいい。それこそが狙いだったのだから。そして自分の中に生まれている「この子を治したい」という強い感情に身を任せる。大丈夫だ。ラオを振り返ってその意志を示すために頷く。


「僕がうまくいくように祈るから。あなたたちも一緒に祈って」


 そう若い夫婦に伝えてから、アレスは子供の額に手を乗せた。その周りで夫婦も祈るように目を瞑る。ラオがそっとアレスの手の上にさらに自分の手を乗せて、アレスの背をささえるように、もう一方の手を添える。


 アレスは力の源を探った。祈るしかない。あの時どうやったか思い出せ。この子を助けるために。


 身体の底に微かな揺らぎを感じる。これだと思うが、確信はない。それでもその揺らぎに意識を伸ばす。揺らぎを引き上げ、自分の身体を通して子供の身体へと送る。弱いけれど、あの感覚に似ていた。


「もう少し…」


 呟いたところで、何かがその感覚を引っ張り上げるのを感じた。驚いて目を開けば、ラオが耳元で囁いた。


「続けろ」


 アレスは頷いて、揺らぎに意識を集中する。身体を流れる力。それが手を通って子供に流れていく。ゆっくりでもいい。流れればいい。エフライムたちを癒したときよりも、その力は細くか弱かったが、それでも流れがあった。


 徐々に力の本流が太くなっていく。これだと思ったところで、子供に変化が現れ始めた。痩せた状態は変わらないが、顔色が変わる。もう十分だと告げるようにラオが手を離した。それを見てアレスも手を離す。


「治った」


 ラオが宣言すれば、祈りを捧げていた夫婦の目が開く。目の前の子供の顔色に笑顔がこぼれた。


「ありがとうございます!」


 それぞれが何度もお礼を言い、扉から出ていった。


「なんか…少し掴めた気がする」


「そうか」


 ラオはそっけなく返事をするが、その瞳は優しかった。


「うん」


「次が来るぞ」


「うん。大丈夫」


 アレスの言葉を聞いていたように、エフライムが次の者達を部屋に入れた。




 その日に治療ができたのは5人ほどだった。アレスはまだできると思ったが、ラオが止めたのだ。だが治療の目処は立った。翌日から一定時間は治療に当てることにする。もちろん皆にはラオが治療をすると伝えるのだ。治療の成功率を上げるためにアレスが傍で祈っていると、エフライムやマリアにすら伝えてあった。


 アレスがラオの能力に影響を与えたことは、過去に何回かの先例がある。だから普段一緒にいる仲間は疑いもしなかった。


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