第3章 飢饉(3)
※前のページを飛ばした方への要約: ラーキエルは飢饉の実態を話した後、対策の一つとして「ミレット」という植物を教えるが、それだけでは回避できないとアレスに迫る。
「ぼ、僕は…」
今ここにバルドルが居てくれたら、きっと良いように返事をしてくれただろう。エフライムだったら笑顔で往なしたに違いない。せめてラオだけでも居たら「くだらん」と一刀両断してくれたはずだ。
だがここにいたのはライサだった。ライサはアレスと同じく、ラーキエルの言葉の強さに動けなくなっていた。ラーキエルの前で膝をついたまま、凍りつくように動きを止めていたライサを見て、アレスは逆に気持ちが落ち着いた。気圧されていたのは自分だけではない。
大きく息を吸う。そうだ。自分はこの国の王なのだ。年齢は関係ないとバルドルは言った。知恵が足りなければ持っている者を頼ればいい。経験が足りなければ経験ある者に頼ればいい。
そうやってここまで来たのだから。アレスはもう一度大きく息を吸い込んだ。
「ラーキエル。言いたいことは分かった。それで、僕は誰に相談をしたらいい?」
「ほう?」
覚悟を決めて、しっかりとラーキエルを見つめなおしたアレスを前に、ラーキエルは面白いものを見るように目を光らせた。
「今回のこの件は、あなた以外だと誰が詳しいか教えて欲しい。僕に知恵を貸せる人を教えて欲しい」
ラーキエルはにやりと嗤った。
「なるほど。これは、このババが一本取られましたのぉ」
先ほどと打って変わって毅然とした態度でラーキエルを見据えるアレスに、ラーキエルは目を細めた。
「これは先が楽しみじゃの。のぉ。ネレウス王?」
「何?」
「いや、こちらの話じゃて。そうさの。わしが知る限りになるが…」
それからラーキエルは十人程度の名前と居場所をアレスに教えた。彼らはこの国の各所に散らばっている。
「まずはこのケレスで会えるものから会うと良いですじゃよ」
書き付けた名前を見ながら、アレスはほっと安堵の息を吐いた。先は繋がった。まだ打つ手はあるのだ。
「ありがとう。ラーキエル」
素直に言った御礼に対して、ラーキエルが少しばかり寂しそうに微笑んだ。
「立派におなりですじゃな。アレス様。数年前にお会いしたのが嘘のようですじゃ」
その言葉にアレスは苦笑するしかない。何も分からずに戦場にいたあのときと、今とでは大きく違い、自分も成長したつもりだ。
「先を見てみたいが…今生でお会いできるのは、これが最後のようですじゃの」
「ラーキエル?」
「ラオと…バルドル殿によろしくお伝えくだされ」
ラーキエルは長椅子からよろよろと立ち上がった。
「扉までお見送りしましょうぞ」
全ての力を使い果たしたように壁に手をつくラーキエルを、アレスは止めた。
「いいよ。僕らで帰れるから。ラーキエルは少し休んだほうが良さそうだ」
ラーキエルがほっとしたような表情でアレスを見る。
「では、お言葉に甘えますじゃ」
「そうして。今日はありがとう。身体を大事に」
ラーキエルが黙って頭を下げた。そして再び長椅子に座ってから、思い出したようにアレスを見る。
「陛下」
「何?」
「陛下は…力を使えるようになるますじゃよ」
アレスは言葉を失った。ラーキエルがアレスにささやく。
「すぐですじゃ。願えば…すぐに使えるようになりますじゃ」
「ぼ、僕は…」
「分かっておりますよ。じゃが、偶然は必然。積み重ねを呼ぶのが運命ですじゃ」
ラーキエルの光る薄茶色の瞳が、下からアレスを見上げている。
「陛下の守護者たちに祝福を。さあ、往きなされ」
アレスはラーキエルを見つめ返し、軽く目礼だけすると彼女の家を後にした。
ケレスの城に戻ってから、アレスは使いを出した。ラーキエルに教えられた人物に会うためだ。うまくいけば明日には会いに来てもらえるだろう。話はイーゴリたちにも聞いてもらったほうがいい。だから城へ呼び出すことにした。
なんとしても突破口を見つけなければならない。ヴィーザル王国に大飢饉を起こすわけにはいかない。何年も飢餓に喘ぎ、人々に絶望を覚えさせるわけにはいかない。それはアレスの王としての義務だ。
窓の外を見れば、門前に群がる人々。癒しの力をラオの力と信じて、断られても諦めきれずにいる人たちだ。当たり前だ。諦められるわけがない。アレスは今ですら、エフライムを失いそうになったときのことを思い出せば胸が苦しくなる。門前に居る人々も同じだ。自分の親しい人を、愛する人を失いたくなくて必死に縋っているのだから。
自分の癒しの力は、必要に駆られれば出る。だったら…必要に駆られればいい。追い込めばいい。それなら力は発揮されるだろう。
部屋の傍で控えていたライサに声をかける。
「ラオを呼んで」
アレスがこのように人を呼びつけるのは珍しい。どちらかというと押しかけるほうが多いのだ。何かを思いつめたような、決意したような横顔に、ライサは黙ってお辞儀をしてするりと部屋から出ていった。




