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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第2章  覚醒(8)

「ダメなものはダメだ」


 アレスが持ち出した話を、ラオは開口一番に却下した。アレスの部屋よりもさらに質素な部屋がラオに与えられた部屋だった。これはラオを侮ったわけではなく、この城はどこへ行っても質素だからだろう。アレスの部屋ですら装飾がほとんどない部屋なのだ。


「どうして」


 アレスは部屋にあった椅子に座り、周りでうろうろと歩き回るラオを見上げていた。


「思い出してみろ。俺には癒しの力はない。お前に力を貸しただけだ」


「じゃあ、ラオが治すふりして僕が治したら?」


 ラオの横目でアレスのことを見下ろしてくる。


「それができれば苦労しない」


 アレスは眉を寄せた。


「僕にそれができないと思うの?」


「できないだろうな」


 その言葉に、アレスの目つきが怒りを帯びたものになる。


「僕はできるっ。エフライムたちを治したのは僕だ!」


「声が大きい」


 ラオの足が止まった。その透き通るような色素の薄い瞳がアレスのことを見つめる。


「力は出すだけでは使いこなせない。きちんと方向性を持たせてやることが必要だ。お前がこの前やったことは、とにかく力を注ぎ込んだに過ぎん」


 アレスは言い返そうとしたが言葉がなく、不機嫌な表情のまま黙り込んだ。


「あれは必要に駆られて信じられないような力が出たようなものだ。逆に言えば、必要に駆られていない状態で、意識的に使えるかどうかわからんぞ」


「一度使えれば、いつでも使えるんじゃないの?」


 不貞腐れつつも、アレスはラオに問う。


「そんな簡単なものではない」


 ラオはアレスの前にあった椅子を引くと、そこへ腰掛けて身をもたれ掛けさせた。目を覆うように片手を置いたことで、ラオの瞳はアレスから見えなくなる。


「じゃあ、さ。呪文でパパッと」


 ラオが指の隙間から、じろりと横目で睨んだ。


「呪文とは何のことだ」


「たまにラオが呟くじゃない。あれを教えてもらったら、僕にもできるかもって」


「くだらん」


 切り捨てるように言われた言葉に、アレスはラオの前で仁王立ちになる。


「くだらなくないよ。僕は真剣だ」


「その発想がくだらん。俺が呟いている言葉など覚えたところで何もできん」


「なんでっ」


 ラオは自分の目を覆っていた手を下ろし、仁王立ちをしているアレスを射抜くように見つめる。


「あれは自分自身の精神統一のためだ」


「え?」


「あの言葉は他人にとって、何の意味もない。例えるなら、戦いに行く戦士が戦いの女神フレイムの名を唱えて集中するようなものだ」


「うそ…。だって、あんなに種類が…」


 ラオがため息をつく。


「集中の度合いや、使う力によって分けている。あんなもの無くても力は使える。ただ気持ちの問題だけだ。お前だってあの晩、力を使うときに儀式めいたものはしていない」


 その事実の指摘にアレスは思い出した。確かに自分の中から沸き起こってきた力を使っただけだ。


「確かに…そうだけど…」


 一瞬、考え込んだ後に、アレスはきつい視線でラオを見返した。


「ラオは意地悪だ」


「何を…」


「見知らぬ人は助けたくないだけだ」


「そんなことは誰も言っていない」


「だってさっきから、できない理由ばかりを並べてるじゃないかっ」


 ラオはアレスから顔を背けると、俄かに立ち上がった。


「なんだよっ」


 アレスを無視し部屋の置くへと向かうと、旅の荷物の中から何かを取り出した。手に握られていたのはナイフだ。


「何を…」


 アレスが見ている目の前で、ラオはそのナイフで自分の親指に傷をつけた。


「ちょっと。ラオ」


 その傷ついた手をアレスの目の前に差し出す。


「治してみろ」


 アレスは目を見開いたが、すぐにふっと笑う。


「簡単だよ」


 ラオの手を掴み、力を流す。思い出すのはあの夜の身体から湧き上がる力。


 だがいつまでたっても、あの力の本流はアレスの中から現れなかった。


「あれ?」


 目の前のラオの手も傷ついたままだ。


「ちょ、ちょっと待って」


 もう一度集中する。しかし、力が湧き上がってこない。できるはずだと焦るが、焦れば焦るほど集中力が失われていく。


 ラオが大きくため息をついた。


「お前の周りにいるマギは、皆、生まれたときからマギだ。俺も、マリアも、ライサも」


 アレスはラオの手を握り締めたまま、のろのろと顔を上げた。


「生まれたときから、力の使い方について身をもって学び、そして御してきた」


「僕には無理だっていうの?」


「無理だとは言っていない。だが今すぐに、その力を使いこなすことは難しい」


「でもあの時は使えたのにっ」


 アレスは自分の感情を発散するように、拳を握った手でテーブルを叩いた。


「そんな風に暴れてもどうにもならん。できるときと、できないときのバラつきが大きい能力は役に立たん」


「酷い」


「何も酷いことは言っていない」


 アレスがじっとりとラオを見る。


「そんな目で見ても無駄だ。お前がなんと言おうと、例え王としての命令だとしても、できないものはできない」


 なおも何かを言い募ろうとしたが、アレスの口からはそれ以上の言葉が出てこなかった。ただぐっと唇を噛むと背中を向けて、ラオの部屋から出ていった。



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