第2章 覚醒(7)
「それからこっちを見て欲しいっす」
タキが二つほど離れた区画の畑へとアレスとライサをつれていく。
「こっちはイモなんすけど、ここに来るまでに見た灰色の植物ってこれっすか?」
タキが指差した先には、葉先から灰色に枯れた植物が植わっていた。アレスが頷けば、タキが大きなため息をつく。
「こうなると、イモは取れないっす」
「取れないというのは…イモも枯れるということ?」
「そうっすね。葉が枯れ始めると、一斉に枯れるっす。そうすると植えたものが全部ダメになるっす」
「つまり…どういうこと?」
アレスのその問いに答えたのは、後ろから付いてきていたイーゴリだった。
「つまり…この後、ジャガイモの収穫は見込めず、身体の一部が黒くなって落ちる病が始まる兆しがあるということです。陛下」
くるりとアレスは振り返った。
「でも、ジャガイモがダメなら、ほかの食物を食べれば…」
「この悪魔の爪にならないように、麦を燃やす必要がある。麦の収穫量も減るでしょう。その上、多くの民が食事としているジャガイモが不作。こうなったときのために、うちでは収穫量が見込めるトウモロコシを作っていたんですが…。こんなに進行が早いとは」
イーゴリが苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ほかに何か手立ては…」
「今のところお手上げです」
アレスはじっと灰色になった葉を見つめた。ここへ来る道中で見た枯れ果てた畑も思い出していた。
「一体どうしたら…」
アレスの呟きに答えるものはいなかった。
畑での視察を終えて、暗い気持ちで城へと戻ろうとしたところでどこからか騒ぐ音が聞こえてきた。距離があるから微かだが、それでもかなりの人数が大声で怒鳴っているのが分かる。
アレスが立ち止まると、イーゴリとベルフェが落ち着かない様子で顔を見合わせた。
「あの騒ぎは?」
「あれはですね」
ベルフェがどのように伝えるか、考えるようにしてから答え始める。
「あの…クレテリス候に病気を治してもらいたいと押し寄せてきた者達でして…断ったらあのようなことになってしまって…申し訳ありません」
アレスは予想だにしなかったことに、一瞬うろたえた。まさか自分がやったことがこんな大事になるとは思っていなかったのだ。
「ラオは…なんと?」
「できない、と一言だけ」
ベルフェは一瞬だけ目を伏せてから、今度は意志を持ってしっかりとアレスを見つめた。
「今回のことは、城に入れた医師が広めてしまったようで、申し訳ありません」
「それは…」
許すと言えばいいのか、処罰すると言えばいいのか、アレスが考えあぐねていると、ベルフェはさらに言葉を重ねる。
「あの武官の方々の状態は…こう言ってはなんですが、助かるものでは無かったと聞いております」
「う…ん」
「それを助けたクレテリス候は、本当に素晴らしい。人のために動いてくださるマギがいるとは」
そう言ってしまってから、ラオのことをマギと断じてしまったことに気づいてベルフェは慌てた。
「いえ。あの…すみません。マギではないです。いえ。あの素晴らしいお力だと思いますが…あの…」
アレスは複雑な気持ちを抱きつつも、できるだけそれを出さないように努力していた。
「ラオは…遠見だから」
「あ、あの…そうですね。素晴らしいお力をお持ちの遠見様です」
もう何がなんだか分からない状況になりつつも、ベルフェはなんとか建て直した。
「それで、そのお力を少しばかり我らケレスの民のためにお使いいただけないでしょうか」
「それは…」
「お願いいたします。陛下。陛下から命じていただければ、クレテリス候も快諾してくださることと存じます」
ベルフェが頭を下げる。
「私からお願いします。陛下」
イーゴリもその後ろで頭を下げてきた。
二人のその姿を見て、アレスは少しだけ考え込んだ。そうだ。ラオが治すふりをして自分が治せばいい。そう思案してから二人に返事をする。
「ラオと話してみる」
二人が顔を上げて、ぱっと明るい表情をする。
「ありがとうございます!」
アレスは満足そうに頷いた。




