第2章 覚醒(3)
ヴィーザル王家の秘密。王家は強力な力を持つマギを排出する。そして力の強い者が次世代の王として選ばれる。だからこそ…王家は自分たちだけが力を持つために、その力を持っていることを隠すために、マギを排斥してきたのだ。
マギの力は強力な兵器だ。それはラオの力が証明している。その認識は脈々とヴィーザル王国の王家では受け継がれてきていた。ただひたすらに隠されながら。
「現在、ヴィーザル王国と隣接しているトラケルタ王国、バーバラス王国、そしてバーバラス王国の北にあるタトラスノール帝国は、ヴィーザル王国の初代が起こした国ですじゃ。もともとは一つの国だったのが、力が分散し分裂しましたのじゃ」
あの日、総司教イエフ・シャインは静かににアレスに語った。
「だからこそ、各国にマギを迫害する文化が残っておるのです」
「じゃ、じゃあ…僕の先祖は…自分たちだけが力を独り占めするために…マギの人たちを…自分以外の人たちを苦しめてきたっていうこと?」
「そのとおりです」
イエフの答えは簡潔だった。
「陛下は純粋なる王家の血筋。願うことは何でもできましょうぞ。陛下に託されたのは、このヴィーザル王国の真の復活。トラケルタ、バーバラス、タトラスノールを、もともと我々の国だったものを取り戻すことですな。他の国ではもうヴィーザル王家の血は残っておりません」
「そんなのどうやって…」
アレスが頭を抱えたところで、いつの間にかイエフは消えていた。まるで最初から居なかったかのように、影も形も見えなかった。
しかしアレスの心には抜けない棘が刺さっていた。自分の祖先がやったこと。そして自分にもマギの力があるということ。
頭のどこかで分かっていた気もする。見えるはずのないネレウス王の過去を見たとき。マリアとラオしか見えない竜が見えること。そう。どこかで自分の感覚が人とは違うことを、長い間感じてもいたのだ。
しばらく祈っていたが、少しも変化のないエフライムの状態を見ながら、アレスは焦りを感じた。
「ラオ」
「なんだ」
「ラオが力を使うときには、どうやっているの?」
「なぜそんなことを聞く」
「お願いだから教えて」
ラオがため息を吐き出した。
「そんなことをしようとするな」
「いいからっ。教えてよっ」
アレスの必死さに気おされたように、ラオが沈黙した。
「僕には力があるんだ」
「何を言っている」
「だから。あるんだってば。治せる。治す力がある」
「やめろ。アレス。その力は使うな」
「いいんだ。使うんだ。エフライムを、みんなを助けるんだからっ」
アレスが言い放ったときだった。エフライムの額に当てていた右手に向かって、体の中から何かが流れていく。荒れ狂う力の本流。大きなうねりがアレスの身体を通って、エフライムの中に流れ込む。
「くっ」
アレスはエフライムの額に当てた右手を固定するように、左手で押さえた。この力だということが本能的に分かった。身体中の力がなくなっても、この力を注ぎ続ければいい。
「やめろ」
ラオが肩を掴んだが、振り払った。
「やめない。エフライムを死なせない」
アレスは頑なに力を流し続けた。大きなため息が傍からする。
「それだと力の無駄遣いだ」
アレスの背にラオの手が当てられる。反対側の手はエフライムの額に固定された手の上に重ねられた。
「絞り出さなくていい。流れに抗う必要もない。流すだけだ。お前が身体の力を抜けば、今なら何もしなくてもエフライムに流れ込む」
言われるままに身体の力を抜く。楽になると共に、ラオからも暖かい何かが背中の手を通って流れていくのが分かる。
「ラオ」
「俺の力も使えばいい」
「ありがとう」
目の前で徐々にエフライムの顔の腫れが引いていく。
「顔が…」
「ああ。元に戻ってきたな」
じっと力を流し込んでいると、エフライムの全身の腫れは戻り、熱も下がっていくようだった。
「もう大丈夫だろう」
ラオがそういってアレスの背中の手をはずしたところで、アレスはその横に横たわっていたオージアスの額に手を置いた。
ラオが呆れたようにアレスを見る。
「まだやるのか」
「やる。みんなを助ける。死なせない」
アレスの言葉にラオはため息をついたが、諦めたようにふっと笑った。
「お前らしい。わかった。付き合おう」
再びアレスの背中にラオの手が置かれた。
全員に力を注ぎ終わり、ある程度治療が終わったのは朝だった。
「もう無理。動けない」
最後の一人が落ち着いたのを見て、アレスがばたりと横に寝転べば、その横にラオも寝転がった。
「俺もだ。こんなに力を使ったのは久しぶりだ」
「疲れるね」
「そういうものだ」
ラオはふっとアレスに笑いかけてから、まじめな顔になった。
「これは…俺がやったことにしておけ」
「ラオ?」
「嘘ではない。俺の力も使った」
「だけど…」
ラオがゆっくりと首を振る。
「マギは俺一人でいい。だから黙っておけ」
なおも迷うアレスに向かって、ラオは笑いかけた。
「いつか…マギが普通に暮らせるときになったら、お前が明かせばいい。今はやめておけ」
「ラオ」
「お前は王になった。偉い奴はうかつに正体をばらさないもの…らしい」
「誰に言われたの?」
「ジョエル・カンボン」
アレスはラオの副官として、よくやっているといわれている男を思い出した。今はラオが領主をしているクレテリス郡のグィード村にいるはずだ。
「ラオはいいの?」
「俺は今更だ」
「それもそうだね」
身体はだるいが、気持ちはすっきりとしていた。悩んでいたのが嘘みたいだった。使える力なら使えばいい。それでいい。今はそれでいいと思えた。
「アレス?」
ラオの声が遠くに聞こえる。
「眠ったか」
ラオの声も眠そうだ。きっと二人してここで眠ってしまうだろう。そう思いながらも起き上がれずに、アレスはゆっくりと意識を手放した。




