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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第1章  王の旅(10)

「改めておいで下さってありがとうございます」


 イーゴリとともにベルフェもタキも一緒に頭を下げる。アレスは落ち着いてそれを受けながら、話の先を促した。


「手紙では状況の説明がありませんでした。何か珍しいものでも?」


「ああ。そうなのです。実はトウモロコシの改良に成功しました」


 勢い込んで話し出すイーゴリに、ベルフェが後ろから咳払いをする。


「あっと…いや、そっちじゃないんです。そっちも見ていただきたいんですが…」


 そこでイーゴリが困ったようにアレスの後ろのエフライムとラオに視線を移した。


「あのですね…内密なお話がありまして…」


 アレスはイーゴリを見た後で、後ろのエフライムとラオに振り返り、またイーゴリに視線を戻した。


「彼らは大丈夫です」


「しかし…」


 言い募ったところで、エフライムが口を挟んだ。


「フレミア公。申し遅れました。私は近衛隊長を拝命しております、エフライム・バースと申します」


「近衛隊長…つまりえっと…」


「ラフドラス伯爵様です。この国の四役のお一人になります。フレミア公」


 後ろからベルフェが耳打ちする。


「それからこちらは、ラオ・メイクレウス。クレテリス侯爵です。また王の相談役である遠見でもあります」


 エフライムの説明にイーゴリはまじまじとラオを見つめた。


「あなたがあの有名な…」


 イーゴリは瞬きを数回すると、我に返ったように口を開く。


「あのうちのラーキエルから聞いていました。王の傍にその…非常に力のあるマ…あの…えっと…」


 マギと言おうとして言うのが憚られることに気づいて、またイーゴリがあたふたとし始めた。エフライムがそれを救うように話を変えた。


「そういえば、ラーキエル殿はいらっしゃらないのですか」


 ラーキエルの名前に、アレスの背中が強張る。エフライムとラオは怪訝に思いつつも今ここで問うわけにもいかず、イーゴリの返答を待った。


「あー。ラーキエルは身体を壊していて…今は家で寝ています。まあ、いい歳ですし」


 ぽりぽりとイーゴリは頭をかくと、再びアレスに視線を移した。


「じゃあ、あの、まあ、いいってことで」


「はい。どうぞ」


 アレスの促しにイーゴリは自分の気持ちを落ち着けるように、一度深呼吸をした。


「実はですね、ラーキエルが予言をしまして」


「予言?」


「はい。その予言というのが」


 そのとき扉を遠慮がちにノックする音が響いた。すぐにベルフェが対応するべく扉のところに行く。


 この城のものだと思えるものが、ベルフェに何やら耳打ちをし、ベルフェの顔が緊張した。すぐにソファーセットのところに戻ってきて、アレスに対して頭を下げた。


「お話の途中で申し訳ありません。しかし、お連れの方々が倒れられたとのことです」


 アレスは思わず首をかしげた。


「方々? 誰が倒れたの?」


「非常に申し上げにくいのですが…一緒にいらっしゃった武官の方々が皆さん…」


 アレスはあまりのことに驚いて立ち上がった。


「みんなが?」


「はい」


「どこ?」


「こちらです」


 ベルフェがアレスを先導して、隣の部屋へと移ろうとしたところをラオが止めた。


「待て。俺が行く」


「ラオ?」


「なんらかの病気だったらまずい。お前はここにいろ」


 ラオがアレスの前に出たところで、後ろからドサリと重いものが落ちる音が聞こえた。アレスたちが振り返った先には、エフライムが力なく倒れていた。





 用意された部屋に近衛たちは運び込まれた。部屋に入れずに待たされていたアレスは、フレミア公が用意した医者と共にラオが部屋から出てきたとたんに駆け寄った。医者はひとまずフレミア公へ報告をすると言って、アレスに一礼すると去っていった。


「みんなは?」


 アレスの問いにラオは眉間にしわを寄せて、今出てきた扉のほうを振り返った。


「酷い熱だ。それに…身体のあちらこちらが腫れている。多分、今まで身体の不調を隠してきたのだろう」


「どういうこと?」


「噛まれたり爪で裂かれたりした傷が熱を持って、そこから全身に腫れが広がっている」


「狼の…」


 ラオが頷いた。


「ここ数日が山だ。熱が高すぎて意識がない者が多い。それに…傷を負ったところは元には戻らないだろう」


「それって…エフライムは? エフライムの左腕は?」


 扉の中に入ろうとするアレスをラオが身体で止める。


「エフライムが一番酷い。左腕どころではない。身体中が酷いことになっている。あれでよく動いていたものだ」


「そ、そんな…」


 アレスはラオのローブを掴みながらも、足から力が抜けていき、ずるずると床へと座り込んだ。


「エフライムは…助かるよね?」


 ラオが沈黙した。その沈黙の意味するところがアレスには怖い。


「ラオ…」


「何だ」


「何人…生き残る? ラオの…予想では」


 一瞬の躊躇の後に、絞り出すような声がアレスの耳に届いた。


「一人か…かろうじて二人」


 かくん。その言葉を聞いて、完全にアレスの力は抜け意識が遠のいていた。


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