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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第1章  王の旅(8)

 夜が明けないうちに、トムソンも息を引き取った。これ以上獣に食い荒らされないように、残った者達で穴を掘り死体を埋めた。アレスが神官の代わりとして祈りを捧げ、ささやかな葬式が終わる。



「出発」


 エフライムの掛け声で一行が動き出す。御者台には、亡くなったニキの代わりに一行の中で最年長であるクライブ・マレットが座った。戦車(チャリオット)の御者をやっていたこともあるそうで、なかなか巧みな手綱捌きで馬車を動かしている。


 オージアス・ザモラの小隊所属で、筋肉質の焼けた肌に短く刈りそろえた赤毛。大柄な体格はユーリーと良い勝負だ。


 相変わらずどんよりとした天気の中、一行は道を急いでいた。アレスは知らないことだが、狼の群れは森の奥で暮らし、彼らの領域を侵さない限りは人間を襲ってこない。それが街道のすぐ傍にまで来るということは、やはりこの一帯で何かが起こっていると考えるべきだろう。


 何度目かの休憩の際に、エフライムがラオの傍までやってきた。


「ちょっと相談があるんです」


 そう声をかけると、ラオを伴って声が聞こえない程度の場所まで離れていく。しばらくそうして話した後で、二人は元の場所へと戻ってきた。



 その晩もまた野宿だ。街道の傍とはいえ昨日の今日で、用意をしつつも不安の色が隠せない。そのときだった。その場所に壁を作るように、周りを暴風が吹き荒れていく。


 思わず中央に集まって、何事かと周りを見回す一同に向かってエフライムがさらりと告げた。


「今晩からは、この中は安全です。この風がどこから来ているかは、詮索しないように」


 そう言われても皆の視線がその隣に立っていたラオに向かい、納得したような表情になる。だがアレスの目に見えていたのは空で動く竜だった。マリアの使役する竜、ベガ。ほかの者達には見えない竜。


「念のため交代での見張り番はします。ただしこの中で。危険ですから外には出ないでください」


 緊張した面持ちで近衛の面々が頷いた。


 荒れ狂う風の音の中でも、疲れが溜まっていたせいでアレスは眠り込んでいた。ライサは風に痛む周りの木々の声を遮断するように、身体を小さくして震えていた。身体は泥のように重くなり疲れていたが、精神だけが研ぎ澄まされていて眠れない。


 少しでも眠ろうとして、身体を動かしたところで微かな声が聞こえた。


「替わろう」


 ラオのささやき声だった。昨晩と同様ライサの隣はマリアで、その向こうにアレスとラオが続いている。この風の音の中で聞こえてくるということは、ラオが傍にいるのだろう。ラオが何を替わるというのだろうか。そう思って聞いていると、次に聞こえてきたのはマリアのささやき声だった。


「私は大丈夫。馬車での移動だし、この状態でもそんなに疲れないわ。それよりもあなたが寝不足で馬から落ちるほうが困ります」


 最後は小間使いとしての口調でぴしゃりと言う。ラオからの返事は聞こえてこなかった。何を「替わる」のだろう。もう一度ライサは考えた後で、ようやく訪れた眠気に飲み込まれていった。


 こうして夜は風に守られながら旅を続けて十日ほど経ったころ、ようやく森を抜けた。急に開けた視界に緑色の畑が見え、遠くを見ればケレスの城壁が見えた。今日中か、遅くとも明日にはつく距離だ。


「やっとここまで来た」


 先頭をいくゼイルの呟きは、皆の気持ちであった。


 逸る気持ちのままに馬を進めたためか、城壁についたのはぎりぎり陽が落ちる直前、あたりが赤く染まる時間だった。門の中に入ると、フレミア公からの迎えが来ていた。


 数人の男たちが馬を連れて整列していたが、エフライムに対して挨拶だけするとすぐに馬車を城へと向けて先導し始めた。


 街の中とはいえ道は広く取られていた。門からまっすぐに伸びた道は、奥に見えるフレミア城へとつながっている。外から攻められることが少ない街特有の形だ。道の左右に店が並んでいるが、平屋で間口が大きく露天に屋根がついたような雰囲気だ。道行く人たちの歩みもゆっくりで、どこかのんきな雰囲気が漂っている。


 馬車と護衛の騎馬が珍しいのか、足をとめて見物しているものもいる。その表情もどこかのんびりしていた。


 エフライムの脇に馬を並べたフレミア公の護衛官も、武人というには緊張感が足りず、牛飼いが制服を着ているようだった。日に焼けた顔が終始ニコニコとしているためかもしれない。


「嬉しそうですね」


 思わずエフライムは隣で馬を進める男に話しかけた。その男ボリースは、その言葉を嫌味と取ることもなく、さらに笑みを深める。


「それは嬉しいですよ。これでイーゴリのおっさん…いえ、フレミア公も少しは落ち着くってもんですから」


「フレミア公が落ち着く?」


「あ、それはですね」


 ボリースが話をしようとしたところで、フレミア城の城壁に着いた。話をするよりも馬車を通すほうを優先して、ボリースは「失礼します」といい置いて、門番のところへと馬を下りて走っていくと、門番も心得たもので大きな扉がゆっくりと開いていくのが見えた。


「ではどうぞ、こちらへお入りください」


 ボリースは再び馬へ乗ると、一行を先導していく。


 厳しい門が開くと、中に見えたのはまっすぐに城の玄関に続く道と城の中とは思えない光景が広がっていた。


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