第1章 王の旅(5)
馬車が進むにつれて、緑の畑は減り、灰色の部分が増えていく。とうとう畑の様相も見られず、土だけが広がる景色となってきた。
「これは…」
先頭を進むゼイルの呟きが、馬車の左前にいるエフライムに風にのって聞こえてくる。右側にいるオージアスを見れば、彼も周りの風景に圧倒されていた。本来であれば穀倉地帯であるはずの場所が、土だけになっている。
「止まれ」
エフライムは片手を挙げて、全体に停止をかけた。そのまま馬車の真横まで行き、アレスに声をかける。
「まるで打ち捨てられたような状態です」
アレスは驚きを隠せずに、エフライムの言葉に頷いた。
「お、降りる」
「わかりました」
エフライムは馬から下りて、馬車のドアを開けた。周りに自分たち以外に人の姿が見えないのは確認済みだ。
目の前に広がっている光景にアレスは困惑した。
「一体何が…」
周りを見回すが、答えられるものはいない。しばらく呆然と立ち尽くした後で、何も得られないまま馬車へと戻り、道を進むこととなった。
夕刻になるまで道を進んだが、風景は変わらない。放置されたような畑が続いていく。やがて遠くに村と思われるものが見え始めた。村と言っても、ぽつりぽつりと家や納屋がある程度だ。
「妙だな」
オージアスが呟いて、エフライムのほうへと馬を寄せる。
「どうしました?」
「夕刻だというのに、煮炊きの煙がない」
エフライムの目がすっと細められる。
「確かに…おかしいですね。ゼイル」
先頭を行くゼイルに声をかけると、ゼイルは心得たように馬を走らせていく。ゼイルが戻ってくるまで、エフライムは一度列を停止させた。オージアスが馬車に近づき、アレスに状況を説明する。
すぐそこの村なのに、ゼイルがなかなか戻ってこない。業を煮やしたユーリーが見に行こうと声をかけたときに、ゼイルの姿が村のほうから現れた。そのまま一直線に馬を走らせて戻ってくる。
「誰もいません」
ゼイルの顔は青ざめていた。
「誰もです」
何かあったときのことを考えて、アレスたちは馬車に残された。エフライムが厳しい顔つきで、騎乗したまま馬車の傍にいる。ラオはアレスの位置からは見えないが、同じように厳しい顔をして馬車の後ろにいた。
アレスは不安な気持ちのまま、窓からじっと近衛たちが村のあちこちを調べて回っているのを見ていた。オージアスが村の真ん中にいて、その場所に調べ終わった兵たちが戻ってきて報告している。やがてそれも終わり、オージアスが馬車へと近づいてきた。
「村の中は人がいないだけで、異常はありません」
「ここへ泊まるのは可能ですか?」
「死体は発見できなかったので、疫病などではないとは思うのですが…。村の放棄理由は不明です。家畜もいないので引き連れて出ていったとしか…」
エフライムはしばらく考え込んだのち、頷いた。
「では、今晩はここへ泊まりましょう。屋根と壁があるだけでも大分違いますからね。野宿よりはマシでしょう」
エフライムはふり返って、アレスの了承を取ると馬車を村の中へと入れた。
本当に家財道具も持って逃げ出した状態のようだった。当てにしていた食料も無かったので、野営用に持ってきた乾し肉などで簡単な食事となる。夜半から雨が降り始め、屋根があることだけでも皆、感謝したのだった。




