第1章 王の旅(3)
アレスの気持ちが変わらないまま、一ヶ月が過ぎた。まるでアレスの気持ちを代弁するように、このところ天気は晴れないまま、雨の日が多い。初夏なのに肌寒い日も続いていた。
「またフレミア公からお手紙です」
アレスの執務室へ、お茶と共にマリアが運んでくる。
「ん」
ちょうどサイラスから城内の仕事の人事についての説明を聞いていたアレスは、気のない返事でマリアへと返事をした。サイラスが眉を顰める。
「もう4通目ぐらいですか?」
「そうですね。一週間と開けずに手紙が来ていますから」
万が一届かなかった場合のことも考えて、複数送ってきてはいるのだと思うが、それでも書いた日付がずれている。明らかなにアレスが動かないことを見越しての招待状兼催促上だった。
「やはり…何かあるのではないでしょうか。バルドル殿はああ仰いましたけれど、せめて陛下の名代として誰かを視察にやるとか」
「行かせなくていい」
手紙にはアレスに来て欲しいと書いてあった。王に現状を見て欲しいと。だがアレスは躊躇していた。もしもその目的が農作物ではなく、ほかのことであれば? 答えが出ないまま日が過ぎていた。
アレスの思考を乱すように、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはライサだった。盆の上に手紙が乗せられている。サイラスが視線で問えば、ライサが頷いた。
「陛下。これは尋常なことではございません」
「だけど…」
サイラスが困ったようにアレスを見る。
「陛下。執務中に少し私的な話をするのをお許しください」
「何?」
「イライラなさるのもわかります。そういうものです」
「簡単に分かるなんて言わないでよ…」
アレスは呟いたが、サイラスは聞こえなかったふりをした。
「私には陛下より1つ年上の娘がおります。その関係で同じぐらいの年の息子を持つ者たちとも知り合いなのですが、陛下ぐらいの年に感情的になることはよくあることなのです」
アレスが不服そうな上目遣いでサイラスを見るが、サイラスはやはり気づかないかのように受け流した。
「イライラしたり、他人に当たりたくなったり。そういうものです」
「別にイライラしてない。他人にも当たっていない」
「そうですか?」
静かに問われて、アレスは「うるさいっ」と怒鳴ろうとして押し黙った。今、指摘されたとおりだ。
「陛下。私も人の親です。けれども心を鬼にして申し上げます。どうか感情に振り回されることなく、ケレスから何度も手紙が来ることの意味を受け止めてください。何かあるはずなんです」
サイラスが静かに、けれども有無を言わさない強さでアレスを見つめる。その様子に漸くアレスも重い腰を上げる決心をしたのだった。
ケレスへの旅の用意は急ぎ進められた。アレスにしてみれば、王が城からいなくなるのは大丈夫なことなのかと思うが、歴代の王も自分の領地の視察にはよく行っていたらしい。多いものになると、年の半分以上が領地を巡る旅に費やしていたそうだ。
随行するのはラオとエフライム、近衛のオージアス隊とユーリー隊。近衛は全部を連れていくのは多いということで、この2隊。10人ほどとなった。
さらにアレスの身の回りをするものとして選ばれたのは、マリアとライサ。その話を聞いたときにライサは困惑した。もともとライサは、トラケルタ国バルテルス家のお嬢様だ。身寄りが無くなり小間使いになって、なんとか生活しているが、周りのものよりも不器用であることは自分でも意識している。
アレス暗殺未遂事件の際にライサはアレス付きの小間使いとなったが、その実情は小間使いというよりも、アレスの身の回りを守るものだったはずだ。しかし何もできなかったのだ。一人で空回りした自覚はある。同じく小間使いとしてアレス付きになったマリアとは雲泥の差だ。彼女は有能で、身の回りの世話もしっかりできる女性だ。
しかし辞退をすることはできない。人選は命令であり、決定事項だ。ライサはやむを得ずに旅の用意をすることとなった。
アレス、反抗期です。




