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ヴィーザル王国物語  作者: 沙羅咲
獅子の爪
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第1章  王の旅(1)

 弱冠15歳の国王アレスが治めるヴィーザル王国は、北にそびえるようなブリザレクの山があり、南に広い海、東にセラスノル湖がある。西の国境はトラケルタ国と接していて、そこには長く続く国境の壁があった。


 接している国という意味では、北はブリザレクの山向こうにバーバラス王国があり、東はセラスノル湖を挟んでゲイラシュト国が広がる。


 国内は北では農業、南では漁業と商業が盛んで、近隣の国よりも富んだ国だといえるだろう。その首都イリジアにあるヴィーザル城での夕食後は、アレスの部屋に気の置けないものが集まる。一種のサロンだ。


 白髪に白い髭、一度は引退した身でありながら武人としての鋭さをもつ国務大臣 バルドル・ブレイザレク。


 柔らかな雰囲気を持ち、黙っている姿は貴公子さながらなのに、猛者中の猛者である近衛を率いる隊長、エフライム・バース。


 やや太めの体形におっとりした人のよさが出ている財務大臣、サイラス・ホール。


 王の相談役とも言える遠見、ラオ・メイクレウス。銀髪に色素の薄い水色の瞳を持つ彼は、遠見というよりはマギだというのが公然の秘密だ。


 この夜のサロンは、ヴィーザル王国四役のうち3人がそろっている。ある意味、裏の政治の場所ともいえた。総司教イエフ・シャインがいないだけだ。


 なぜかそこに混じっているのが、クレテリス侯つまりラオの元筆頭小間使いであり、現在はアレス付きのマリア・ショヴンだった。豊かな黒髪をきっちりと纏め上げて、隙のない姿勢で部屋の隅に立っている。このメンバーが集まった時点で、部屋から出て行こうとするのだが、いつも呼び止められて身の置き所がなく、部屋の隅にいるのが常だった。


「フレミア公から親書が届いていました」


 サイラスがアレスに手紙を手渡してから椅子に座る。今日のアレスの気分は長椅子だったらしい。日によって机のところにいたり、肘掛椅子に座っていたり、様々だ。今日は少し身体を斜めにして、ゆったりとした姿で座っている。


「お疲れですか?」


 サイラスが少しばかり大人しいアレスの様子を見て心配した声を出せば、アレスの後ろに控えたエフライムがくすりと笑った。


「久しぶりに剣の稽古をなさったので、少しばかりお身体が辛いようですよ」


 アレスの頬が赤くなる。


「言わないでよ」


「日ごろの訓練が足りぬのじゃよ。たまには徹底的に稽古するのも良いことじゃて」


 バルドルには言い返せないのか、アレスは不満げな顔をしつつも黙って手紙に目を落とした。


「フレミア公はなんと?」


 サイラスが問えば、アレスが手紙を手渡してくる。


「僕に穀物を見に来いって」


「穀物?」


「穀物ですか?」


 サイラスとエフライムの声がそろう。サイラスは渡された手紙にさっと手を通した。丁寧な挨拶の後に、改良に成功した穀物があり、ぜひ見に来て貰いたいということが書いてあった。その手紙にバルドルが手を伸ばしてきたので渡す。


「なんで僕が…。穀物なんてその辺でも見られるのに」


 アレスが不満そうに呟く。その呟きにエフライムとバルドルがちらりと目配せをした。


 このところアレスの機嫌があまりよくない。何かにつけてイライラとしている。誰かに当たりちらすということはしないが、前のように素直に言うことを聞くという雰囲気でもなかった。


「フレミア公がそのような手紙を出してくるのは珍しいですね」


 アレスの呟きは綺麗に聞こえなかったふりをして、エフライムがいぶかしげに言う。季節は初夏へ移ろうとしている時期であり、確かに旅をするには悪くは無い季節だ。しかし穀物の改良であれば、王に見せなくても報告だけでも良いようには思える。


 バルドルもエフライムの疑問を肯定するように頷いた。


「そういえばそうじゃの。フレミア公…イーゴリ・クルフが、このような用件で手紙を出してくること事態が妙じゃ」


 バルドルが手紙を読み終わり、エフライムに手渡す。エフライムは裏表と紙を透かして何の変哲もないことを確認してから、手紙を読み始めた。


「行ってみたほうがいい」


 ラオがぼそりと呟くように言う。バルドルがあごひげを撫でながら思案した。


「そういえばケレスにはラーキエルがおったな」


「ラーキエル?」


「ああ。あの戦場まで来たお年を召した女性ですね」


 サイラスの問いにエフライムが答える。彼の言葉にアレスも数年前を思い出した。戦場までわざわざフレミア公がアレス側につくと言いに来た老女。マギでもあるラーキエルだ。本人の言葉を信じるならば、フレミア公も頭が上がらないとのことだった。


「そんな言い方をせんでも、婆で十分じゃ」


 口の悪いバルドルに笑っていいのか嗜めたほうが良いのか、見極めがつかず、思わず皆が黙り込んだ。


「面倒くさい。誰か行ってきてよ」


 アレスの言葉に一同が眉を顰める。少し前のアレスならば、新しい土地を見られるとあって一番に飛び出していっただろう。


「それに僕はあの…女の人には会いたくない」


 ラーキエルをなんと呼ぶか迷って結局無難な呼び方で呼ぶと、アレスは不貞腐れたようにそっぽを向いた。


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