酔っ払い(3)
すでにアレスはぐっすりと眠り込んでしまった。普段なら気づいてベッドに運ぶであろうバルドルもエフライムも、目の前の盃を乾すことに夢中になっていて、そこまで気が回らない。仕方なくオージアスがアレスを寝室へと運んでいった。
「ここまで飲むのは久しぶりじゃ」
「そうですね。私もハウトと飲み比べたとき以来です」
「ほう。あの男と飲み比べたか。どっちが勝った?」
「相打ちですね。いや。微妙に私の勝ちでしょう。最後に見たのはハウトが机に突っ伏すところだったので」
「ふははは。それは勝ったというのかのぉ」
「翌日は、お互い酷い二日酔いで、勝負はどうでも良くなっていたんですけどね」
「まあ、そうじゃろうな」
ポツリポツリと交わされる会話を、オージアスとユーリーは聞くとはなしに聞いていた。こういう場合の会話は聞いても、聞こえていないふりをする。それがルールだ。
しばらくとりとめのないことをエフライムとバルドルが話していたが、ふっとオージアスは背中から鳥肌が立つほどの寒気を感じ始めた。
となりのユーリーを見れば、ユーリーも何かを感じたのだろう。オージアスと目が合う。
まるで猛獣の隣にいるような、狼の群れに囲まれたような…そんな気配を感じる。こっそりとドアを出て、廊下にいるものに異常がないか確認するが、異常なしだ。いや。ドアを出ると気配が途絶える。
意を決して中に入ると、またしても恐ろしいぐらいの獰猛な気配が襲ってくる。その気配の出所を探っていき、エフライムの顔を見た瞬間にぞっとした。
酒を飲んでいる姿が、生き血を啜っているように見えたのだ。思わずユーリーを見れば、ユーリーも気づいたのだろう。青ざめた顔でエフライムを見ている。
バルドルがその視線に気づいて、片手でこちらを払うような合図をした。その動きに我に返り、元いた位置に戻って、部屋の中心の誰もいない場所に視線を移す。
「おまえさんも鬱屈しておるな」
酔っていると言いつつも、いつも通りの口調のバルドルの声。
「そうでしょうか」
「溜め込んだものが漏れておるぞ」
「漏れますか?」
「漏れておるな。まあ、あまり抱え込むな。おまえさんには頼れる仲間がいるじゃろう」
「仲間ですか」
「そうじゃ。アレスを守ってくれるのは嬉しいが…。気負いすぎると疲れるぞ」
「気負ってなんかいませんよ」
「そうかのぉ」
エフライムがぼーっと天井を見つめた。
「仲間…そうですね…。仲間…ですね」
「そうじゃろ? ラオも近衛の皆も頼りがいがあるじゃろうて」
「…」
無言になったエフライムに、オージアスは切ない気持ちになった。だがそれは杞憂だったようだ。
「そう…ですね」
すこしばかりろれつが回らなくなったエフライムの声が聞こえてくる。
「そうじゃ。少し肩の力を抜いても大丈夫じゃよ」
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫じゃ」
「だい…じょう…ぶ」
そう切れ切れの声が聞こえたとたんに、ドスンと音がした。慌ててエフライムのほうをみれば、グラスを握ったまま椅子から落ちている。
「部屋につれて行くが良い。この勝負、わしの勝ち…じゃ」
そう言ったとたんに、バルドルも机につっぷした。
「結局、誰が勝ったの?」
翌日のアレスの無邪気な問いに二日酔いの面々は答えられず、ただ一人最後まで飲んでいたと思えないほどいつも通りの顔をしたバルドルが、にやりと嗤った。
「わしじゃよ」
その言葉にアレスは惜しみない賞賛の拍手を送った。
オージアスもユーリーも勤務中に知りえたことについて、外に漏らすようなことはしない。そのために自分たちが室内にいたのだから。よって酒勝負の詳細については秘されたまま、アレスが眠った後も朝方まで飲み続けていたバルドルとエフライムの強さだけが語り継がれることとなった。




