酔っ払い(2)
最初に酔っ払ったのはサイラスだった。
「私は弱いんです」
言葉通り、2杯ほど飲んだところで真っ赤になり居眠りを始める。
「す、すみません…」
そう言いつつ、サイラスは椅子の背にもたれた形で眠ってしまった。そのまま寝かすのは可哀相なので人を呼んで客室へと移動させる。
次に酔っ払ってきたのはラオだった。だが、アレスはラオの酔っ払い具合を見て、二度と過ぎた酒は飲ませないと心に決めることとなる。
「おい。そうだ。その通りだ」
いきなり、誰もいない空間に向かって喋りだしたのだ。
「ああ。分かっているが、無理だと思う」
「なんだって? ああ。そうか。それは気の毒だったな」
明らかに誰かと喋っている。
「ラオ? 誰と話しているの?」
アレスが尋ねたとたんに、ラオの視線が部屋の中へと戻ってくる。目が空を見ていて、どこか視線がおかしい。
「ああ。恨んでいても、その男は気づかないぞ」
エフライムの真横の空間に向かって話し始める。これにはエフライムも驚いて、自分の隣を見つめるが、何も見えない。だがラオには何か見えているようだった。
「無理だ。その程度じゃ死ぬわけがない」
また何かに返事をする。心なしか部屋が冷たくなってきた気がする。アレスが寒気を感じて腕をこすったところで、エフライムが動いた。
「ラオ、寝たほうがいいですよ」
ラオの目を見てゆっくりと伝えた。ラオの色素の薄い瞳がエフライムを見つめる。
「お前は…重くないのか? そんなに…」
エフライムは微かに首を振った。
「大丈夫ですよ。私はそういうのは気づかない性質なんです」
「そうか。でも重いだろう。祓ってやろう」
ラオが覚束ない動作で右手をエフライムの肩のあたりでふらふらと振る。気のせいかエフライムは肩が軽くなったような感覚を覚えた。
「とりあえず、ある程度は消えた」
本当かどうか確かめる術はない。だがこの目の前の銀髪の男を信じることにする。
「ありがとうございます。では、さあ、寝てください。歩けますか?」
「ああ。大丈夫だ」
そう答えつつも、ラオはタイミングよく呼ばれてきたマリアの肩を借りて、よろよろと立ち去っていった。
残るはあと二人。バルドルとエフライムだ。二人ともペースも顔色も変わらない。
「やりおるな」
バルドルが酒を口元に運びながら嗤った。
「まあ、昔からあまり酔わないんです」
エフライムがなんでもないことのように言い返す。そのまま二人はどんどんと盃を重ねていく。
夜も更けて、アレスが飽きてうつらうつらとし始めたころ、バルドルが根をあげた。
「もうこの辺りにしておくとしよう。これ以上飲んだら、足腰が立たなくなりそうじゃ」
「おや? そのようには見えませんが。お年のせい…ではありませんよね?」
顔には出なくても、さすがにエフライムも酔っ払っていたのだろう。余計な一言を言って、バルドルを奮い立たせてしまった。
「何を。若いもんには負けはせん」
一度は立ち上がりかけたところで、また座って盃を重ねる。それに対してエフライムはあいまいな微笑みを見せただけで、同じだけ盃を乾していった。




