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第57話:異世界の姿

 シオンの乗る馬車、スイの乗る馬車は、何事もなく順調にお屋敷に向けて帰路を進んでいた。

 そろそろお屋敷に着く頃、その内のシオンの乗る馬車では、シオンが乗車している全員の顔を見回していた。


 (さて、どうしましょうかね)


 ナル、メル、グリムの見習いメイド3人と、保護した女性達を見つめて思考を深めていた。


 (お嬢様にはなんとご説明いたしましょうか。ありのままを話す訳にもいきませんしね)


 眉間に皺を寄せ、保護した女性達の説明に悩んでいく。


 (このような世界があることを知るには、まだ早すぎますからね)


 ふう~、1つ長めの息を吐くと、苦悩の色を濃くしシオンは保護した女性達を見つめた。

 相当の恐怖の中にいたのであろう女性達は、皆身体を震わせ、一様に瞳を見開いていた。

 カチカチと歯を打ち鳴らし、まだ囚われていた現実から抜け出せずに、見開かれた目で忙しなく馬車内をギョロギョロと見回していた。

 そして、偶に見つめているシオンと目が合うと、ひっ、と喉の引き攣った息を漏らしていた。


 (やれやれ、野盗共が、俺まで・・。とっとと、今はシオンでした。私まで怯えられているじゃありませんか。はぁ~)


 怯えられている現状にため息が漏れる。


 (まぁ、ここは一応、細々とは心を開いているナル達に彼女達のお世話を任せますか。私は・・、反応を見る限り、関わってはいけませんからね)


 そう内心で彼女達の事はナル達メイド見習いに任せるとし、シオンは再び、アリアへの説明に頭を悩ませ始めていくのであった。






 シオン達の馬車の後ろを走るスイと野盗の生き残りを乗せた馬車では、沈黙が満ちていた。

 スイがじっと簀巻き状に身体を拘束された野盗2人を見据えていた。

 野盗は呆然自失状態で、ポーっと虚空を眺めている。

 スイがその野盗達に楽しげな口調で一言呟いた。


 「今だけは、何もない幸せを味わっているといいわ」


 そう声を掛けて、無反応な野盗達を一瞥した。

 その後、多少の意識を野盗に残したまま、御者台に座るタスキに静かに指示を伝えた。


 「タスキ、お屋敷に到着後、私を正面で降ろし次第、すぐに馬車を屋敷裏に付けなさい。そして、ヴァダンと一緒にこの男達を運び出し、いつもの部屋に運んでおきなさい。その際、決してお嬢様と私の娘達の目に付かぬよう、注意して頂戴」


 「はい、畏まりました」


 タスキは簡潔に答えた。その後、タスキは前の馬車に視線を戻した。

 見つめる先の馬車で思うことは、この世界に転移して、本当に異世界と元の世界との違いをひしひしと見せつけられてきたであった。

 転移前の現代では普通に生きている分には一生関わることのない裏の世界。それに、どっぷりと浸かってきた。

 凄惨で悲惨な現実を異世界で幾度となく見てきた、タスキ。

 アニメ、漫画の空想ではない、本物の現実を仕事上、目にしてきた。

 最初の頃は、何度も吐いたし、トラウマになって眠れない事もあった。

 けれども、慣れとは恐ろしいもので、段々と心が順応、ではなく、麻痺してきたのであろう、今では何も感じずにこうして淡々と普通に、何かを、道理に悖る行為をしようとしていた野盗を乗せた馬車の御者を務めていた。その上、先に行く馬車には、囚われていた女性達が乗っているのにも関わらず、鈍った心では、ただ可哀そうだなとだけしか思えなかった。

 こういう仕事を偶にするときに思い出されることがあった。


 (本当に前の僕は平和だったんだな)


 そう内心で呟き、再び前の馬車に目を向けた。

 唯、可哀そうだな、心配だなとしか思えない鈍った心でも、もしも自らの仕える敬愛する主であった場合、どうなるだろうと想像した。

 その途端、心臓がドクンと一際高く打ち鳴り、全身の血が沸騰した様に沸き立った。

 僅かに上がる息で、その時の自身の姿を思い浮かべる。

 心は怒り狂い、野盗共を根絶やしにするまで、絶対にその怒りは収まらないだろうと、思えた。それと同時に、もしもでもそのような想像をした自身の身体が微かな震えを起こした。

 いつの間にか、白くなるまで握り込まれた手綱を持つ手が視界の端に見え、嘲笑を浮かべた。

 他人事には鈍っている心でも、身内、それもアリアの事を思うとここまで力が入ってしまう自身に笑いが浮かんでいた。更に、想像でも怯えてしまう心の弱さにも笑いが漏れていた。


 「本当に異世界とは、こんなにも恐ろしいのか」


 誰にともなく、夜の暗闇に向かい呟いた。

 そして、ふう~と一つ息を吐き少々昂る気持ちを静めると、手綱を握り締めて馬車に意識を向けていった。






 アリアはローズと一緒にお屋敷の正面で、正門から見える暗闇を見つめていた。

 一時間近く、ひたすらに暗闇を凝視していたアリア達の視線の先に、小さな星が2つ忽然と現れた。


 「あっ!!」


 思わず、喜びがアリアの口から零れた。


 「ふぅ~!」


 アリアに続いて、ローズからは安堵の息が長く吐かれた。

 そうしていると、小さな星が次第に光量を増し、6等星から1等星まで成長していった。

 それが、遂に星から月に変わった時、2台の馬車が正門を潜り、アリア達から少し離れた位置の乗降場で止まった。

 アリアは駆け出しそうになる足を懸命に抑え、ローズの手を引きながら早足で馬車に向かっていった。

 アリアが2台の馬車の少し手前に着くと、丁度扉が開いて、メイド服姿の3人の女性達が降りてきた。

 そして、それに続いて、ずっと待っていた緑髪のポニーテールをしたメイド服の女性が降りてきた。


 「あ!シオン!!」


 そう叫んで駆け出そうとしたアリアの腕をローズが突如引いた。


 「待て、お嬢!!」


 何かおかしい、と続く言葉を言い忘れる程、アリアの手を引くローズの表情には緊張が浮かんでいた。

 シオンが、大好きなアリアが声を上げたにも拘わらず、こちらに気付かず馬車の中をじっと真剣に見つめる姿に何か言いようのない不穏を感じた。

 止められたアリアが、不満そうに自分の手を握り締めているローズを振り返り見上げた。

 ローズは不機嫌そうなアリアの手を引きつつ、様子がおかしいシオン達を目を凝らして観察し続けた。

 そのローズの目が、シオン達が降りたにも拘わらず、微かに揺れる馬車の異変を捉えた。

 アリアが声を上げても全くアリアに気付かずに馬車の中を見つめるシオンと、微かに揺れる馬車、それにここまで遅くなった帰宅時間、更にスイが呼ばれた事情に、ローズの頭が面白くない考えを導き出した。


 (ミスったな。これはお嬢には見せられないな)


 苦虫を噛み潰した様に表情を歪めたローズが、アリアを正面から胸に抱き締めようとした。

 が、それよりも早く、シオン達がじっと見つめる馬車内部から女性が降りてきてしまった。

 更に、丁度、ローズが行動に出る前の最悪のタイミングでアリアがローズから背後を振り返ってしまった。

 アリアの目に、服が所々切れて薄汚れた女性が映った。

 しまった、とローズが強引にアリアを胸に抱いた。


 「むー!むー!」


 アリアが抗議の声を発するも、ローズはアリアを胸に強く抱き締め続けた。

 ローズの見つめる先で、馬車から次々と明らかに正常とは様子の異なる女性達が降りてきていた。


 (こういうことだったのかよ!!)


 内心で吐き捨てた言葉に、嫌悪感が混じった。

 アリアを胸にきつく抱しめながら、視線を正面に向ける。

 異常な怯えを表す女性達とその女性達を近くで労わる見習いメイドの3人。そこから少し離れた位置で周囲を警戒して見渡すシオン。

 ローズと周囲を警戒していたシオンの目がここでようやく合った。

 シオンの顔にしまったと、大失態を演じたような渋面が浮かんだ。

 そのシオンの目は、ローズの胸に強制的に抱き締められているアリアの姿を捉えていた。

 シオンは苦々しい表情を引き締め、なぜここに連れて来たんだ、と抗議するような険しい顔つきでローズの下まで歩いてきた。

 ローズは目の前に立つ、責めるような険しい表情のシオンにすまなそうな顔を向ける。

 シオンが苛立ちの籠る声でローズを責めた。


 「ローズ、なぜここにいるのですか!!」


 「いや、すまんな。まさかこんな大事になってるとは想像できなかった」


 そう謝罪し、胸に抱くアリアを更にギュッと抱き締めた。

 そして、シオンに頭を下げてから、ローズが顔を上げてシオンを見据えた。

 そこから、言い難そうにしつつも、何とかローズが言葉を発した。


 「ついでにもう1つ謝らなければならない事がある」


 「なんですか?」


 イライラした様子でシオンが訊いた。

 それに神妙に申し訳ない表情で、ローズがきっぱりと告げた。


 「見られちまった」


 「はっ?見られた、・・・・・!?まさか、これを!?」


 「察しの通りだ、シオン。お嬢が、見ちまった」


 それを聞かされた瞬間、シオンの顔から血の気が引いていった。

 一番この場を見られたくなかったアリアに、すでに見られてしまった失態にシオンは呆然とした。

 一生、アリアは知らなくても良いと考えていたシオンにとって、最悪の現実がローズの胸にあった。

 唖然として口をポカンと開けたままのシオンにローズが声を掛けた。


 「本当にすまん。ここまでの想定が頭にはなかった。唯、お嬢が外で待ちたいと言うから、待ってただけだった。本当に申し訳なかった」


 アリアを胸に抱いたまま、ローズが再び、今度はアリアを抱いた状態で限界まで頭を下げた。


 「で、だ、どうすればいい、メイド長様よ」


 頭を上げたローズが、本当に申し訳なさそうに反省した表情でシオンに訊ねた。


 「・・・・・」


 先の衝撃の告白で、まだ事実を受け入れきれていないシオンが考えが纏まらずに、ローズと胸に抱かれるアリアを交互に見ていた。

 そうして、シオンが呆然と見据える先で、アリアがローズの胸の中で身捩り、顔を何とか胸から出して、ローズを見上げた。


 「ローズ、ありがとう。わたくしの為にこうして庇ってくれたのですね」


 文句ではなく感謝をにこりと微笑んで述べた後、再びローズを見上げて口を開いた。


 「でも、大丈夫ですよ。・・・わたくしもいつまでも庇われる子供ではありません・・・。この様な・・・酷い世界がある事は一応知っています。ですから、わたくしを離してくれませんか、ローズ。お願いします」


 そう思いを伝えると、確かな意志の宿る視線でローズに大丈夫だから離してほしいとお願いした。

 何か言いたそうなローズに再び視線を強く向けて切に願った。


 「・・・・・。分かったよ、お嬢」


 そう零すと、根負けしたローズがアリアを胸から離した。


 「ありがとう、ローズ」


 ローズに感謝を伝えると、アリアはシオンに振り返った。


 「シオン、今の話を聞いていましたよね」


 「はい、・・・お嬢様」


 俯く状態でシオンが返した。


 「シオン、責任を感じているの?」


 「・・・申し訳ございません。配慮が行き足りず」


 「いいえ、責任なんて誰にもないわ」


 俯いたままのシオンにアリアが一歩、歩み寄った。

 そして、シオンの俯く顔を両手で柔らかく包み、ゆっくりと持ち上げた。


 「今はそんなもの些末な唯の言葉よ。大切な言葉は、シオン、よく無事に帰って来てくれました、です」


 ニコリとシオンに笑顔を向けた。


 「っ!?お嬢様!!」


 目を見開きアリアを見つめる。


 「やっぱり、シオンの選択は間違っていませんでした!!!」


 そう言い終えると同時に、アリアを抱き締めようと感極まったシオンが飛び込んできた。

 シオンの動きを予め、今までの経験で予期していたアリアは、シオンが到達する前に、ローズに一言発した。


 「ローズ、お願いしますね」


 カッコ良さを意識して、動じぬお嬢様像を思い描いて、落ち着いた声を出していた。皆まで言わずとも分かると、信じて。


 「あんよ」


 ローズが分かっていると、ニヤリと笑い答えた。

 さぁ、華麗に述べた自分の思い通りにシオンを止めよ、とほくそ笑んで背後のローズに全てを任せた。

 アリアの思惑通りに、ローズが背後で動きを見せた。

 目の前に迫るシオンに、口パクで述べた。


 「ざ・ん・ね・ん」


 アリアは悪女の如き笑みでシオンを見た。


 (さぁ、行きなさい、ローズ)


 もう決まったと疑わなかった。翳した手に従いローズが向かって行く様も想像していた。

 ニヤリと、ほくそ笑むアリアの身体が突然、後ろから抱き竦められた。

 ローズがシオンの手の届く前に後ろからアリアを掻っ攫っていった。


 「ちょっと!?」


 「あああ!!」


 計算外のアリア、目の前で掻っ攫われたシオンの両者から別々の声が上がった。


 「こういう事だろ、お嬢!!あたいの胸の方がいいって事だろ!!」


 笑顔咲くローズがそう声高に語り、アリアを後ろから抱き締めていた。


 アリアを抱き締めて頬擦りしながら、嬉しそうにローズが口を開く。


 「シオンのただデカいよりも、あたいの癒し系の方が良いんだろ!」


 シオンにまじまじと見せつけ、勝ち誇った表情で宣言した。


 「違います!違います!違います!わたくしの意図を汲んで、ローズ!!」


 アリアがローズに抱き締められたまま激しく否定し、折角の決め場をダメにされた事への非難の声を上げた。


 「な、そんな!私が負けたというのか!これが敗北なのか!」


 一方、シオンは、ローズの衝撃の発言に、ガクッと膝を突いて項垂れた。

 勝者1人に敗者2人の構図がこの場に出来上がった。




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