ウタウタイ10
「ムツ、動画投稿始めようぜ」
「どうが?」
首を傾げた睦月に俺は胸を張って頷いて見せた。
「今まで通り、ストリートで演奏するのもいいけど、どうしても時間の縛りがあるだろ?」
そう。
知名度を上げるべく固定客を掴むには、同じ時間、同じ場所ってのは大事だ。
だけど、睦月はまだ10歳。
小学生の女の子を夜遅くまで外で活動させるのはちょっと周りの視線が痛い。
一応保護者の許可は出てるけど、付き添いの俺だってまだ20になったばかりで、大人とは言い切れないのが現状だ。
必然的に、夜のストリートは週末限定の遅くとも20時解散という取り決めができてる。
と、いうか、ここは、『先生』の物言いがついたのだ。
曰く『子供は9時には寝ましょう』
どうも『ちび歌姫』の出現率が低かったのもこの物言いがあったため、らしい。
基本睦月は『先生』のいうことは聞くいい子なのだ。
そして、俺自身も『先生』の真っ当な主張を否定する気にはなれなかった。
だって睦月、年齢以上にチビなのだ。
本人も気にはしてるみたいだけど、それは、ある意味しょうがない。
睦月が小さいのは幼少期にまともに食事を取れていなかったせいだ。
しょっちゅう母親に存在をうっかり忘れられて、きちんと栄養を摂ることができなかった。
小学生になって給食を食べれるようになるまで、睦月の栄養源は母親が気まぐれに与えるパンやオニギリ、そして部屋に転がっている食べかけのお菓子って感じだったらしい。
ちなみに睦月の夜のストリートデビューのきっかけは、小学校最初の夏休み。
理由は、小学校で食事を摂れる事に慢心した母親が、うっかり夏休みの存在を忘れて当時の彼氏と長期旅行に出かけたせいだった。
それまでは昼の公園とかで、なんとなく歌っては「上手ね」って、お菓子やお駄賃程度をもらう感じだったそう。
夜の方が身入りがいいのは分かっていたけれど、流石に7つの子供を夜に外に出せないと『先生』も許可を出しあぐねていたそうだ。
だけど、帰ってこない母親と家の食糧の備蓄を見て、一か八かの賭けにでたらしい。
これでダメなら、諦めて児童相談所へ行くと『先生』と約束した睦月は、必死の思いで結果をもぎ取った。
7つの睦月にとって、母親の存在は簡単に手放せるものではなかったのだ。
結果、都市伝説(笑)『放浪のチビ歌姫』の爆誕である。
ここら辺の話を聞くたびに、俺はいつもあるジレンマに悩まされる事になる。
睦月のこれまでの日々を思えば、睦月の母親を殴りつけてやりたいくらいに腹がたつ。
けど、睦月の母親がまともなら、睦月が夜の街で歌う事はなくて、必然、俺と出会うこともなかったって事になる。
さらに『先生』の意識が芽生えた瞬間を考えると、『先生』とも出会えてなかった可能性すらあるのだ。
そうすると、この異常なまでの歌唱力は身についてなかったかもしれない。
いや、『先生』曰く、睦月には天賦の才能があった、って言ってたから、いずれは、歌の才能に目覚めてたかもしれないけれど、もっとずっと後のことだったはずだ。
少なくとも、今、俺の前にいる『睦月』は、存在しなかったと思う。
まぁ、1人そんなことを悶々と悩んでいたら、当の睦月に呆れたようにため息をつかれたわけだけれども。
「どんなに悩んだって昔には戻れっこないんだから、考えるだけ無駄だと思う……。それに私は今の私で幸せだもん!そんな事で悩むくらいなら、新曲早く仕上げてください!!」
話が迷走した。
だから、何が言いたいかというと。
せめて年齢並みに成長してほしい睦月にとって、必要なのは適度な栄養と良質な睡眠だって事だ。
成長ホルモンは22時から2時の間の睡眠中に多く出るそうだ。
『寝る子は育つ』って、あながち間違いではなかったらしい。
なので、夜の活動時間は増やせない。
なら、どうするか。
小学生の放課後は意外と長いのだ。
そして、大学生の授業ってやつは意外と融通が効くものだ。
睦月は母親の放浪癖のため、クラブ活動や習い事は何もしていない。
俺は、高校から続いていたバンド活動の為に特にサークルにも入っていなかった。
まさに、「災い転じて福となす』(ん?なんかちがうか?)
「映像撮って編集するのは、客の流れなんて考えなくていいから、いつでもできるだろ?」
「そっかぁ。カズ、頭いい!」
「だろう?」
素直な賞賛に胸を張る俺に、睦月が首を傾げた。
「その動画を編集するのはどうするの?って先生が聞いてるよ?」
「それな」
睦月の言葉に俺は肩を落とす。
一口に動画投稿すると言っても、知識や技術が必要になる訳で。
一応現代社会に生きる大学生としては、基本的なパソコンやその周辺機器の知識くらいはある。
が、動画の編集ができるかと言われると、そっと目を逸らしたくなるのが実情で。
「そこで、相談なんだけどさ、ムツ。後、先生も。仲間増やしてもいいかな?」
できないなら、外注するしかない。
だけどしがない学生でしかない俺に、プロに頼む資金源なんてあるはずもない。
けど、幸か不幸か。
俺には、やってくれそうな人物に心当たりはあった。
「ちょっと変わったやつらだけど、腕は補償する。ただ、自分が気に入らないと、何言っても動いてくれない相手だから、話を持って行ったからって、確実に協力してもらえるかは不明」
「………こわい人?」
恐る恐る聞いてくる睦月に、苦笑して首を横に振る。
「いや、ただ自分のこだわりが強くて、プライドが高いだけ。後、コミュニケーション下手」
こうして並べてみると、なんかヤバいやつに聞こえてくるけど、本来は優しくていい奴らなんだ。
ただ、虎の尾を踏むとえらい目に遭わされるだけで………。
って、あれ?やっぱりヤバい奴らなのか?
脳裏に、酷い目に遭わされた過去の経験が蘇る。
そいつらとは、幼少期からの幼馴染でもある。
家が近所だったため、なんとなく一緒にいるようになり、それなりに仲が良かった。
というか、なんでか一方的に懐かれていた。
俺が、バンドのメンバーに誘われて、ギターにのめり込むまでは。
優先順位を落とされたことに拗ねてしばしぎこちなくなり、ようやく元の関係性に戻りかかった時に、元バンドのメンバーが決定的に怒らせて、実は現在ボツ交渉中だったりもする。
何して、そこまで怒らせたかって?
元バンドのミュージックビデオを撮ろう、と盛り上がった時に協力してもらったんだけど……。
二転三転する要求で散々振り回した挙句、ようやく出来上がった映像に散々文句をつけ、挙句にほんの少しだけ勝手に自分達で付け足したものを、いかにも全部自分たちで作ったかのように公表されたんだよ。
改めて思い出すと、マジでクソだな。
むしろ訴えられなかっただけ、温情だったんじゃないかと思う。
「それって、仲直りできるの?」
困り顔の睦月。先生も中でドン引きしてるそうだ。
「うん。まあ、絶交の際の捨て台詞が「あいつらと縁を切らない限り僕らの前に顔を見せるな!」だから。まあ、ワンチャンあるとは思う」
身勝手な行動なのは百も承知だけど、誠心誠意謝ろう。
本当は、バンドから追い出された時点で、条件は満たしてたんだ。
気にもなってたけど、やっぱり気まずくて足が向かなかったのだ。
ちょうどいい、機会なんだと思おう。
決意を新たに拳を握りしめた俺に「ヘタレねぇ」と先生が呟いていたのは、後から聞いた話。
「じゃあ、ちょっと特攻かけてくる!」




