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朝食

 皆で朝食を食べていると、お母様が突然仰りました。


「マリー、フリードと結婚式は次の春はどうかしら?それなら、もう、ドレスを依頼しなければならないんですけど、マダムの所でいいかしら?」


 カシャンと、皿が割れる音。


 うっ、口に入れたパンが喉に詰まるかと思いました。


 慌てて、オレンジジュースでパンを流し込む。


 兄様は勿論ですが、お母様に慣れているお父様まで固まってますわね、来て間もないリンダが皿を割るのはわかります。ユリが、慌てて、一緒に片付けてくれているようです。


「アノ、お母様?ソレハドウイウコトでしょう?」


 ビックリしすぎて、つい片言になってしまいましたわ。


「そのままよ。マリーはフリードが大好きでしょ?なら他に盗られる前に早い事結婚して自分のモノにしてしまうべきよ!それに、私達、殺されかけたでしょ?もし、ルーキン伯爵のようにこの人に何かあったら、誰がリマンド家を支えていくの?フリードならすぐにでも主人の仕事を引き継げるわ。そしたら、今まで無理だった旅行にだって二人で行けるのよ?素敵な提案だと思わない?」


 お母様、その二人で旅行って、お父様と二人という意味ですわよね。娘はお留守番決定ですか。


 お母様は目をキラキラさせながら思いっきり、お父様に同意を求めてらっしゃいます。兄様は涙目になりながら、咳き込んでらっしゃいます。


「イタ」


 小さな声が耳に入った、リンダがガラスの破片で指を切ったようです。お母様のせいでリンダが思いっきり動揺してるじゃないですか!


「確かに、フリードリッヒになら明日からでも仕事を任せることは可能だ。しかし、マリーの気持ちが…。フリードリッヒにも確認をとらんとならんし、陛下にまず婚約の書類にサインを頂く必要があるんだが…。それから、婚約後最低でも」


 夫人はあっけらかんとした様子で、オムレツを口に運んでいた手を止めた。


「あら、マリーは大丈夫よ。だって、フリードのこと大好きですもの!フリードに侍女をつけようとしたら、すっごく嫌な顔したのよ?自分以外がフリードに触ると不機嫌になるんですもの、すっごく好きに決まってますわ。マリーがフリードのことを好きならそれで良いんです。弟のサインなら今日にでも私が書かせますわ。」


 暴走を止めようとするリマンド侯爵の言葉が終わる前に、夫人はノリノリで言葉を被せてくる。朝食後、すぐにでも陛下のサインを貰いに行きそうな勢いだ。


 私が兄様を大好きならそれでいいって、兄様の気持ちは無視ですか。私が兄様を大好きって、お母様の目にはそう映っているんですねって、


 えっ、兄様に侍女をつけてない理由は私?


 私が兄様に侍女をつけようとしたら不機嫌になった?


 そういえば、この前、若い侍女が兄様の着替えを手伝おうと話しているのをそれはフロイトの仕事ですって怒鳴ったことかしら?


 あの侍女、兄様付きになる予定だった?


 でも、彼女、必要以上に兄様に纏わりついていましたし…。


「お、お母様、私が兄様を大好きって?」


「あら、違うの?フリードに侍女であれ、町娘であれ触るのは嫌なんでしょ?だって、ユリにセルロスや他の侍女達が触るのは大丈夫なんでしょ?でも、フリードリッヒの世話をフロイト以外がするのはダメって、これは恋よ!恋。」


 本当のことなので、ぐうの音も出ませんわ。 


 そっか、私、兄様に恋してたんですね。


 恋


 まさかお母様に指摘されるなんて!


 マリアンヌは照れ隠しで話題を無理矢理変える。


「本音は、兄様にお父様のお仕事を押し付けて、お父様と旅行に行きたいだけじゃないんですか?」


「まあ、私は、マリーのためを思って…。」


 思いっきり目が泳いでますわ。もう、母様、図星ですわね。


 ヒートアップするマリアンヌと夫人を侯爵が宥める。


「まあまあ、ふたりとも落ち着いて、リンダが怯えているではないか。ユリ、リンダを下がらせて傷の手当てをしてやりなさい。」


「はい」


 ユリは一礼すると、指を押さえて青い顔でぶつぶつ言っているリンダを連れて食堂から出て行った。リマンド侯爵は人払いをするとナプキンをテーブルに置きマリアンヌに視線を向けた。


「そうだな、まず、マリーの意見を聞こう。確かに私に何かあってからでは混乱を招く、そろそろお前の正式な婚約者を立てる必要があるのは確かだ。フリードリッヒのことをどう思っている。それとも、他に婚姻したい相手はできたか?」


 お母様はそうでしょうとでも言わんばかりにマリアンヌに視線を向ける。


「兄様以外おりませんわ…。」


 先ほどの勢いは何処へ行ったのか、マリアンヌは下を向き真っ赤になって声は小さく最後の方など聞き取るのが難しい。侯爵はその回答に満足したのか、今度はフリードリッヒに目を向ける。


「そうか、フリードリッヒはどうだ。侯爵家を継ぎ宰相の職務に就く覚悟はあるか?」


「マリーとの結婚を認めて下さるのであれば。」


 フリードリッヒは真剣な面持ちでハッキリと宣言した。


「うむ。では、フリップ伯爵を呼び正式な書面を作成しょう。ただ、この一連の事件の黒幕がハッキリしないのが気にかかるが致し方ない。フリードリッヒ、婚約後は君も命を狙われる対象になるやもしれん気を付けるように。」


「はい、心得ました。」


 これって、兄様と正式な婚約をするってことですわよね。陛下に婚約の許しを得て、証書にサインを頂くんですよね。わぁー、ドキドキしてきましたわ。でも、これでどこぞの令嬢に兄様を取られる心配はいらなくなるんですわ!晴れて、兄様は私のですわね。


「マリー」


「ハ、はい。」


 頭の中の天使の喜びの舞いを堪能していたら、不意にお父様に呼ばれて声が裏返ってしまいました。


「全く、浮かれおって。ハンソンはリンダが何らかの形で敵と繋がっている可能性があると考えておる。」


 城でハンソンに聞かれたことを思い出す。


「リンダがですか?」


「ああ、可能性の一つだと考えて、用心するにこしたことはない。我が家の馬車があの道を通ることは滅多にない、それが待ち伏せして襲われたのだ、だれかが情報を流したと考えるのが妥当だろう。」


 そういえば、暗殺者が何か言ってたわ。思い出すのよ。確か、『宰相デハナイ?姫君カ、姫ハ魔法学園ニ入学シタト聞イタゾ!』


 私、お父様と間違われて襲われた?


 敵は私が魔法学園に入学したと思っていた、なら、リンダではないわ!


「お父様、私はお父様に間違われて」

 

「それは報告を受けておる。我が身内の者が情報を漏らしたのは間違いない。それが、私付きの者やエカチェリーナ付きの者である可能性は薄い。現に二人で行った芝居やコンサートでの外出では襲われることは無かった。」


 お母様のご機嫌とりで、芝居に行かれたのではなかったんですね。


「それで、リンダですか。」


 納得致しました。


「ああ、だが可能性があるに過ぎない。彼女はお前付きの侍女にもかかわらず、敵はお前が言ったように私がその馬車に乗っていると思っていたのだからな。」


「リンダをどう致しましょう。男爵様の手前、家に帰すわけにも致しませんし。」


 それこそ、もし敵と繋がっていたとしたら、お父様やお母様付きにすれば、こちらの動きが敵に伝わってしまう可能性がありますわ。


「私が預かりましょうか?」


 侯爵とマリアンヌがリンダの処遇に頭を痛めていると、フリードリッヒが提案して来た。


「兄様がですか?」


「ああ、ユリの下でということは変えず、今までフロイトに頼んでいた、手紙を届けて貰う役目をお願いしようと思う。後は、商会への簡単なお使いを頼む予定だ。それなら、常に御者と行動を共にするし、フロイトが監視するのも容易い。これは、リンダが了承すればの話だがね。」


 兄様の着替えを手伝ったりするわけではなさそうですし、その程度なら許せます。


「すまんが、そうして貰えると助かる。彼女の父は私の大事な部下の一人だからな。」


 侯爵はほっとしたように表情を緩めた。


「そういえば、お父様。この前、城でおばあさまに会いましたの。こちらへ、伺うと仰っていましたが、いつおみえになりますの?私、楽しみにしているんですのよ。」


「あら、本日いらっしゃるって伝えてなかったかしら?」


 夫人はおかしいわね?とでも言わんばかりに首を傾げる。


「聞いておりませんわお母様。なぜ、お母様がおばあさまが本日いらっしゃることをご存知ですの?」


 惚けていらっしゃいますが、絶対に私を置いておばあさまと遊びに行ったに違いありません。酷い、連れて行って欲しかったのに!


「あら、仕方ないじゃない。お義母様とお会いする日、マリーが孤児院へ慰問に行く日だったんですもの。大丈夫よ、お義母様には、孤児院へ慰問に行っていると伝えておいたから。」


 ふふふと、楽しそうに笑っているお母様が恨めしいですが、それを言われると何も言えません。


 あれ、城でおばあさまに会ったとき、おばあさまは私が魔法学園へ通っていると思われてましたわよね?孤児院の話はされませんでしたし…。


 お母様との会話に引っかかりを覚えた。




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