城での夜会 11
シードルはほっとしたようにふたりを見て、元気付けるようにスミス侯爵の元へと誘う。スミス侯爵は夫人とダンスを終えられた後でした。
「マリアンヌ嬢、時間が取れずすまなかった。シードル殿、フリードリッヒ殿、暫く振りだ。」
「いえ、スミス侯爵、お忙しいとシードル様に伺いましたわ。本日はお時間を頂き感謝致します。」
「いやいや、本当でしたら屋敷に御招待して、妻も交えお茶でもしたい所ですが…。何せ、まだ解決の糸口がみえない…。お詫びと言ってはなんだが、マリアンヌ嬢、貴方の店で妻にドレスを依頼しても良いだろうか?最近構ってやれなくてね、暇を持て余しているみたいだ。先程、其方のドレスを褒めていたのできっと気に入ってくれるだろう。それに、ドレスでも新調すれば、妻もだいぶ時間が潰れよう。」
まあ、スミス侯爵夫人のドレスの注文を頂きましたわ。
「ありがとうございます。ですが、私の店は庶民も着る物も扱います。それでも宜しいでしょうか?」
これは確認する必要がありますわよね。
「ああ、それは構わないよ。普段着でも良いし、茶会に着て行く物でもいい。それに、マリアンヌ嬢、貴女は現にこの夜会に着てきているではないか、それくらいのものも用意できるのだろう?何を作るかは妻に相談してくれ。」
そういうことですのね。なら、大丈夫そうですわね。
「畏まりました、ありがとうございます。では、明日オープン致しますので是非お越し下さいとお伝え下さいませ。店の者には伝えておきますわ。」
侯爵夫人がいらして下さると、店に箔が付きますわね。取り敢えず、お客様ゲットですわ。
「ああ、ありがとう。本来なら、皇后陛下やスタージャにお茶の相手でも頼むと良いのだろうが、いかんせん、母親が違うのでな。ご存知とは思うが、特にスタージャには正妻の子であるのに、スミス家の為に犠牲にしてしまったという引け目があるのでね。」
スミス侯爵はそのようにスタージャ様のことをお考えだったんですね。
「スミス侯爵、私が人生を掛けて精一杯、スタージャ嬢を幸せにしますのでどうぞお気に病まないで下さい。」
シードルはスミス侯爵にそう胸を張って宣言した。
スタージャ様、良かったですわね。ああ、この言葉直接スタージャ様のお耳に入れたかったわ。
「スタージャ嬢は幸せ者だ。」
ぼそっと、兄様が私の耳のそばで呟かれ、軽くウインクされました。
「はい」
なんだか、幸せな気持ちになりましたわ。
後は、兄様と彼方此方で挨拶をして、店の宣伝をして大忙しです。兄様は流石、騎士様です。挨拶した全ての貴族の方のお顔が頭に入っておいででした。
「マリー、疲れたんじゃないか?」
兄様が優しく気遣って下さいます。
「はい、流石に少し座りたいですわ。脚がだいぶ疲れました。」
壁際の空いているソファーを指して兄様が仰ります。
「あそこに座ってて、何か食べる物を取ってこよう。」
「はい、わかりましたわ。ありがとうございます。」
ソファーに座ると、どっと疲れを感じてしまいますわね。はあ、今日はじめましての方、沢山いらっしゃいましたわ。しっかりと人名図鑑で勉強してきて良かったですわ。用水路の工事に使う石材を購入する先も当たりがつきましたし、兄様も頷いて下さいました。きっと、上手くいきますわ。
ドレスも沢山の方々に褒めて頂きましたし、店の場所も、明日オープンということも伝えましたし。
ふふふ、明日のオープンが楽しみですわね。沢山の方がいらっしゃって下さると良いのですけど…。
「マリアンヌ嬢」
今日の夜会に思いを馳せていると、不意に名前を呼ばれた。我に返ると目の前にハンソンがいた。
「ルーキン様。」
ハンソンは上機嫌でマリアンヌに話しかける。
「先日はお手紙ありがとうございました。父にでなく、直接私に下されば良かったのに。わざわざ回りくどく、領地の宝石や革の買い付けなどと言わず、私に逢いたいとお書き下さい。」
お手紙?
あっ、買い付けの依頼の手紙のことですわね。兄様の仰られた通りに受け取られてしまっていますわね。誤解を解かなくては
「ルーキン伯爵へお願い致しました、宝石と革の件ですわね。この度は、契約を結んで下さいましてありがとうございました。お陰で無事、明日店をオープンすることができますわ。」
ハンソンは鋭い目を一瞬丸くしたが、いつもの様子に戻ります。マリアンヌの言葉に嘘がないか、観察するように凝視する。
「ほぉ、明日…オープンですか、店舗は何処に構えられたのですか?だいぶ、依頼からオープンまでの期間が短いような気が致しますが…。お手紙には、未だ、何も手を付けてないという趣旨が書かれていましたので。」
店を出したことを疑ってらっしゃるのかしら?
「平民街の噴水とマルシェの近くの商業地ですわ。」
「ほぉ、マルシェの近くとはよく土地を見つけられましたね。オーナーは?」
「ええ、運が良かったのですわ。オーナーは私ですの、家の者達に手伝って貰って、何とか明日のオープンに漕ぎ着けましたのよ。」
ハンソンは酷く驚いた顔をした。
「頭でっかちで金銭感覚の無い世間知らずの深窓のお姫様かと思ったら、違う訳か…。これは、扱い辛いな。計画の変更が必要か。」
ハンソンはマリアンヌに聞こえ無い、小さな声で漏らした。
「ルーキン様?何と仰られました?」
ハンソン様の様子が違いますわ、先程までの媚びるような、纏わり付くような視線でなく、何でしょう。冷たい水を掛けられた様な視線。私の言葉にそれ程、ハンソン様を侮辱するようなものが含まれていましたかしら?店舗の話しかしていませんわよね?
「いえ、何でもありません。では、私はこれで、貴女のお父様の警護がありますので」
「ええ。宜しくお願い致しますわ。」
ハンソンが去って直ぐに兄様が戻って来られました。もやもやとした、ハンソンとの遣り取りを料理を食べながら話します。
「ダンスも申し込まず、この場を離れたんだね。」
「ええ、あんなに冷たい目で見られたのは初めてよ。そんなに、私が平民街に店を出したのが気に入らなかったのかしら?」
貴族街であれば良かった?
「いや、マリーが宰相の力を借りずにこの短期間で、店をオープンまで漕ぎ着けたことが原因だろう。彼はマリーと結婚すれば、リマンド家を意のままに出来ると君を侮っていたのさ。」
そうだったんですね、領地の領主達との交渉、私抜きで済ませたセルロスの行動は最善だったということですね。あの時、兄様の忠告を聞かず先走っていたらと思うと背筋が凍る感じが致します。
領地における私の印象は掌で転がせる存在。
世間知らず。
事実ですが、改めて突き付けられると落ち込みますわ。
「私、リフリード様と婚約破棄するまで、自分のこと完璧な侯爵令嬢だと思っていましたわ。魔法だって使えて、領地のことも完璧に覚えて…。自分の行っていることは間違いないって。リフリード様がしっかりしていないなら、私が領地を治めたらいいって、きっと皆、私に従うはずだと…。」
「マリー、君は若い。俺だって完璧ではない。これから一緒に学ぼう。ね、そんなに落ち込まないで、ほら、せっかくだ、踊ろう。まだ、一度も踊って無いじゃないか、ね?」
フリードリッヒはマリアンヌを覗き込むように視線を合わせて、ダンスに誘う。
「はい」
そうでした、店の広告活動が忙しくてダンスを踊ってませんでした。
フリードリッヒは曲が終わるとマリアンヌをエスコートし、ホールの中央へ歩み出た。




