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城での夜会 ⑩

 シードルがバルコニーを去ったのを確認すると、フリードリッヒが口火を切る。


「マリー今から言うことは絶対に口外しないで、約束できるね。これは、命に関わる問題だから。」

 

 兄様、怖い。初めて見ました。兄様のこんなお顔、それ程重要なことなのですね。


「わかりました。お約束致します。」


「まず、確認させて欲しい。治癒魔法が使えるのは、王族の血が入った者。そして、血が濃い程、高位の魔法を使えるようになる可能性がある。これは知ってるね?」


「はい、存じております。」


 スタージャがフリードリッヒに目配せし、口を開いた。


「なら、不思議に思ったことはないかしら?遡れば大抵の貴族は少なかれ王族の血が入っているはずですのよ。なのに、殆どの貴族は全く治癒魔法が使えない、治癒魔法が使えるのは侯爵家の正妻の子が殆ど、それでさえ全員ではないという事実に。その上、その濃い血を持った王族に、必ず治癒魔法が使えない人物がいるということを。」


 え、どういう事ですの?


 確かに、お爺様のお兄様は治癒魔法が使えませんわ。そして、正妻の子であるお母様も…。血というのであれば皇后様より、確実にお母様の方が濃いはずです。確かに、沢山の方が治癒魔法を使えるのであれば、私が治癒魔法を使えることを隠す必要は御座いませんわよね。


 スタージャ様の言葉に愕然と致しました。


「そう、皆、治癒魔法を習得する可能性はありますの。ですが、それには条件が御座いますわ。治癒魔法を教える師、これは、精霊加護者の血を引く家系の者でなおかつ、王家の血が入っている者。こちらにいらっしゃるフリードリッヒ様がそうですわ。他に現在は1家ございます。1家、なくなりましたので。」


 それで、シードル様はここを離れられたのですね。兄様のお母様が現王の師、そして、私の師、納得いたしました。


「では、みな、兄様や叔母様に習えば治癒魔法を使えるようになりますの?お母様も、叔母様に習えば治癒魔法を習得できるのでしょう?」


「そう簡単ではございません。治癒魔法は、必ず2〜3名以上で習得致します。そして、必ずその中で一番、適性のない者は治癒魔法を習得することができません。その者は生涯、治癒魔法を習得することは不可能になります。そして、治癒魔法の能力は一緒に習得に励む者の血が濃い方が高くなります。ここまで言えばわかりますわね。」


 え。


 治癒魔法を習得する為には、犠牲が必要ってことですの…。


 もしかして、陛下の治癒魔法の犠牲はお母様…?


 皇后陛下の…。


 目の前のスタージャ様と目が合いました。スタージャ様は優しくそして物悲しい目をされていました。


 では、私は…。


 私が治癒魔法の練習をしている時に一緒にいた人…それは…。


「マリー、今、貴女が考えていることはあってるわ。」


 イヤ!私の治癒魔法が兄様の犠牲の元で習得できたなんて!


 申し訳なさで、目から涙が溢れそうになる。


「マリー、気にしないで、これは俺が望んだことだから。」


 フリードリッヒはそう言うと、優しくマリアンヌを抱き寄せ、その涙に唇を寄せる。


「俺も、そしてスタージャ嬢も納得している。」


 フリードリッヒの言葉にスタージャは頷いた。


「私は、正妻の娘とは言え3女よ。望んだ相手と結婚できる可能性があるわ、でも、治癒魔法が使えるのなら他の侯爵家に嫁がなければならない。それは、イヤなの。ですので、それで治癒魔法は使えない方が良いんです。ですので、魔法能力の高い姉を絶対に皇后にしたい両親に私が姉の相手になると告げましたの。両親はなんて健気な子と涙ながらに喜んで下さいましたわ。」


 スタージャは勝ち誇ったように語った。


「スタージャ様…。」


「私、実は、シードル様に恋していましたの…。10年前から…。ですから、私にとって、マリーとリフリード様との婚約は非常に喜ばしいことでしたのよ。リマンド侯爵家の世継ぎがリフリード様であれば、シードル様との婚約は我がスミス家にも有益に働きますでしょ?急いで、お父様を説得してやっと婚約を取り付けたのですから。それなのに、リフリード様ったら…。」


 あ、スタージャ様、最後はリフリード様への愚痴へ変わってらっしゃいます。それで、兄様に侯爵になれるよう頑張れってことなんですね。まさか、スタージャ様が外壕を埋めて囲い込むくらいシードル様をお好きだったなんて!初耳です。いつも、シードル様がスタージャ様に必死になられている風で、スタージャ様はしかたないわねって感じでしたし…。


「スタージャ様はわかりました。でも、兄様は?」


「ああ、俺は相手がマリーだったからだよ。マリーはこの話を聞いてどう思った?」


「良い気持ちが致しませんわ。他の人の犠牲で治癒魔法が習得できるなんて!」


「そうだよね、俺も同じだ。昔、マリーはジョゼフ殿下と一緒に魔法を学習していた時期があっただろ?あれは、マリーの力を利用してジョゼフ殿下に治癒魔法を習得させようという動きがあったんだ。それを案じた、リマンド夫妻が俺の母に相談して、マリーに早急に治癒魔法の習得を促したんだよ。俺は、伯爵家の人間だから、本来、治癒魔法を習得できる立場にないから、マリーの役に立つならって承諾したんだよ。」


 そんな…2人の方が魔法の学習が進むからとお爺様に言われましたが、こんなカラクリがあったなんて…。


 お優しいお爺様、でも…


 卑怯だわ…。


 では、ジュリェッタ嬢は


「ジュリェッタ嬢が治癒魔法を習得したのは…?」


「多分、リフリード様とミハイロビッチの元で習得されたとみるのが濃厚ですのよね。只、それだと、問題ですのが、ミハイロビッチのお母様が後妻ということですわ。」


 スタージャは人差し指を立てて、腕を組み首を傾げる。


「どういうことですの?」


「ああ、師となる家は3家あったんだ。しかし、その内の1家が無くなった。理由は跡継ぎが生まれなかったから。本当なら養子を取れば片付く話なのだが、師の家系は、養子ではそれを継承できない。そこには、一人娘がいたのだが、病弱で師としての責務を果たせない。それで、彼女は嫁いだ。その嫁ぎ先がシュトラウス家だ。」


「ミハイロビッチの!」


 でも、ミハイロビッチのお母様は魔法が全く使えない、新興貴族の出、ご本人もそれで苦労したと…。


「ああ、だが、ミハイロビッチは後妻の子だ。前妻の子であれば、師として成立したんだが…。」


 スタージャは大きなため息を吐き、肩をすくめた。


「それで、兄様も八方塞がりでお忙しいわけなのよ。この国に聖女は一人という決まりがあるでしょ?この国で1番治癒魔法の力の強い女性。ですから、治癒魔法が使える聖女であられた皇女様は新陛下が立たれると他国へ嫁がれるわけですし、ジュリェッタ嬢のせいで姉様の地位に陰りが出る前に手を打ちたいのよね。」


 治癒魔法の力、イコール、権力ですものね。いくら、皇后陛下とは言え、自分より治癒魔法の力を持った女性が現れるとお立場が危ういですわね。最悪、廃位もありえる。


 ジュリェッタ嬢の師…。


 お父様やセバスの話では、ジュリェッタ嬢の師はミハイロビッチのみ…。彼女の周りで魔法を使えるのはリフリード様だけ…。ミハイル様の話では竜討伐のときにはもう、治癒魔法を使えた。


 ああ、全く思い当たりませんわ。そうだ、


「ねえ、兄様のようにその家に属さない、師になりえる方は他にいらっしゃいませんの?」


「残念ながら、母と俺だけだ。もう1家は当主一人と、今2歳になられる子が一人。それに、母は違うが俺は師としての能力に疑問が残る。そもそも、その家は基本的に子は出来難い、その上、能力の継承を考えると第二夫人を迎えることができない。母の生家の嫁は、王家の非嫡子だからね。多分、もう一つの家も同じだろう。」


 苦々しそうにフリードリッヒはこう言い捨てると、腕の中のマリアンヌを抱きしめる。


「あの…。いつまでそうしているつもりですの?ドアを閉めたとは言え、誰に見られるかわかりませんわよ。」


 スタージャの呆れ返った声で、ハッと我にかえったマリアンヌはフリードリッヒの胸を押した。


 きゃー。私、スタージャ様の前でなんてことを!兄様、ここ城ですよ城!


「残念。スタージャ嬢、ご協力頂けるのでは?」


 フリードリッヒは全く残念そうではない風にそう言うと、腕の中からマリアンヌを解放する。


「TPOは考えて頂きたいわ。噂と全く違うんですけど?何が、鉄仮面よ。反対にマリーが心配になって来ましたわ。リフリード様の時も心配でしたけど、こちらはこちらで別の心配が…。」


 どうされたんでしょうスタージャ様、何かご自分の世界に入られてしまったんですけど…。


「スタージャ嬢、兄上がお待ちだ。一緒に兄上の所へ参りましょう。」


 フリードリッヒはマリアンヌにニッコリと笑いかけ、腰に手を廻し、スタージャに声をかける。


「そうね」


 飲食スペースの側で、フリップ伯爵とシードル様を見つけました。その側にフリップ第一夫人もいらっしゃいます。私も兄様も目の敵にされているのでお会いしたくないんです。

私達の様子に気がついた、スタージャ様が提案して下さいました。


「お二人とも、ここで待っていてくださる?シードル様を呼んで来るわ。私も兄様には会いたく無いの。兄様への挨拶の間、私はフリップ伯爵夫妻の側にいるから」


シードル様の元へ向かうスタージャ様を見送っていると、背後に突き刺さるような視線を感じました。振り返ると、そこに沢山の貴公子に囲まれたジュリェッタ嬢の姿があります。目が合うと、ジュリェッタ嬢がこちらへ向かって来ます。隣の兄様の顔から表情が消えるのを感じました。


「こんばんは、フリードリッヒ様。お久しぶりです。最近、近衛兵団にお邪魔してもいらっしゃらないんですもの!」

 

 ジュリェッタ嬢はにこにこと、いきなり兄様に話しかけてこられました。ビックリです。女性から、男性へ話しかけるなんて!それも、さも当たり前の様に!


 兄様は全く目すら、ジュリェッタ嬢に合わせる気配すらありませんわね。近衛兵団へジュリェッタ嬢が訪れた際の様子が目に浮かびますわ。


「ねえ、フリードリッヒ様。私、ダンス踊れるようになったんですよ。一緒に踊って下さい。」


 はあ、お父様が頭を痛めていた理由がわかりましたわ。ジュリェッタ嬢、ここは城の舞踏会なんですよ。市井ではございませんわ。一言釘を刺す必要が御座いますわね。


「そこの貴女、婦女子から話しかけるのはマナーに反しますわよ。」


「あっ、悪役令嬢」


 ジュリェッタは小さく呟く。


 アクヤク令嬢?


 私はリマンド侯爵令嬢であって、アクヤクではありませんわ。誰と勘違いされているのかしら?



「これは、失礼しました。えーっと、マリアンヌ様。私、ジュリェッタ・バルクと申します。」


 あっ、私の名前は知ってらっしゃるのね。でも、正式にお会いしたのは初めての筈ですわ。リフリード様にでもお聞きになったのかしら?


「あら、ジュリェッタ嬢、私の名前をご存知ですの?」


「はい、えーっと、ゲームじゃなかった、えーっと、そう、有名ですので!後、リフリード様に聞きました。」


 ゲーム?有名?確かに有名ではあるわ。でも、陛下への挨拶の時の反応ですと、私の顔を知っている者達は少ないですわよ?


「そう、勇者様の娘であられる貴女に顔を覚えていただけていたなんて、光栄ですわ。では、失礼致しますわね、ジュリェッタ嬢。シードル様がいらっしゃいましたわ、行きましょう、兄様。」


 ジュリェッタは驚いたような顔をして、フリードリッヒを引き止めようと腕を伸ばし、それをフリードリッヒはサラッと躱した。そのせいで、ジュリェッタはマリアンヌのドレスの裾を踏み滑って転けた。


「なんてことをするんだ、マリアンヌ!」


 後ろから、怒気を孕んだ声がする。後ろを見ると、眉を吊り上げたジョゼフ殿下がいらっしゃいました。


 なんてこととは、一体なんのことでしょう?


 訳がわかりませんわ。


 ジョゼフ殿下はジュリェッタ嬢に手を差し伸べられています。


「大丈夫です、ジョゼフ殿下。ジュリェッタが勝手に転んだだけですわ。マリアンヌ様は悪くありませんわ。」


 ジュリェッタはうるうると瞳に涙を浮かべて、マリアンヌを見る。


「ジュリェッタ、本当のことを言うんだ。マリアンヌ嬢に足を引っ掛けられたのだろう?」


 あの、ジョゼフ殿下、何故私がマリアンヌ嬢に足を引っ掛けなければならないのでしょうか?


「あっ、でも…。」


「やはり、そうか。マリアンヌ嬢、ジュリェッタ嬢に謝りなさい。」


 ジョゼフ殿下はマリアンヌを睨み付けて謝罪を要求した。


「ジョゼフ殿下、私はジュリェッタ嬢に足を引っ掛けてなどおりませんわ。ジュリェッタ嬢にドレスの裾を踏みつけられは致しましたが。ブラックダイヤを踏みつけられて、滑って転けられたみたいですわよ。お陰で、ドレスが破れてしまいましたわ。」


 ジョゼフ殿下は瞳に涙を浮かべているジュリェッタ嬢を引き寄せ、マリアンヌのドレスの裾に目をやる。マリアンヌのドレスは無残にも裾が破れていた。


 はあ、私の店で作った初めてのドレスでしたのに…。泣きたいのは私ですわ。


「目下の者にそのような物言いは、良くないぞ。マリアンヌ嬢」


「事実を申し上げたまでですわ、ジュリェッタ嬢にではなく、私のことをお疑いのジョゼフ殿下に!なにをジュリェッタ嬢に言っているなどと勘違いなさっていますの?ジュリェッタ嬢は先程から、私が足を引っ掛けたなどと一度も仰ってませんわよ。ご自分で転んだとおっしゃられたではありませんか。」


 全く、ジョゼフ殿下にも困ったものですわ。事あるごとに因縁をつけてきて、いやになっちゃいます。ジュリェッタ嬢も巻き込まれて災難ですわね。ですが、最初に火種を撒いたのはジュリェッタ嬢ですし、これに懲りて少しはマナーを守って欲しいものですわ。



「くそ。マリアンヌ嬢、これから気を付けるように。」


 何に気を付ければ良いのでしょう?突進してくるジュリェッタ嬢に、ドレスを踏まれないようにでしょうか?


「何に気を付ければ良いのでしょう?」


「うるさいな。行こう、ジュリェッタ嬢。」


 横を見ると兄様が下を向いて必死に笑いを堪えてらっしゃいました。酷いですわ。


「兄様!」


「兄上の所へ行こうか、こちらを心配そうにみてらっしゃる。」


 いつもの顔に戻るとフリードリッヒはシードルの方に目をやり、マリアンヌの腰に手を廻しそちらへ促す。遠巻きに観ていた人達もわらわらと散っていった。


「フリードリッヒ、マリアンヌ嬢、大丈夫だったか?」


 フリードリッヒはクスクスと必死で笑いを堪えながら事の顛末をシードルへ話した。


「助けようと思ったが、全くでる幕がなかったよ。マリーがこんなに強いなんて初めて知ったよ。ただ、ドレス、そこまで酷く破れてはいないが…」


 兄様、酷いですわ。そんなに笑わなくても!


「無事で良かった。しかし、ジョゼフ殿下にも困ったものだ。しかし、あの状況では弁償請求出来ないな。気を取り直してさあ、スミス侯爵に挨拶に伺おう。」

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